日本でまだコンサートを行っていない偉大なテノール。その筆頭、しかも突き抜けて筆頭にいるのがメキシコ出身のハビエル・カマレナだと断言する。彼は後述するように、超一流のベルカント・テノールだが、どんなキャッチフレーズをつけたらいいか悩んでしまう。それはキャッチフレーズになるすごい特徴が、あまりにたくさんあるからである。

たとえば――。失われていたベルカントやバロックの歌唱様式を見事に蘇られた不世出の歌手、チェチーリア・バルトリがロッシーニのヒロインを歌うとき、相手役がカマレナのことが非常に多かった。そう伝えれば、カマレナの芸術的水準の高さがわかるだろう。

メトロポリタン歌劇場(MET)では2014年、ロッシーニ《ラ・チェネレントラ》で、パヴァロッティ、フローレスに続きMETでアンコールに応えた史上3人目の歌手になった。続いて2019年にも、ドニゼッティ《連隊の娘》で9つのハイCを軽々と、しかも力強く響かせて圧倒的な喝采を浴び、全7公演でアンコールに応えた。このとき「過去75年間でもっとも長いアンコール」として、METの記録を更新したという。

こう書くとアクロバティックな歌唱が特徴のように読めるかもしれない。むろん、それは得意だが、カマレナの本質はもっと深いところにある。

明確にアクセントをつけながら、小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタを力強く刻む力に長けている。洗練されたレガートをつむぎ、音を漸減させたのちに漸増させるメッサ・ディ・ヴォーチェを駆使してニュアンスを加え、微妙な色彩の変化で感情の機微の機微まで描き尽くす。そんな能力も抜きんでている。

要するに、世界最高峰のベルカント・テノールで、どんな歌もコントロールされた息に載せられた自然で美しい声で精緻に造形し、そこに深い魂を宿らせる。それなのにアクロバティックな快感も、純粋に明るく美しい声に浸る快感も味わえる。

かつての「世界三大テノール」のような企画がいま持ち上がったら、そこに加わるべき超有力候補でもある。そんな歌手の日本初コンサート。行けば「あのときカマレナを聴いた!」と一生自慢できるはずである。

文:香原斗志

ハビエル・カマレナ
21世紀の“キング・オブ・ハイC”
日本初ソロコンサート

■チケット情報
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2456203

5月15日(木) 19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール タケミツメモリア

指揮:園田隆一郎
演奏:東京フィルハーモニー交響楽

予定プログラム
グノー:歌劇《ロミオとジュリエット》より「あぁ、太陽よ昇れ」
ドニゼッティ:歌劇《ラ・ファヴォリート》より「王の愛妾?・・・あれほど清らかな天使」
ロッシーニ:歌劇《チェネレントラ》より「必ず彼女を見つけ出す」
ドニゼッティ:歌劇《連隊の娘》より「ああ!友よ!なんと楽しい日!」
ドニゼッティ:歌劇《ランメルモールのルチア》より「わが祖先の墓よ」
マスネ:歌劇《ウェルテル》より「春風よ、なぜ目覚めさせるのか」 ほか

ハビエル・カマレナ (C)J. Cornejo