
2001年2月6日に広島県福山市明王台の住宅に侵入し、住人の主婦(当時35)を果物ナイフで刺すなどして殺害したとして殺人などの罪で起訴された元造園業者の竹森幸三被告人(70)に対する広島地裁の裁判員裁判で、後藤有己裁判長は2月12日、懲役15年の判決を宣告した。
この事件では、発生から21年近く経った2021年10月、竹森被告人がDNA型鑑定を決め手に殺人容疑で逮捕され、同11月に起訴されたが、今年1月30日に初公判が開かれるまでに3年余りを要した。
この間、捜査段階に容疑を認めていた竹森被告人は自白を撤回して無罪主張に転じ、自白調書も任意性を否定されて不採用に。そのため、検察官の有罪立証は難しいのではないかとの見方もあった。
しかし、結果は有罪。懲役15年という量刑も検察官の求刑通りで、事件当時の有期刑の上限だ。なぜ、このような結果になったのか。(ノンフィクションライター・片岡健)
●堅い証拠だったDNA型鑑定竹森被告人の弁護人は、公判前から記者会見を開き、竹森被告人が容疑を認めた取調べで捜査官に黙秘権を侵害されたことや、逮捕の決め手となったDNA型鑑定で犯人の遺留物と竹森被告人の型が完全には一致していないことなどを公表していた。
今回のような重大事件で公判前に自白調書の不採用が決まることも珍しく、検察官にとって難しい裁判になるだろうという見方があったのも当然だった。
しかし、いざ裁判を傍聴してみると、2月6日の第4回公判で審理が終結した時は有罪判決が出るのは動かしがたい雰囲気になっていた。理由の第一は、DNA型鑑定が思いのほか”堅い証拠”だったことだ。
竹森被告人は2021年8月、福山市内でのこぎりを所持していたことから銃刀法違反容疑で広島県警の捜査対象となり、県警に求められて口腔内細胞を提出。県警科学捜査研究所(科捜研)がこれをDNA型鑑定した結果、犯人と同一人物だと断定され、逮捕された。
鑑定資料は被害者宅で見つかった4点の血液だった。科捜研がこの4点の血液から2005年に行った鑑定で検出した10箇所のDNA型と、2007年に行った鑑定で検出した16箇所のDNA型はすべて竹森被告人のDNA型と一致していた。
さらに科捜研が2020年と2024年に最新の手法で各血液の24箇所のDNA型を調べた結果も大部分が竹森被告人の口腔内細胞の鑑定結果と一致した。
弁護人は最新の手法で行われた鑑定で一部の型が一致しなかったことに疑問を投げかけたが、検察側証人の法医学者は「長期間の経過により鑑定資料が劣化したり、被告人以外の者のDNA型が微量混入したりしたことによるものとして理解可能だ」という趣旨の証言をしている。
竹森被告人は被害者やその家族と一面識もなかった。DNA型鑑定の信用性が揺るがない以上、被害者宅に血液を残したのが犯行の時以外だとは考え難かった。こうした堅い証拠がある中、有罪をさらに決定づけたのが、竹森被告人自身の証言だった。
●検察官の反対質問に対し、初めて供述した「アリバイ」竹森被告人はこの裁判で無罪判決を求めていたが、実は明確な言葉で無実を訴えていなかった。初公判の罪状認否ではこう述べていた。
「記憶にないので、わかりません」
竹森被告人は公判に毎回、車椅子に乗せられて出廷しており、心身共に弱っているように見えた。高齢でもあるし、「記憶が無い」というのもあり得ない話ではないように思えた。
しかし、2月5日の第3回公判で行われた被告人質問の際、竹森被告人は突如、「記憶が無い」という自身の言葉と矛盾することを言い出した。弁護人の主質問のあとで行われた検察官の反対質問に対し、「アリバイ」を主張し始めたのだ。
検察官「事件の日、あなたは、どこで、何をしていたか覚えていますか?」
竹森被告人「釣りが好きなんで、メバルの釣り場の確認に行っていました」
検察官「それは(2001年の)2月6日のことですか?」
竹森被告人「はい」
逮捕されて3年余り。この間、竹森被告人はこの話を一切していなかった。弁護人の主質問の際もこの話は一切出てこなかった。このようなアリバイの存在を唐突に主張しても、無理がある感は否めなかった。
●裁判官の補充質問に対し、輪をかけて不可解な証言を…竹森被告人はこの後、裁判官たちからこの唐突なアリバイ主張について色々と補充質問され、さらに不可解なことを言った。
たとえば、裁判長から「釣り場の確認に行ったのは(2001年2月6日の)何時ごろですか?」と質問され、竹森被告人は24年前のことなのに、「朝9時から12時過ぎだと思います」と明確に答えた。
起訴状では、犯行時刻は「午前11時30分頃から午後0時58分頃までの間」とされていたので、この証言が事実ならピンポイントでアリバイがあったことになる。 さらに右陪席の裁判官から「なぜ、そんなにピンポイントで思い出せたんですか? 釣り場の確認に行ったのは、その日とは違う日ではないかと思ったりしなかったですか?」と質問されると、竹森被告人は「その日、別れた女房とメシを食ったんです」と再び唐突に“新事実”を口にした。
一方、このような竹森被告人の唐突なアリバイ主張について、弁護人は再主質問(反対質問の後、再度、被告人側の弁護人から質問すること)を行わず、翌6日の第4回公判で行った最終弁論でも言及しなかった。公判前から長期間、熱心な弁護活動をしてきた弁護人たちもこの唐突なアリバイ主張に対応するのは難しかったのだろうか。
●アリバイ主張は「全く信用できない」と一刀両断この裁判では、検察官は竹森被告人が被害者宅に侵入した目的や被害者を殺害した動機を特定できていない。それでも、検察官が事件当時の有期刑の上限である懲役15年を求刑し、判決はその通りになった。
公判で示された事実関係を見ていると、この結果もある程度予想できたことだった。
事件後、被害者の遺体は手首と口に粘着テープを巻かれ、凶器の果物ナイフが首に刺さった状態で発見された。腹部も心臓や肝臓を損傷するほど深く刺されており、玄関にあった置物で頭部も殴られていた。この置物は被害者の弟の妻の実家から贈られたものだったそうで、弟の妻やその実家の人たちも心を痛めていたという。
事件当時、被害者は夫と6歳の長男、9カ月の長女と4人で暮らしていた。しかし夫は事件後、「妻のいない生活はつらい」と出て行き、残された子ども2人は祖父母に育てられたという。
このような悲惨な目に遭った遺族たちは毎回、傍聴に来ていた。その目の前で竹森被告人が唐突に不可解なアリバイ主張をしたことは裁判官や裁判員に悪印象を与えたように思われた。
実際、後藤裁判長は判決の際、顔面を紅潮させ、怒気をはらんだ口調で判決文を朗読しており、感情的になっているように見えた。アリバイ供述については、「全く信用できない」と一刀両断にしており、竹森被告人を叱りつけているような雰囲気だった。
身じろぎせずに判決を聞いていた竹森被告人が控訴するのか否かは現時点でわからない。ただ、控訴しても、無罪になることも刑が軽くなることも無いように筆者には感じられた。

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