タワーマンションの上層階で体験する激しい揺れ、そして災害時の閉じ込めの危険性……これは単なる想定ではなく、現実に起こり得る問題です。本記事では、Kさん夫婦の事例とともに防災の視点から、タワーマンション購入にあたっての重要なポイントについて長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。※相談者の了承を得て、記事化。個人の特定を防ぐため、相談内容は一部脚色しています。

震源地から遠くても激しく揺れるタワマン

3.11の光景はいまだ生々しく記憶に刻まれている人が多いと思います。津波と火災に襲われ街が壊滅する様子、寒い季節にごった返す避難所の様子、テレビで繰り返し流されるACのコマーシャル、犠牲者の人数がどんどん膨れ上がっていく様子など、日本全体が異様な空気に包まれていました。

筆者も当時青森県で被災しましたが、数日続いた停電によって街から一切の明かりが消え、まるでプラネタリウムのような夜空一面の星空が見え驚きました。いつもは街の明かりで星など見えないのです。その様子があまりに不気味すぎて恐怖を感じたことを覚えています。

3.11で特徴的だったのは、震源地から遠く離れているはずの東京で、高層ビルの揺れが非常に大きかったことです。震災発生当時、東京の震度は震度5弱。震度としては確かに大きいのですが、高層ビルの上層階ではそれ以上の揺れを感じたはずです。

なぜ震源地から何百キロも離れていた場所の高層ビルが大きく揺れたのでしょうか。それは「長周期地震動」と呼ばれる揺れ方が原因とされています。長周期地震動は「震源地から遠く」の「高層建築物」を「激しく長く揺らす」のが特徴です。建物が高層化していく現代の日本では、かつてなかったような規模での被害が想定されるのが長周期地震動を引き起こす大地震なのです。

近年話題となることが多い「南海トラフ巨大地震」は、かつてないほどの強い長周期地震動が発生することが予測されています。東海地方をはじめとした太平洋沿岸部だけではなく、首都圏や大阪などの大都市圏にある高層ビルが甚大な被害を受ける可能性があります。

高層ビルの中でも被害が最も深刻なのが、住宅であるタワーマンションでしょう。特に東京都の湾岸エリアに数多くあるタワーマンションは、海岸沿いの埋立地という不安が残る立地です。もし、これから湾岸エリアのタワーマンションを購入しようと考えているとしたら、南海トラフ巨大地震に対してどう考え、なにを備えるべきでしょうか。

湾岸エリアのタワーマンションの購入を検討する家族の事例を紹介しながら、タワーマンションでの地震の危険性について解説していきます。

被災経験を持つ夫「湾岸タワマンを買いたい」

<事例>

Kさん 31歳 大手金融機関勤務 年収800万円

妻Mさん 31歳 大手メーカー勤務 年収720万円

金融資産合計 4,700万円

子供なし

Kさんと妻Mさんは都心で勤務する会社員の夫婦です。世帯年収は1,520万円。2人の金融資産を合わせると4,700万円と、潤沢な貯えがあります。現在は日本橋にある賃貸マンションに住んでいますが、子供をもうける前に自宅マンションを購入しようと考えています。夫Kさんが強くこだわっているのは、マンションの防災面。大地震大津波、洪水などに強いマンションでなければならないと考えているのです。

それには夫Kさんの過去の体験が影響しています。夫Kさん岩手県沿岸部の小さな町の生まれです。小学生のころから成績が優秀だった夫Kさんは、盛岡市内の進学校に入学。沿岸部からは遠く通学できないため、高校の近くで下宿暮らしをしていました。

2011年3月11日の14時46分、高校2年生だったKさんは学校で大地震に襲われたのです。携帯電話の警報が鳴った直後に気持ち悪い横揺れが長く続きました。揺れの最中に教室の照明が消えて停電。とっさに頭をよぎったのは沿岸部の実家に住む両親のことです。すぐに母親に電話をしても出ません。やがてアンテナの電源が消失したらしく、携帯は通じなくなりました。下宿に戻ると、管理人の男性が心配してくれて小さなラジオを貸してくれました。そこからわかったのは実家のある町は津波で壊滅状態だということ。Kさんの実家は海岸から700mほどしか離れていません。不安と恐怖のなか、暖房のつかない部屋でダウンジャケットを着たまま、ラジオをつけっぱなしで眠りました。

翌々日、電気が復旧すると同時に叔父から電話がありました。両親は無事で避難所にいるとのこと。しかし自宅は跡形もなく流れてしまい、瓦礫の山であると聞かされました。数日後、実家の二階部分が遠く離れた海岸で見つかったそうです。その二階部分はKさんが使っていた自室で、それが海で見つかるというのは悲しいような驚きのような複雑な気持ちでした。実家があった場所には、どこかから流れてきた自動販売機が横たわっていたそうです。

そのような強烈な体験をした夫Kさんだからこそ、災害に強い家が欲しいと願っているのです。そこで候補として考えたのが、湾岸エリアのタワーマンションです。晴海にあるタワーマンションの上層階の物件で、価格は1億円超です。このことについて、妻Mさんは強く疑問を持っています。

海のそばのタワマンは危ない?

「値段は妥当だと思うけれど、なぜ海のそばなの? 実家が津波で流されたのに」と妻Mさんがいいます。「ちょっと理解できないな」首をかしげるMさんにKさんは答えます。

「晴海は東京湾の中だし、湾の中は津波が拡散するのでそれほど危険はないよ。盛土で高く作られていて比較的安全だと思う。それにタワーマンションの上に住めば津波や高潮が来たとしても命の危険にさらされることもないだろう。津波避難タワーに住んでいるようなものだから」

Kさんは湾岸エリアのタワーマンションこそが安全だと考えているようです。木造家屋が密集している地域では大火災が起きる可能性が高いし、戸建ては洪水や土砂崩れがあったら全壊してしまうとも考えています。それと同時に職場への通勤の利便性が非常に高いところが気に入っています。また、夫Kさんは海を見て育ったので、いつも海を感じる場所で暮らしたいとも思っています。

妻Mさんとしてはタワーマンションには憧れがありますが、強烈な津波被害の体験を持つ夫の判断がよく理解できません。1億円以上の物件を買って災害があったとき、資産価値はどうなるのでしょうか。妻Mさんにとって、タワーマンションは終の棲家ではなく、ライフステージのどこかで売却しセカンドライフに備えるべき「資産運用」のひとつと考えています。

そこで資産運用という側面も含めて、タワーマンションの災害問題をFPに相談することにしました。

FPからのアドバイス

FPが指摘したのは、夫Kさんの災害への思い込みでした。自分の強烈な体験から、災害は「津波による家屋流失」のことだと思い込んでいるのかもしれません。だからタワーマンションは戸建てよりも津波に強いと考えてしまうわけです。

「確かにタワーマンションは津波で流失することはありませんが、戸建てにはない被災の形があります。それが“揺れの強さ”と“閉じ込め”です。建物は確かに頑丈にできているので強い揺れで倒壊することはないでしょう。しかし地上よりも大きく建物が揺れ、怪我をするかもしれません。また、エレベーターが止まってしまえばフロアに閉じ込められ、食料不足や医薬品不足、ひいては急病でも救出してもらえないという事態もありえます」

まずは“揺れの強さ”について考えていきます。タワーマンションの地震被害を考えるとき、先ほど述べた「長周期地震動」に加え、「固有周期」というふたつの言葉を覚えておく必要があります。

「長周期地震動」とは?

大きな地震で生じる周期(揺れが1往復するのにかかる時間)が長い大きな揺れのことを長周期地震動といいます。長周期地震動は遠くまで伝わりやすいという性質があり、震源地から何百キロも離れた場所を長く揺らすのが特徴です。特に高層ビルなど高い建物ほど長周期地震動によって揺れが大きくなります。

タワーマンションを激しく揺らす原因はもうひとつ、建物の「固有周期」が関係しています。

「固有周期」とは?

「固有周期」とは、建物が一方に揺れて反対側に戻ってくるまでの時間のことです。振り子にたとえると、片方に揺れて反対側に到達するまでを指します。単位は秒です。たとえば30階建ての建物であれば、固有周期は4秒から7秒。高さが高くなるほどこの固有周期は大きくなり、建物の構造によって同じ高さでも周期が異なります。

建物にはそれぞれの固有周期があり、地震の周波数とその建物の固有周期が一致すると激しい揺れが現れます。その揺れは高層建築物ほどなかなか収まらず、長く揺れ続けるのです。タワーマンションの上層階では家具がブランコのように室内の端から端へとものすごいスピードで往復することになります。地上では地面に立っていられるほどの震度でも、上層階ではテレビが横から飛んでくる状態です。これでは怪我は避けられません。ちなみに建物ごとの固有周期は、建物設計の際に行われる構造計算等により明らかになっている場合があります。

上の階ほど揺れる

このように、高層化している現代の日本社会の地震は「地盤の揺れの大きさ=震度」だけでは被害を想定できなくなっています。同じ震度でも建物の高さによって揺れ方が違い、被害にも差が生まれます。地盤を揺らす大きさだけではなく、「建物の揺れの周期」が影響しているということを知ることが重要なのです。タワーマンションに住んでいるなら、「長周期地震動が発生したら上の階ほど揺れる」ととっさに思い出せるだけでも被害を防ぐ可能性が高まります。

2023年5月から、緊急地震速報長周期地震動階級を追加するようになりました。長周期地震動階級は4等級にわかれ、揺れの危険度を表しています。厳密にはビルごと、フロアの高さごとに揺れ方が違うため、ひとつの目安として考えるべきでしょう。

巨大地震でタワマンは倒壊するのか?

タワーマンションでは、どのような地震対策が取られているのでしょうか。

地上60mを超えるタワーマンションには国土交通省の厳しい建築基準が適用されています。特に2000年(平成12年)以降は、「平成12年建設省告示第1461号第4号イに定める地震動」、いわゆる告示波といわれるデータをもとに耐震性能を基準化されていて、長周期地震動もある程度想定しているのです。

ところが、これまで想定していた地震動の大きさを南海トラフ巨大地震が超えるのではないかという研究が近年出てきました。これを受けて2017年4月から新築のタワーマンションについてはさらに厳しい耐震基準が適用されています。そのため、タワーマンションが倒壊するかどうかという観点では、建設が2000年以降のものはまあまあ大丈夫、2017年以降のものは理論上、南海トラフ巨大地震に耐えられることになっています。

しかし、巨大地震が発生したときに建物は頑丈でも、揺れが収まったあとで住民が命の危険にさらされる可能性があります。それが“閉じ込め”です。

フロアに閉じ込められることで起きる命の危険性

まずはエレベーターの停止が挙げられます。タワーマンションではエレベーターは文字通り生命線です。20階以上の上層階から階段で何度も行き来することは若い人でも不可能でしょう。建築基準法では震災時にも予備電源で稼働する非常用エレベーターの設置を義務付けていますが、予備電源は60分以上稼働できることと定められています。予備電源を失ったあとは非常用エレベーターも動かなくなります。

フロアに閉じ込められてしまうと、まず食料を手に入れることができなくなります。各家庭で非常用の食料の備蓄を行うことに加え、管理組合でフロアごとに食料を備蓄しているケースもあります。長期間の停電となったらその食料も尽きてしまうかもしれません。

食料だけではなく、医薬品はより深刻です。糖尿病や高血圧、脳梗塞などを患ったあとは服薬を継続しなければ命の危険があります。災害のストレスで病状が悪化し救急搬送が必要となっても、救急隊が運び出せないとなると生存は絶望的な状況になります。

最近では巨大なガス発電機を設置しているタワーマンションもあります。ガス発電機によってエレベーターを停電時も動かし続ける仕組みです。そもそもガスが止まったらどうするのかと考えてしまいますが、都市ガスのうち高圧・中圧のガス管は大地震に耐えられる構造になっているため、供給は途絶えないとされています。震災時も制限なくエレベーターを動かせることができたら、命が助かる可能性が高まるでしょう。さらには各専有部の電源までも供給できるタワーマンションが登場しています。

残念ながらここまでの設備があるタワーマンションは多くはありません。現状では多くの家庭では自助努力で食料や水の備蓄と、非常時用に多めの医薬品の確保の努力が求められます。また、深刻な持病がある場合はタワーマンションの居住自体を諦めることも必要になります。カナダでの研究ですが、心停止した場合、高層階ほど生存率が低くなるという報告もあります。平常時でも病気がある方には不向きのタワーマンションなので、住めるのは健康な若いうちだけともいえるでしょう。

大地震と資産価値の問題

立地にもよりますが、タワーマンションは資産価値が高いものと考えられています。戸建て住宅と比べると換金性が高く、定年退職や転職などライフステージが変わるタイミングで売却しやすい傾向にあります。特に東京都の湾岸エリアのタワーマンションは投資対象としても人気が高く、投資マネーの流入がマンション価格を押し上げているほどです。湾岸エリアは中央区江東区へのアクセスがよく、都心で働く人たちにとって利便性に優れています。

しかし将来の大地震という要素が加わると、資産価値について立ち止まってよく考えたほうがいいかもしれません。タワーマンションは立地の利便性やそのブランド性、快適性を資産価値と考えがちです。一方で「安全性」と「生活の継続性」も資産価値に影響を与えるようになっています。生活の継続性は福祉でも使われる言葉です。住み慣れた生活環境や生活リズム・習慣を変えることなく、できるだけいままでどおりの生活を継続できることという意味ですが、まさに将来大地震を控えているタワーマンションに突きつけられている課題です。

大地震でも命が助かり支障なく生活が継続できるためには、建物の耐震性や発電設備などのハード部分はもちろん、管理組合による食料の備蓄や大災害に乗じた犯罪への対策などソフト面での充実さが大切です。

昨今の湾岸エリアのタワーマンションは海外からの投資マネーが流入しているため、管理組合が健全に機能していないケースもあります。住まいというより投資対象として見ている人が多くなると、災害時の対策は手薄になり、ひいては次第に資産価値を落としていく可能性があります。

近々発生するといわれている南海トラフ巨大地震。その対策が資産価値を左右するため、防災という視点でタワーマンションの購入を吟味する必要がありそうです。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)