
ビジネスシーンにおいて「信頼」を勝ち取ることは非常に重要でしょう。とはいえ信頼関係を築く具体的な方法は、マニュアル化することなど到底できません。そこで本記事では、山本洋子氏の著書『なぜあの人は初対面で信用されるのか 元JAL国際線チーフパーサーだけが知っている、人の心をつかむ極意』(日本能率協会マネジメントセンター)より一部を抜粋・再編集し、信頼のベースを形成する方法について解説します。
礼節をわきまえるだけで、9割の信頼を得ることができる
初対面の人とお会いしたとき、相手がまだどういう人かがわからない段階で、これから一緒にビジネスを進めていいかどうかの判断基準になるのが「礼節」です。
人がよさそうには見えるけど、冷たい人かもしれません。一見強面に見えるけど、実は誠実で優しい人かもしれません。会話以前に、ビジネスの一次面接を突破するのは、礼節をわきまえている人です。当然のことながら、礼節をわきまえない人は、面接を突破することはできません。それはビジネスにおいて、相手にされないことを意味します。
航空会社に勤務していたとき、管理職乗務員として客室乗務員の採用面接官をしていました。緊張の面持ちでインタビューに答える若き応募者の初々しい姿を見るたびに、自分自身の採用試験のことを思い出したものです。
幼い頃から憧れていた会社の客室乗務員になるための試験でしたから、そのときの状況は今でも鮮明に覚えています。面接官として応募者に接する際、採用の一番の決め手になるのは客室乗務員としての適性があるかないかです。接客業は不特定多数のお客様を相手にするサービス業です。
いくら本人が希望したとしても、適性がなければ客室乗務員にはなれません。接客業に向いているかいないかを見極めるときに大きなポイントになるのは、接客に相応しい礼儀正しさがあるかどうかです。
例えば、入室時の態度です。グループ面接においては、4〜5人の応募者が一緒にインタビューを受けるのですが、他の応募者とのやりとりやグループの中での振る舞い方などを細かく観察します。一瞬のスキに人となりが見えるからです。
応募者の多くは、事前に想定質問への答えを用意し、頭の中は自分の受け答えのことしか考えられない状態だと思います。しかし、そうした状況でも、どれだけ他者への配慮ができるかが決め手になります。
自分の番が終わったら、他の人の話を聞かず上の空。聞いているふりはするものの、まったくタイミングの合わない相づちを打つなど、自分が話をしていないときの態度に素が出るのです。
客室乗務員は、常に周囲への配慮が求められます。どのような状況に置かれても、状況を見極め、配慮することが求められるのです。特に緊急事態においては、極度の緊張の中でも冷静さを失わず、周囲の状況を判断する対応力が必須です。
自分の発言が終わった途端、安心して他の人への配慮に欠けたり、礼を欠いたりするような振る舞いでは、客室乗務員は務まりません。意外と本人は気がついていないのですが、そういう振る舞いは目立つもの。プロの面接官の目は簡単にはごまかせません。
その反面、礼儀正しく礼節が身についている人は、大勢の中でも際立ちます。きちんとした身だしなみに美しい姿勢、そして周囲の人への目配り、気配りを欠かしません。いかなるときでも、他者への気遣いをともなう礼節が身についている人は、一目置かれます。
まずは、身近な人に礼儀正しく接することを習慣にしてみてください。言葉遣いやちょっとした気配りを習慣化するだけで、周りの反応が変わりますよ。
自己満足より他己満足が信頼のベースになる
皆さんは、マズローの欲求階層説をご存じでしょうか? 人間の欲求は五つの段階に分類されるという、アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した学説です。
マズローの欲求階層説によると、人間の欲求は、まず睡眠や食事など生命を維持するための「生理的欲求」が一番のベースになり、それが満たされると次の「安全欲求」「親和欲求」「承認欲求」へと徐々に高い次元に欲求が高まり、最後は「自己実現欲求」という5段階のピラミッド型になっているといいます。
この学説の基本には、人間はピラミッドの頂点にある自身の自己実現のために行動するという前提があります。そう考えると、人間はどこまで行っても100%満足することはなく、次から次へと欲求が出てくる欲深い生き物であることを実感します。
そんな人間の持つ五つの欲求の中に、「承認欲求」があります。
基本的に、人は誰しも自分が大好きです。人の話はあまり聞かないが、自分の話はいつまでもする。それが人間の本来持つ承認欲求です。人は本能に素直なとても可愛い存在でもあるのですが、実際のビジネスシーンにおいては、そうも言ってはいられません。
航空会社を退職後、保険業界には7年間お世話になったのですが、保険営業の業界は航空会社とはまったく異なる初めての世界でした。常に成績が数字として突きつけられる、やりがいがあると同時に厳しい世界です。
業績が振るわず、すぐに辞めていく人も多いのが実情ですが、そんな厳しい環境でもお客様から信頼され、常にトップクラスのセールスパーソンがいました。保険営業で成功している人は、どんな話法で営業しているのだろうと興味を持って観察しても、特別なところは見つかりません。
話し方も特別流暢ではなく、飛びぬけたイケメンというわけでもありません。でも、彼には紹介が途切れません。常にお客様からの紹介が入り、商談の機会には事欠かないのです。彼が絶大な信頼を得ていた理由は、日常の態度に表れていました。
営業に携わる人は、社交的で饒舌な人が多いのですが、彼はどちらかといえば寡黙で、話すよりも聴くタイプ。「自分が、自分が」と話を進めることが一切ないのです。営業手法として意図的にそうしていたかどうかはわかりかねますが、お客様の話に徹底して真剣に耳を傾けることで、お客様の承認欲求を満たしていたのです。
営業の締切が迫っていたり、どうしても売りたい保険があるときは、知らず知らずのうちにゴリゴリと話を進めてしまったり、あせりが顔に出ることもあるものです。
でも彼は、どんなときでもゆっくりとお客様に寄り添い、しっかりと話に耳を傾けていました。それがお客様の満足度を高め、揺るぎない信頼となり、途切れない紹介へとつながっていたのです。まさしく、自己満足よりも他己満足を優先した結果でした。
人は何かをしてもらったとき、お返しをしなければ! という気持ちが働きます。いわゆる返報性の原理です。誰もが持つ「承認されたい」という欲求が満たされたとき、相手は自分を承認してくれた人のことを承認します。それが信頼のベースになっているのです。
まずは、目の前にいる人の満足を一番に考え、さりげなく承認欲求を満たしてあげること。それが信頼される第一歩になるのです。
山本 洋子
株式会社CCI
代表取締役
人財育成コンサルタント・キャリアコンサルタント・元JAL国際線チーフパーサー・客室マネージャー

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