
ジェフリー・アーチャーが1979年に発表した小説『ケインとアベル』を原作として、音楽のフランク・ワイルドホーン、脚本・演出のダニエル・ゴールドスタインをはじめとするトップクリエイター陣、そして松下洸平、松下優也ら選りすぐりのキャストによって世界初演の幕を開けたミュージカル『ケイン&アベル』。極上の人間ドラマを紡ぎ出し、素晴らしく見ごたえのある作品に仕上がった。その公演の模様をお伝えする。
巨大なキューブ状の舞台装置に映し出される、発展するアメリカの姿。観客が自然に20世紀初頭のアメリカに入っていったところで、ストーリーテラーであるフロレンティナ(咲妃みゆ)が現れる。彼女が手にしたアルバムの“スナップショット” によって、観客はウィリアム・ケイン(松下洸平)とアベル・ロスノフスキ(松下優也)という、同じ日に生まれ、宿命の糸で結ばれたふたりの男の物語をたどっていくことになる。
ボストンの名家に生まれ、家の名を冠した銀行とその仕事に誇りを抱いているウィリアム。一方、ポーランドの山奥に生まれて苦難の果てに“アメリカン・ドリーム”を叶えようとするアベル。彼らの生い立ちも人間関係も、対照的でありながら相似形をなしている。公私共に大きな存在である親友、マシュー・レスター(植原卓也)とジョージ・ノヴァク(上川一哉)。恋に落ちて結婚し子どもをもうける女性、ケイト・ブルックス(愛加あゆ)とザフィア(知念里奈)。彼らの後見人と言うべき男性、アラン・ロイド(益岡徹)とデイヴィス・リロイ(山口祐一郎)。そして彼らの子ども、リチャード・ケイン(竹内將人)とフロレンティナ。このふたりは、性別が異なることも大きな意味をもつ。



また、ふたりにとって“光”の関係である上記の人々とは異なり、“闇”を背負ってふたりの間にいるヘンリー・オズボーン(今拓哉)。彼とウィリアムの因縁がきっかけとなって展開していったことを考えると、いわばヘンリーを媒介としてウィリアムとアベルは表裏をなす存在となったのだ。
観客の共感を呼ぶ人間味にあふれている彼らは、絶妙なキャスティングによってキャストと役柄が素晴らしくマッチしている。求められる役割を十二分に果たしている人々の中にあって、個人的に強く印象に残ったのは上川一哉のジョージだ。朗らかさと、復讐に燃えるアベルに抵抗を示しながらもどこまでもよりそい続けた誠実さ。観客にとってもいい意味で肩の力が抜ける癒しポジションを、上川は自身の持ち味と確かな技量でのびやかに演じている。
さらに、山口祐一郎のデイヴィスもこれまで彼が演じてきた役の数々を思い起こすとかなり異色。自身の持つ土地から石油が出たことをきっかけにホテルグループのオーナーとなった、テキサスの男。その出自を匂わせる口調や佇まい、アベルの資質を見出す眼も持つ大らかな人柄。アベルの道標足りえる説得力の一方で、進退窮まって追い詰められた時に見せた弱さは、非常に新鮮な姿だった。
そして何より、この舞台をリードし光り輝いているのは、言うまでもなくウィリアムの松下洸平とアベルの松下優也。イメージカラーとしてウィリアムは青、アベルは赤を配されているが、まさにそれ。静かに、だが高い温度で燃える青い炎と、大きな火花を散らしながら燃える赤い炎とが相対する時、観客はこのうえない高揚感に包まれる。松下洸平は繊細な感情表現によって、生真面目な理想家、だが時には潔癖であるがゆえに他人を追い詰めてしまう面もあるウィリアムをほのかな色気すら漂う魅力的な人物として現出している。一方の松下優也も、移民から立身していこうとする野心家、情も厚いが怒り・恨みも激しいアベルをダイナミックに演じ、こちらも素晴らしく色香が漂っている。

極上のキャスト陣と共に、フランク・ワイルドホーンのメロディーラインの美しさ、編曲を担当したジェイソン・ハウランドの的確な仕事ぶりを忘れる訳にはいかない。アンサンブルの的確かつ厚みのあるコーラスワーク、さらに各場面のデュエットでのハーモニーは、間違いなく聴く者を魅了する。有村淳の衣裳も、20世紀アメリカの時代の変化を反映したデザインはスタイリッシュで最高にキャストを引き立てている。特に、ウィリアム初登場時の艶やかなタキシードや、ホテル王に上り詰めたアベルのストライプのダブルスーツは白眉。スーツに軍服、女性陣の華やかなドレスや普段着のワンピース、ウィリアムとアベルに至ってはノースリーブとパンツのインナーウェアまで、視覚的にもゴージャス。こうしたクリエイティブワークの素晴らしさも、挙げていくとキリがない。
怒りと絶望の果てに希望の光が輝くエンディングで後味もよく、どこをとっても舞台でミュージカルを観る悦びを感じさせてくれる極上のステージだ。
取材・文:金井まゆみ
原作:ジェフリー・アーチャー
音楽:フランク・ワイルドホーン
歌詞:ネイサン・タイセン
編曲:ジェイソン・ハウランド
振付:ジェニファー・ウェーバー
脚本・演出:ダニエル・ゴールドスタイン
【配役・キャスト】
ウィリアム・ケイン:松下洸平
アベル・ロスノフスキ:松下優也
フロレンティナ:咲妃みゆ
ザフィア:知念里奈
ケイト・ブルックス:愛加あゆ
ジョージ・ノヴァク:上川一哉
マシュー・レスター:植原卓也
リチャード・ケイン:竹内將人
ヘンリー・オズボーン:今拓哉
アラン・ロイド:益岡徹
デイヴィス・リロイ:山口祐一郎
【東京公演】
日程:2025年1月22日(水)~2月16日(日)
会場:東急シアターオーブ
【大阪公演】
日程:2025年2月23日(日)~3月2日(日)
会場:新歌舞伎座
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/kaneandabel/
公式サイト:
https://www.tohostage.com/KANEandABEL/

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