(株)荏原製作所の創業者である畠山一清(号・即翁)のコレクションを公開するため1964年に港区・白金台に開館した畠山記念館。2019年より改修工事のため長期休館し、2024年9月に「荏原 畠山美術館」と名称を改め、新たにスタートを切った同館の開館を記念した展覧会の第2弾『開館記念展 Ⅱ(破) 琳派から近代洋画へ―数寄者と芸術パトロン 即翁、酒井億尋』が3月16日(日)まで開催されている。

美術館入口(本館)

今回の改修工事では、1964年に建てられた本館の改修、改築とともに、現代美術作家・杉本博司と建築家・榊田倫之が主宰する「新素材研究所」の設計による新館を建設。なまこ壁の瓦の風合いを陶板で表現した外壁が特徴的な新館には、2階と地下1階に合わせて3つの展示室が新設された。本館2階の展示室も、展示ケースなどの設備を一新。即翁の愛蔵品に刻印されている「與衆愛玩(よしゅうあいがん)」(自らのコレクションを独占するのではなく、多くの人とともに楽しもう)という精神を受け継ぎつつ、新たな美術との出会いを生む場となることを目指す。

新館外観
1F多目的室前のホールから庭をのぞむ(新館)

開催中の『琳派から近代洋画へ』展では、同館の琳派コレクションを過去最大の規模で展示。開館記念展Ⅰと同様、即翁と、その甥で荏原製作所社長を継いだ酒井億尋のコレクションより琳派の名品から近代洋画作品に至るまでを紹介し、作品と愛蔵者、作家と支援者との関係にも注目していく。

同館の水田学芸課長は「今回は琳派作品そのものを存分に見ていただくという楽しみに加え、その作品を誰が所有していたかということにも思いを馳せていただく機会にしたい」と話した。もちろん展示作品のほとんどが畠山即翁所有のものだが、会場では、即翁の前に作品を所有していた明治期の政治家、財界人、当時のいわゆる「数寄者」たちについてもキャプションなどで紹介されている。

第1章展示風景

第1章「数寄者に愛された琳派」は本館2階での展示。日本庭園をのぞむ窓から光が差し込む展示空間には5メートルにおよぶ継ぎ目のない大きなガラスケースが2つ設置されており、即翁が蒐集した茶道具などのやきものを中心に展示されている。

本阿弥光悦 重要文化財《赤楽茶碗 銘 雪峯》 江戸時代 17世紀

本阿弥光悦の重要文化財《赤楽茶碗 銘 雪峯》は、なだれるようにかけられた白釉を雪に、火割れを渓流に見立て、光悦が自ら名銘したといわれる作品。尾形乾山の《結鉾香合》は、実業家・原三溪の旧蔵品で京都の祇園祭りの際に鉾に結んでつるす飾りに似ていることから結鉾(ゆいほこ)と名付けられた。本阿弥光悦の《扇面月兎画賛》は、右半分の金箔を月に見立て、月を見上げる白兎を描いたもの。《扇面月兎画賛》は、明治期に美術行政で活躍した九鬼隆一が所蔵していたものだという。

尾形乾山《結鉾香合》 江戸時代 18世紀
本阿弥光悦筆《扇面月兎画賛》 江戸時代 17世紀 ※前期展示

本館2階から渡り廊下で続く新館2階の展示室は、ガラスケースへの写り込みを極端に排除し、作品に集中できる空間が作りだされている。こちらで展示されている第2章「これぞ琳派!の競演」で、いちばんの見どころとなるのが、全長9メートルにおよぶ本阿弥光悦書、俵屋宗達下絵の重要文化財《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》。竹の幹にはじまり梅やツツジなどの草花を金泥、銀泥でリズミカルに描き、季節の移り変わりを表した宗達の下絵に、そのリズムに合わせるかのように光悦の書が配されている、うっとりするほどに優美な和歌巻だ。

本阿弥光悦書、俵屋宗達下絵 重要文化財《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》(部分) 江戸時代 17世紀 ※前期展示
本阿弥光悦書、俵屋宗達下絵 重要文化財《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》(部分) 江戸時代 17世紀 ※前期展示   

尾形光琳の《白梅模様小袖貼付屏風》は、墨で白媒が描かれた小袖を貼り付け屏風に仕立てたもの。江戸琳派を代表する酒井抱一の《風神雷神図》は小品ながらも、風神と雷神の表情から抱一ならではのアレンジを見てとることができる。

尾形光琳筆《白梅模様小袖貼付屏風》 江戸時代 18世紀 ※前期展示
左:鈴木守一筆《立葵図》 江戸~明治時代 19世紀 右:酒井抱一筆《風神雷神図》 江戸時代 19世紀 ※いずれも前期展示

続く第3章「知られざる酒井億尋コレクション-芸術パトロン 酒井億尋の誕生」は地下1階での展示。ここでは2代目社長、酒井億尋のコレクションが紹介されている。古美術を好んで蒐集した即翁とは異なり、酒井億尋は、大正、昭和期の画家たちと広く交流し、パトロンとして彼らを支援していたことでも知られている。

大正期の若手芸術家による美術集団フュウザン会で活躍した画家で酒井と深く交流した川上涼花や大森商二の作品からは、ふたりが何千枚と描いた木炭風景画や、野趣あふれる草花を色彩豊かに描いた涼花の屏風絵《草花図屏風》を展示。この屏風は細川護立が購入したものを酒井が買い求めたという。

左:大森商二《納屋》1917年 右:大森商二《秋暑》1917年 いずれも個人蔵
川上涼花《草花図屏風》1918年頃 個人蔵

酒井と同じく下落合近辺に住み、頻繁にアトリエに出入りするほど親交のあったのが洋画家の中村彝(なかむらつね)。同展では、その絶筆といわれる《静物》や、《鳥籠のある庭の一隅》などが展示されている。

中村彝《静物》1924年 個人蔵
中村彝《鳥籠のある庭の一隅》1918年 個人蔵

同館の岡部昌幸館長は、「九鬼隆一や原三溪、益田鈍翁などもそうですが、彼らは偉大な数寄者であり、近代に美術を支援した人物ではあるものの、当時の彼らのコレクションはさまざまな場所に散逸してしまった。その作品の一部が、縁あって早い時期に当館に引き継がれています。明治期の数寄者たちの足跡を、畠山即翁が受け継ぎ、現在もその歴史とともに当館で公開しているということに非常に意味があると思っています」と語った。

琳派から近代洋画まで、美術を愛した数寄者たちに思いを馳せながら、じっくりと鑑賞してほしい。

<開催情報>
『開館記念展 Ⅱ(破) 琳派から近代洋画へ―数寄者と芸術パトロン 即翁、酒井億尋』

2025年1月18日(土)~3月16日(日)、荏原畠山美術館にて開催
※会期中展示替えあり
前期:1月18日(土)~2月16日(日)、後期:2月19日(水)~3月16日(日)
公式HP:
https://www.hatakeyama-museum.org/

本阿弥光悦書、俵屋宗達下絵 重要文化財《金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻》(部分) 江戸時代 17世紀 ※前期展示