子どもたちに「将来、なりたい職業は?」と聞くと、上位に入ってくる「教師」。実際に「子どものころからの夢を叶えた」という教師は多いようです。一方で、夢だった教師になったにも関わらず、後悔を口にする人も珍しくありません。

いびつな年齢構成の職員室…雑務を押し付けられる若手教師

都内IT企業に勤める金子美咲さん(仮名・28歳)。前職は小学校教員という異色の経歴をもちます。教師は小さいころからの憧れ。小学校の卒業アルバムには、将来の夢の欄に「先生」と書き、大学は教員養成大学に進学。何も迷うことなく、夢に向かって進んできました。

教員採用試験に合格したときは、両親はもちろん親戚も非常に喜んでくれたといいます。

――私自身、地方の出身なんですが、地方でいうと公務員が一番のエリートコース。教師は給与もよく将来も安泰というイメージが強いんですよね

厚生労働省令和5年賃金構造基本統計調査』によると、大卒正社員(平均41.0歳)の平均給与は月収で37.8万円、賞与も含めた年収は619.1万円です。一方、職種別にみていくと、小・中学校教員(平均年齢40.4歳)の平均給与は月収で42.2万円、年収で677.6万円。143職種中14位と、教師は平均的なサラリーマンの平均値を超える、高給の職業といえるでしょう。

ただ初めて赴任した学校は、ハズレだったといいます。赴任3日目。念願の教師となり、まだまだ希望とやる気で満ち溢れているとき。目の当たりにしたのは、職員室内の異様な光景でした。ベテランの教員たちが疲労困憊し、机に伏せて寝ている人、焦って書類に追われている人、朝早くから残業モードでピリピリした空気が広がっていました。あまりの光景に、一瞬、立ちすくんでしまったといいます。職員室内には「朝の挨拶もろくに返してもらえない」ほど余裕がなく、金子さんは初めての指導計画をどう進めるべきかを聞くことすらできず不安に襲われました。

そもそも、教師の構成がいびつでした。教師全体を10とすると、50代の教師が5、20代から30代前半の若い教師が4、その間となる教師は1。50代の教師はすでに重鎮感を醸し出し、中間管理職的な立場となる40代の教師に業務が集中。とても話しかけることはできません。さらに若手教員にはあらゆる校務が集中。授業以外の仕事が1日の多くを占めていました。

校務とは、学校運営にまつわるあらゆる仕事。入学式や運動会などの学校行事の運営、クラブ活動や委員会など特別活動のサポート、修学旅行などの準備では旅行会社との打合せも頻繁に行われます。昨今、学校現場で導入が進むICT機器やシステムの管理などは、機械に疎い50代教師は完全拒否。すべて20代の若手教師に押しつけられます。

毎日残業が続き、休日は泥のように眠る……そんな日々が始まりました。

「保護者ファースト」の校長によって業務がさらに増加。理想とのギャップに悩み…

混乱する職員室。ただすべての学校で混乱しているわけではなかったといいます。

――同期の先生たちから聞いて、校長によって学校の運営の考え方、やり方がずいぶんと違うことがわかりました。私が赴任した校長は、とにかく教育委員会とか、保護者とかを過度に気にするタイプ。何かあると、すぐに「教育委員会に怒られるから」「保護者からクレームが入るから」と。それによって業務が増え、教師はみな疲労困憊でしたよ

保護者の対応も大変だったといいます。クラス担任を持ったばかりのころ、保護者から電話。「家に遊びにきた児童と息子が喧嘩になった。どうにかしてほしい」というものでした。

――せめて下校途中であれば指導の範囲ですが、家に帰ってからというのはさすがに……でも校長から「しっかり対応しなさい」といわれました。確かにクラス運営がうまくいかなくなると私も困るので、結局対応することになったんです

そもそも教師は、仕事と私生活の境があいまい。明らかに家庭の問題といえるものも学校に連絡が入り対応しなければならない……長時間労働を助長させる、ひとつの要因です。

――保護者対応も学校によって違うようです。うちの学校は保護者ファーストでしたから……

子どもたちの成長にやりがいを見出し教師を志したものの、“それ以外”のことに時間を割かれる日々。準備に時間を割くことができず、何とも中途半端な授業をしてしまうことが続いていました。理想と現実のギャップに大きなストレスを感じ、教師になって5年目、体調不良で初めて休みました

――こんなの私が目指した先生じゃない、先生なんてならなきゃよかった……そんなことばかり考えてしまい、涙が止まらなくなったんです

このときはすぐに職場に復帰したものの、再び、体調不良に。長期休みのうえ、退職することになりました。文部科学省令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査』によると、公立学校の教育職員のうち、精神疾患による病気休職者数は7,119人で、全教育職員数の0.77%に相当します。これは前年度(令和4年度)の6,539人から580人増加しており、過去最多。教職員のメンタルヘルス不調による休職者数は年々増加傾向にあり、特に近年その傾向が顕著となっています。

年齢別にみていくと、20代では2019年、精神疾患による病気休職者は全体の0.56%だったのが、2023年には0.83%に増加。30代では0.70%から0.96%、40代では0.72%から0.94%、50代以上では0.57%から0.66%。全世代で増えています。増加幅でいうと、20代若手が特に顕著だといえるでしょう。

理想が強かったからこそ、メンタルヘルス不調に陥った金子さん。教育からは遠いIT業界に転職したのはそのためです。

――今でも先生は憧れの仕事ではあるんですが……理想は叶いそうもないので、もうやめておきます

[参考資料]

厚生労働省『令和5年賃金構造基本統計調査』

文部科学省『令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査』

(※写真はイメージです/PIXTA)