
離れて暮らす親。健康や病気のこと、お金のこと、さらに最近では防犯のことも気になります。同居も難しく、ただ心配するしかない……そんな人も多いでしょう。そんなときに「老人ホームへの入居」は、有効な選択肢かもしれません。しかし、老人ホームに入居したからといって「絶対安心」というわけではないようです。
大丈夫を繰り返す、実家でひとり暮らしの母だったが…
都内在住の藤田明美さん(仮名・56歳)。東北地方の出身で、就職のために上京。結婚後は東京で家を購入し、都会での暮らしのほうがずいぶんと長くなりました。
――お盆とお正月、年に2回帰省していますが、東京に慣れ切ってしまって、冬に帰ると特に「もう、寒いところには住めない」と思ってしまいますね
そんな明美さんの心配といえば、5年前に父親が亡くなって以来、実家でひとり暮らしをする母・洋子さん(仮名・82歳)。高齢女性のひとり暮らし、子どもとしては不安なもの。だからといって一緒に住むことはできず、何かあっても実家には片道5時間。すぐに駆けつけることができないというジレンマを抱えていました。
――帰省のたびにいろいろと話はするんですが、元気だけが取り柄みたいな人なので……「大丈夫、大丈夫」とはぐらかされるのが定番でした
【後期高齢者の親との暮らし方】
▼現在の親との暮らし方(既婚者)
両親と同居…8.1%、父と同居…2.5%、母と同居…4.2%、同居していない…85.2%
▼親と同居していない理由について
家庭的な理由…35.4%、自立したいと考えていたため…32.2%、自分の仕事上の理由…26.3%、居住スペースの問題…17.1%
▼同居していない親との連絡の取り方と頻度
・連絡手段
電話…75.8%、LINE…36.9%、メール…17.7%、SMS…4.7%、テレビ電話…3.2%
・頻度
ほぼ毎日…9.1%、週2~3回…13.0%、週1回…16.5%、月2~3回…10.6%、月1回…27.4%
▼同居していない親に関して心配していること
健康面…68.4%、防犯…24.5%、特殊詐欺…21.5%、災害時の避難・安全性…18.9%、親が困っていることに気づきにくい…17.4%
※出所:アート引越センター株式会社『親との同居に関するアンケート』
そんなとき、近所の知り合いから「お母さんが倒れた」の連絡を受け、急ぎ、実家に帰ったことがありました。軽い熱中症。大事には至らず、点滴を打って、その日のうちに自宅に戻ってきたそうです。「やっぱり、母を1人にするのは不安……」。そのような思いが強くなりました。
入居から1ヵ月…初面会でみた母の異変
友人にも「ひとり暮らしの母が心配だ」という相談をしていた明美さん。そのなかのひとりから、こんなアドバイス。
――こっち(東京)の老人ホームに入ってもらうというのは?
老人ホームに対してポジティブな印象をもっていなかった明美さん。「寝たきりの高齢者が入居する施設」というイメージしかありませんでした。しかし「最近の老人ホームは全然違うの。高級ホテルみたいなところも多いし、元気な人が入るような施設もあるみたい」と、その友人。いろいろと調べてみると、確かに今どきの老人ホームはどこも明るく、清潔感がある雰囲気。また介護を必要としない健康な高齢者が入居できる施設もあり、そこは本当に高級ホテルのよう。「こんな老人ホームであれば、お母さんも楽しく暮らせるんじゃないかな」と、コロッと心変わり。
早速、明美さんは洋子さんに電話をし、「老人ホームに入るとしたら、どのようなところがいい?」と質問。はじめは「老人ホーム!?」と訝しそうにしていましたが、しっかりと趣旨を説明。そのうえで洋子さんがあげた希望は、「安心して過ごせるところ」「東京のホームであれば、あなた(明美)さんの家からも近いところ」の2点のみでした。また費用は「出すことができて月に25万円くらい。年金が月15万円くらいでしょ。貯金の取り崩しも月10万円くらいが限度だと思うの」といいます。
そんな要望に合致するホームをポータルサイトで探すと……ありました。しかも写真を見る限り、おしゃれなリゾートホテル風。「自立型(健康型)有料老人ホーム」というカテゴリーの施設で、洋子さんのように基本、介護を必要としない人が対象。もし介護が必要になった場合は、同じ会社が運営する別施設への転居も可という点もポイントでした。
――こんなホームなら、お母さんも喜んでくれるはず
洋子さんを呼び寄せ、まずは見学。明美さんも洋子さんもひと目で気に入り、ホームへの入居はトントン拍子で決まりました。めでたし、めでたし……というわけにはいきませんでした。
洋子さんが老人ホームに入居してから、明美さんは仕事が忙しくなってしまい、さらにインフルエンザにかかってしまったことから、初面会は入居から1ヵ月後。「楽しく暮らしているかな?」と、少々ワクワクしてホームを訪れたといいます。しかし、そこで目にした洋子さんの姿は、想像もしなかったものでした。
ホームのエントランスを抜けると広がるダイニング。ちょっと素敵なレストラン風で、食事のとき以外も入居者が集いおしゃべりに興じたり、サークル活動が行われたりするスペースです。そこにひとりたたずむ洋子さん。ひとりもの思いにふけているのか、1点をじっと見つめています。そんな洋子さんの様子をしばらくみていましたが、ただ時間が流れるだけ。さらに気づいたのが、この1ヵ月でずいぶんと痩せた、というよりもやつれた様子。
たまらず洋子さんに声をかけた明美さん。振り返る洋子さんは、明らかに痩せてしまい、目に力がありません。以前の母とは違う姿に動揺を隠せない明美さん。とりあえず一緒に居室に戻ることにしました。
そこで聞かされたのは、入居者と馴染めないという話。
――やっぱり東京の人とは合わなくて……
入居当初は、積極的に知り合いを作ろうとしたという洋子さん。しかし話についていけないことも多く、次第に、知り合いをつくろうという気もうせてしまったといいます。そうすると、食事ものどを通らなくなり、痩せてしまった……という顛末でした。
同年代の入居者も多いと聞いていた明美さん。社交的な洋子さんならすぐに知り合いができて、楽しく暮らせるはずと思っていましたが、簡単なことではなかったようです。高齢で新しい地に住むということは、思っている以上にハードルの高いことだったようです。
――老人ホームなんて勧めるんじゃなかった
後悔のあまり、涙がこぼれてしまったという明美さん。ただ東北の実家でひとり暮らしも考えもの。どうしたらいいのか、どうしたら母のためなのか……答えを出せずにいるといいます。
[参考資料]
アート引越センター株式会社『後期高齢者の親との暮らし方に関するアンケート』

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