
政府の2025年度当初予算案が2024年12月の閣議で決まり、1月24日に召集された通常国会で審議されています。歳出の約3分の1を占める社会保障関係予算は対前年度当初比1.5%増の38兆2,278億円となりました。今年は医療機関に対する診療報酬本体の見直しなど、大規模な制度改正が実施されない「裏年」となり、患者負担を抑制する高額療養費の見直しなどで歳出抑制が図られた結果、伸び率が小さくなりました。本稿では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、社会保障関係費を中心に、2025年度当初予算案の概要や制度改正の内容、政策形成過程について詳しく解説します。
2025年度の社会保障予算を分析する
政府の2025年度当初予算案が2024年12月の閣議で決まり、1月24日に召集された通常国会で審議されている。一般会計の規模は対前年度当初比で2.6%増の115兆5,415億円となり、過去最大となった。
こうしたなか、歳出の約3分の1を占める社会保障関係予算は対前年度当初比1.5%増の38兆2,278億円となった。今回は医療機関に対する診療報酬本体の見直しなど、大規模な制度改正が実施されない「裏年」となり、それほど大きな攻防は見られなかった。社会保障関係予算の規模に関しても、患者負担を抑制する高額療養費の見直しなどで歳出抑制が図られた結果、伸び率は小さくなった。
一方、昨年の総選挙で与党が少数となったため、税制改正では国民民主党の意見が反映されたほか、物価上昇への対応が大きな論点になるなど、従来と異なる状況も生まれた。
本稿では、社会保障関係費を中心に、2025年度当初予算案の概要や制度改正の内容、政策形成過程などを考察する。具体的には、歳出と歳入の概況を把握したあと、物価上昇の関係など社会保障以外の予算について概要を考察する。その上で、医療提供体制改革や高齢者福祉、少子化対策の領域に関して、新規事業などを取り上げる。さらに、予算案や予算関連法案の審議が難航する可能性もあるため、少数与党での対応など過去の経緯も踏まえつつ、今後の展望も試みる。
なお、2024年の臨時国会では総額13兆9,443億円の2024年度補正予算が成立しており、2025年度当初予算と一体的に編成されている施策も少なくない。このため、必要に応じて2024年度補正予算の内容にも触れる。
2025年度政府予算案の全体像
1.歳出と歳入の概況
まず、2025年度予算案の歳入と歳出の状況を概観する※1。規模は対前年度当初比で2.6%増の115兆5,415億円となり、過去最高を更新した。
まず、歳入では[図表1]のとおり、税収は対前年度当初比12.7%増の78兆4,400億円となり、過去最高をマークした。企業収益の改善や物価上昇の影響に加えて、2024年6月に実施された定額減税(所得税は3万円、個人住民税は1万円)の時限措置が終わったことも高い伸び率に繋がった。
これに伴い、公債金収入(いわゆる国債、借金)は19.2%減の28兆6,490億円となり、2008年度決算以来の30兆円割れとなった。特に特例公債(いわゆる赤字国債)の発行額が24.3%減となった。
一方、歳出は[図表2]のとおりである。このうち、政策的経費を示す一般歳出で最大規模の社会保障関係費は対前年度当初比1.5%増の38兆2,778億円の微増となった。
その次にシェアが大きい地方交付税等交付金は同7.3%増の19兆784億円となった。
このうち、本題の社会保障関係費は3章以降で詳述するほか、地方交付税交付金等を含めた地方財政のやり繰りについても、このあとに触れる。
なお、急な行政需要に対応する予備費については、通常の予備費とは別に、2021年度予算以降、新型コロナウイルスへの対応などを名目にした特別な予備費が1兆円以上も計上されていた。ただ、2025年度当初予算案では姿を消しており、この点では漸く平常ベースになった形だ。

※1 なお、煩雑さを避けるため、発言などを除き、可能な限り引用や出典は省略するが、本稿執筆に際しては、首相官邸や内閣府、財務省、厚生労働省、総務省、こども家庭庁の各ウエブサイトを参照。メディアでも『朝日新聞』『共同通信』『産経新聞』『日本経済新聞』『毎日新聞』『読売新聞』に加えて、『社会保険旬報』『週刊社会保障』『シルバー新報』『ミクスOnline』『m3.com』『Gem Med』など専門媒体の記事も参考にした。
2.赤字地方債の発行がゼロ
地方交付税交付金等を含めた地方財政の関係では、臨時財政対策債(いわゆる赤字地方債)の発行がゼロになった。これは2001年度の制度創設後初めての出来事であり、少し紙幅を割いて説明する。
まず、国から支出される地方交付税等交付金は「地方交付税」「地方特例交付金」に分かれる。このうち、前者は国の一般会計から「交付税及び譲与税配付金特別会計(以下、交付税特会)」を介して、自治体に配分される予算。いわゆる「入口ベースの交付税」と呼ばれており、所得税など国税の約3割が自動的に充当される仕組みになっている(いわゆる法定率分)。
これに過年度に発生した税収の増減に伴う精算分などを加味し、これらでも自治体全体の歳入を確保し切れない場合、国と自治体が赤字を折半で補填することになっている(いわゆる折半対象財源不足)。具体的には、国が赤字国債による「特例加算」で不足分の半分を穴埋めするほか、残りの半分については、自治体が臨時財政策債(いわゆる赤字地方債)で賄う※2ことになっており、このルールは2001年度から適用されている。
一方、地方特例交付金とは、減税など国の判断や事情で地方税が減った場合、国が自治体の減収を補填する仕組みを指す。いずれも最後は一般財源(自由に使える財源)として、自治体に配分される※3。
2025年度当初予算案では、国の税収が過去最高規模になった上、定額減税が終了した影響も重なり、法定率分が対前年度当初比16.1%の19兆5,222億円と急増した。その結果、折半対象財源不足は4年連続でゼロとなった。このほか、過年度分の精算は6,374億円の減額要因となり、定額減税の打ち切りに伴って地方特例交付金の規模も対前年度当初比で82.9%減の1,936億円に激減したことで、トータルの地方交付税交付金等は対前年度当初比の伸び率は7.3%になった。
さらに、当初予算案と一緒に編成される地方財政計画では、借り換えも含めた臨時財政対策債の発行がゼロになった。これまでの予算編成では、折半対象財源不足が毎年のように生じていたほか、例外的に折半対象財源不足が発生しない年※4でも、過年度に発行した分を借り換えるため、臨時財政対策債が必ず発行されていたが、地方財政の好転に伴って2001年度以降、初めてゼロとなった。
※2 ただし、自治体側は臨時財対策債の償還に必要な経費については、配分される交付税の必要額ですべて考慮されると説明している。
※3 このほか、近年の予算編成では、地方税と地方交付税等交付金の総額(いわゆる、地方一般財源)を維持する「地方一般財源総額実質同水準ルール」が運営されている。
※4 2022~2025年度に加えて、2007年度、2008年度、2019~2020年度も折半対象財源不足は解消している。
3.少数与党で様変わりした予算編成過程
今回の予算編成では、自民党、公明党が少数与党に転落した影響も見逃せない。2024年10月の総選挙で自民党、公明党が過半数を失ったことで、国民民主党と日本維新の会(以下、維新)がキャスティングボートを握ることになった。
このうち、国民民主党とは「103万円の壁」の解消が焦点となった。個人所得課税では、収入や所得から一定額を差し引ける控除の仕組みがあり、給与を受けている人は基礎控除(48万円)、給与所得控除(55万円)を合わせた103万円を年収が超えた場合、課税が発生する。
さらに、19~22歳の被扶養者(主に大学生)については、扶養する親などの税負担を軽減するため、「特定扶養控除」という仕組みがあり、大学生などのアルバイトの年収が103万円を超えると、扶養する親などの手取りが減るため、収入や勤務時間を調整する必要に迫られる。つまり、課税または非課税を線引きする基準(いわゆる「壁」)の引き上げが焦点になったわけだ※5。
具体的には、自民、公明、国民民主の3党協議に際して、国民民主は「178万円」の引き上げを主張。3党は一旦、「178万円を目指して来年から引き上げる」という合意文を交わしたが、そのあとに自民、公明両党は「123万円」への引き上げ案を提示したため、反発した国民民主が協議を打ち切る一幕もあった。
結局、2024年12月に決まった与党税制改正大綱では、生活必需品の物価上昇傾向を考慮し、2025年1月以降、一般的な収入の人の基礎控除を現行の48万円から58万円に、給与所得控除の最低保障額を55万円から65万円に、それぞれ10万円引き上げる方針が盛り込まれた。
つまり、壁が103万円から123万円に引き上げられることになった。一方、地方税の住民税に関しては、給与所得控除の最低保障額を10万円引き上げて65万円とするが、大幅な税収減に対する懸念が自治体から示されたため、基礎控除は据え置かれることになった。
このほか、大学生などの「壁」については、上限が123万円に引き上げられるとともに、それを超える分は「特定親族特別控除(仮称)」という枠組みを新設。2つを組み合わせれば、「壁」の上限を150万円とする方針も示された。自民党税制調査会の宮沢洋一会長は所得税の「年収の壁」是正による減収について、年6,000億~7,000億円という見通しを明らかにしている※6。
ただ、今の政府・与党案が実現するかどうか微妙な情勢だ。自民党、公明党、国民民主党が2024年12月に交わした合意文では、
1.いわゆる「103万円の壁」は、国民民主党の主張する178万円を目指して、来年から引き上げる
2.いわゆる「ガソリンの暫定税率」は、廃止するという方針の下、「関係者間で誠実に協議する」
と規定されており、揮発油税の上乗せ税率※7も協議の対象に挙げ、「103万円の壁」の一層の引き上げに言及している。
さらに、与党税制改正大綱でも3党協議を踏まえ、「具体的な実施方法等については、引き続き関係者間で誠実に協議を進める」と書かれており、今後の修正協議に含みを持たせた表現となっている。
一方、与党は国民民主との協議と並行する形で、教育無償化に関して、維新とも協議した。結局、自民、公明、維新の3党は教育無償化に関する協議体を設置する方針で一致し、維新は2024年度補正予算の賛成に回った。
これを受け、2024年12月の与党予算編成大綱では、「教育無償化を求める声があることも念頭に、授業料等減免及び給付型奨学金について、多子世帯の学生等に対する授業料等減免を拡大する」という方針が盛り込まれたほか、2025年当初予算案でも必要な予算額が計上された。このほか、自民、公明両党と維新は2025年1月以降、高校の無償化に関して、実務者による協議を本格化させている。
さらに、2024年度補正予算の審議では、立憲民主党の意見を反映する形で、2024年1月に起きた能登半島地震の復旧・復興のため、予備費から1,000億円を充てることになり、政府案が修正された。
このように他党の意見が予算編成や税制改正で反映されるのは、自民党、公明党で圧倒的な議席数を有していた近年には見られなかった傾向であり、極めて異例と言える。少数与党での国会審議の影響は後半に詳しく述べたい。
※5 これ以外でも就業調整に繋がる「壁」は数多く存在する。たとえば、社会保険料の扶養家族に入るかどうかの線引きとして、「106万円」「130万円」の線引きが問題視されている、このうち、前者では51人以上の企業に勤めるパート従業員の場合、年収が106万円に達すると、社会保険に加入する義務が生じる。厚生労働省は賃金要件や規模要件の段階的な縮小・廃止を検討しており、2025年通常国会に関連法改正案が提出される。
※6 2024年12月20日『日本経済新聞電子版』。
※7 揮発油税(ガソリン税)の暫定税率については、道路に使途を限定する道路特定財源の下、本来よりも税率を上乗せする特例が1974年から続いていたが、道路特定財源の無駄遣いなどが批判されたことで、2009年度から一般財源化された。一方、税率の上乗せ分は「当分の間税率」として維持されている。
4.石破カラーの事業は?
今回の予算編成は2024年10月に発足した石破茂内閣にとって、政権のカラーを出せる初めての機会となり、その一つとして、「地方創生」に関わる交付金が拡充された。
元々、地方創生は政権の重点施策とされており、2024年11月に初会合が開かれた「新しい地方経済・生活環境創生本部」で、石破首相は安倍晋三政権期に初代地方創生担当相に就任した経験を引き合いに出しつつ、「これまでの10年間の成果と反省をいかさなくてはなりません」と発言。
そのうえで、企業、自治体、大学、金融、労働、メディアの「産官学金労言」の連携による地域活性化の必要性を強調した※8。同年に閣議決定された経済対策でも、「産官学金労言から成る地域のステークホルダーが知恵を出し合い合意形成に努めるなど、地域の希望・熱量・一体感を取り戻す形で、新たな地方創生施策(「地方創生2.0」)を展開する」という文言が示された。
これを踏まえ、2024年度補正予算では「新しい地方経済・生活環境創生交付金」という名称の自治体向け財政制度が1,000億円計上された。さらに、2025年度当初予算案でも同じ名称の予算が計上されるとともに、関係予算が倍増された※9。
さらに、防災対策も政権の重点施策として位置付けられており、「専任の大臣を置き、十分な数の災害対応のエキスパートをそろえた、『本気の事前防災』のための組織が必要」という考え方の下、2026年度中に「防災庁」を設置する考えが表明されている※10。
これを受け、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、能登半島地震の対応を踏まえつつ、既述した「新しい地方経済・生活環境創生交付金」も活用する形で、▽災害時に活用できるキッチンカーなどの登録制度の創設、▽地域で活躍できる防災ボランティアの育成の充実などの経費が計上された。
このほか、2025年度当初予算案では、防災庁の設置に向けた準備経費に加えて、事前防災に繋がる関係省庁と自治体の連携などを図るため、「事前防災対策総合推進費」(17億円)も新規事業として計上された。
※8 2024年11月8日、新しい地方経済・生活環境創生本部議事要旨を参照。
※9 岸田文雄内閣ではデジタル化を通じて地域振興を図る「デジタル田園都市」が重視され、そのための支援制度である「デジタル田園都市国家構想交付金」(1,000億円)が2024年度当初予算で計上されていた。
※10 2024年11月1日、防災庁設置準備室発足式における発言。
5.教職調整額での攻防
社会保障関係予算以外では、「教職調整額」の引き上げを巡って攻防が交わされたので、概要を取り上げる。これは勤務時間の多寡にかかわらず、教員の給料について、月額の4%分を自動的に上乗せする制度。少し奇怪に映る制度を理解する上では、教育制度の戦後史を踏まえる必要がある※11。
戦後、教員の給与は他の公務員よりも10%ほど高く設定されたため、超過勤務に対する手当(いわゆる残業手当)は支給されない状態が続いた。その後、他の地方公務員の給与が改定されるなかで、10%の優遇措置も薄れ、日本教職員組合を中心とする訴訟が1960年代から頻発した。
そこで、文部省(現文部科学省)は超過勤務手当の導入を目指したが、自民党内部で「教員は聖職であり、労働者に当たらない。このため、超過勤務手当は不要」という意見が強まった。結局、人事院勧告や労働基準法とは別枠の特例的な措置として1972年1月から教職調整額がスタートし、現在に至っている。
2025年度当初予算案の編成では、他の産業の賃金上昇で人材確保が難しくなっているとして、文部科学省は教職調整額を4%から13%に引き上げるように要望。財務省との調整が難航したが、最終的に「2030年度までに10%に引き上げ」「2025年度は5%に引き上げ。以後は確実に引き上げる」といった方向性で一致した。さらに、公立小中学校教員の給与費の3分の2と公立高校教員の給与費の全額は自治体負担であり、地方交付税でも手当が講じられた。
なお、教職調整額を10%に引き上げた際、平年度化した国・地方の財政負担は義務教育で2,778億円、高等学校で941億円と見られている。
※11 竹内健太(2024)「教員の働き方や処遇をどのように改善していくか」『立法と調査』471号、山崎政人(1986)『自民党と教育政策』岩波新書などを参照。
6.物価上昇への対応
物価上昇も一つの論点になった。先に触れた「103万円の壁」や教職調整額の引き上げも物価上昇への対応という側面を持っていたが、それ以外でもさまざまな手立てが打たれた。
具体的には、公務員の給与については、人事院が2024年8月、民間企業の賃上げに伴って官民格差が生まれているとして、月例給を平均1万1,183円、ボーナスを0.1カ月分、引き上げるように勧告しており、これに沿った対応策が取られた。さらに、生活保護の生活扶助基準も2025~2026年度の対応として、月1,500円の引き上げが決まった。
自治体の財源保障機能を持つ地方交付税でも物価高への対応が意識され、2025年度当初予算案では施設の光熱費高騰や委託料の上昇に対応する経費として1,000億円が計上され、対前年度当初比で300億円増えた。
このほか、2024年度補正予算でも物価上昇への対応策が盛り込まれた。このうち、内閣府が所管する自治体向け予算の「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」(約1兆7,351億円)では、医療・介護・保育、学校に対する支援が「推奨事業メニュー」の1つに例示されており、日本医師会の松本吉郎会長は同交付金の配分額を決定する都道府県に対し、「ぜひ医療機関の経営の厳しさをご理解いただきたい」と訴えている※12。
一方、厚生労働省の2024年度補正予算でも「人口減少や医療機関の経営状況の急変に対応する緊急的な支援パッケージ」として、支援費が確保された。予算制度は3つに分かれており、生産性向上に繋がる設備投資などに充当できる仕組みは2024年度報酬改定※13の延長線で創設された。
具体的には、2024年度改定で創設された「ベースアップ評価料」を算定している医療機関などを対象に、生産性向上に繋がる設備などを導入した場合、全額国費で助成する制度が創設された。
残りの2つのうち、1つは人口減少や医療需要の減少を踏まえて、病床を削減する医療機関を支援したり、物価上昇で救急などの施設整備が困難になったりしている医療機関を助成する。最後の1つは周産期医療や小児医療を確保する医療機関を支援する事業であり、3つを合わせた予算規模は1,311億円。
介護に関しても、2024年度改定で簡素化された「介護職員等処遇改善加算」を取得している事業所向け助成制度として806億円が計上されており、業務の棚卸しなどを実施することを要件に、人件費に充当できると説明されている※14。
※12 2024年12月24日『m3.com』配信のインタビュー記事を参照。
※13 2024年度改定のうち、賃上げに関わる部分は2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
※14 このほか、少ない人数でも現場が回る体制整備や職場環境改善に努める「生産性向上」に関わる予算としても、ロボットの導入や大規模化などに取り組む事業者を支援する「介護テクノロジー導入・協働化等支援事業」が設けられた。予算額は200億円。生産性向上は2024年度介護報酬改定の焦点となった。詳細については、2024年5月23日拙稿「介護の『生産性向上』を巡る論点と今後の展望」を参照。
社会保障予算の全体像
1.社会保障関係費の増減要因
社会保障関係費に関しては近年、その伸び率を高齢化などによる増加分に相当する5,000億円程度に抑える方針が継続されている。
さらに、岸田文雄政権が重視した「次元の異なる少子化対策」では、必要経費の大宗を歳出抑制で賄う方針が決まっており、2023年12月の「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下、改革工程)では、患者負担の見直しなどさまざまな歳出抑制策が列挙されていた※15ため、予算編成では整合性が問われた。
一方、物価上昇分への配慮や社会保障の充実による上乗せが加味されたため、全体としては[図表3]のとおり、プラスとマイナスが同居する複雑な姿となった。
まず、人口構造の変化に伴う変動分に加えて、年金の物価スライドや保育給付の増加、生活扶助の見直しなど物価・経済動向等への配慮が重なり、自然体の増加分(いわゆる自然増)は6,500億円程度と見られていた。
これに対し、後述する薬価の引き下げに加えて、患者の窓口負担を抑える高額療養費の見直しなどによる抑制効果などを通じて、約1,300億円の国費(国の税金)が抑制された。
このほか、既述した高等教育における多子世帯無償化の影響として、300億円の増額があったため、トータルの増加額は5,600億円程度になった。以下、歳出抑制策として、(1)薬価改定、(2)高額療養費の見直し を取り上げる。

※15 改革工程の意味合いや内容などについては、2024年2月14日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)」を参照。
2.歳出抑制策(1)~薬価改定~
医療サービスの公定価格である診療報酬のうち、医療機関に対する診療報酬本体は2年に1回見直されているのに対し、薬価は2021年度以降、毎年改定されており、本体改定の間に実施される薬価見直しは一般的に「中間年改定」と呼ばれている。その際には、流通業者から医療機関に安価で薬が売られていることで、この差に対応するため、薬価が毎年引き下げられている。
2025年度の中間年改定では、実勢価格が薬価よりも平均で5.2%下回り、過去最低レベルとなるなか、製薬業界などは物価高騰や円安などで安定供給が困難になっている点とか、新薬創出の妨げになっていると主張し、中間年改定の廃止と薬価引き下げ反対を強く訴えた。
ただ、患者負担の増加など他の見直し策が国民や野党の反発を招きやすいのに対し、薬価削減は政府にとって便利な歳出抑制策になっている面があり、2025年度改定でも中間年改定は継続された。
今改定の大きな変更点は対象範囲である。過去2回の中間年改定では、平均乖離率の0.625倍を超える品目が自動的に対象となっていたが、2025年度改定では品目ごとの特徴に応じて範囲が決まった。
具体的には、平均乖離率の5.2%を基準にしつつ、
▽革新的な新薬の創出などを評価する「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」の対象品目と、特許が切れた後発医薬品は1.0倍
▽新薬創出・適応外薬解消等促進加算以外の新薬は0.75倍
▽同じ成分の後発医薬品が流通している「長期収載品」は0.5倍
▽その他医薬品は1.0倍を超える医薬品
が改定対象となった。
これらの結果、全品目(1万7,440品目)のうち、53%に相当する9,320品目が見直しの対象になった。過去の中間年改定では69%が対象だったため、対象範囲は縮小した。
一方、物価上昇に対応するため、錠剤や注射剤など区分ごとの下限値を定めている「最低薬価」が引き上げられた。これは薬価の増額要因として働いており、以上の見直しの結果、給付費ベースで2,466億円、国費(国の税金)ベースで648億円の抑制に繋がった。
なお、薬価改定による削減分の一部については、診療報酬の充実に回る。具体的には、食材費の高騰を踏まえて入院時の食事基準が2024年6月以降、1食当たり670円から690円に引き上げられるほか、▽高齢者の口腔ケアに当たる歯科衛生士と歯科技工士を対象とした加算の創設、▽長期収載品に関わる患者負担を増やす制度改正が2024年10月から開始された※16のに伴って、薬剤師の負担が増えているため、安全管理が必要な薬の服薬指導に関わる「特定薬剤管理指導加算服薬指導」の加算引き上げなども実施される。
※16 2024年10月以降、医学的な必要性が低いのに、医薬品の上市後5年経過または後発医薬品の置き換えが50%以上となった長期収載品を使った場合、保険給付の範囲が縮小された。その結果、後発医薬品の最高価格帯との差の4分の3に限定される代わりに、患者から「特別の料金」を追加的に徴収することになった。詳細は2024年9月11日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(下)」を参照。
3.歳出抑制策(2)~高額療養費の見直し~
次に高額療養費とは、患者が窓口で支払う医療費の支払いについて、月額の上限を設定することで、窓口負担を抑制する制度。年齢や収入で上限は異なるが、[図表4]のとおり、現在は70歳未満の場合、「約1,160万円以上」「約770万~約1,160万」「約370万~約770万」「~約370万円」「住民税非課税」の5つに分かれており、70歳以上の場合は「住民税非課税(一定所得以下)」を加えた6つに区分されている。

たとえば、70歳未満で年収が約370~770万円の人が月100万円の医療費を支払うことになった場合、原則として窓口負担は30万円だが、高額療養費で上限は8万7,430円まで抑えられる※17。
一方、改革工程では2028年度までに検討する事項として、高額療養費の限度額見直しが挙がっていた。さらに、物価上昇の影響とか、高額医薬品が多く登場していることで患者負担の比率が下がっているとして、首相直属で社会保障改革を議論する全世代型社会保障構築会議で見直しを求める意見が数多く出ていた。経済財政諮問会議でも歳出改革の観点に立ち、同様の意見が示された。
こうしたなか、歳出抑制策として、高額療養費の見直しが焦点となり、限度額の段階的な引き上げと所得区分の細分化が決まった。具体的には、前回の見直し(2015年)からの平均給与の伸び率が約9.5~約12%であることを考慮し、平均的な所得層である年収約370万~約770万円の引き上げ幅が10%に設定された。
見直しの内容は少し複雑であり、概要だけ説明すると、現行区分のまま、2025年8月から限度額が引き上げられる。たとえば、70歳未満の年収約370~約770万円の人の場合、[図表3]のとおり、限度額の基準は8万100円から8万8,200円まで引き上げられる。その後、2026年8月から13区分に細分化されるとともに、限度額も2027年8月までに段階的に引き上げられる。
一方、70歳以上も70歳未満と同様に限度額が引き上げられる。現時点では約370万円未満の場合、限度額は原則として5万7,600円となっているが、2025年8月に6万600円に引き上げられる。
さらに、現在は「約1,160万円以上」「約770万~約1,160万」「約370万~約770万」「~約370万円」「住民税非課税」「住民税非課税(一定所得以下)」に分かれているが、2026年8月以降、14区分に変わるとともに、限度額が段階的に引き上げられる。
たとえば、新区分で年収260万~370万円の場合、原則として7万9,200円になる※18。その際、低所得層の上げ幅を抑える一方、年収約1,650万円以上の負担は最大1.75倍となるなど、高所得者に多くの負担を求める「応能負担」が強化された。
このほか、70歳以上の高齢者医療費のうち、外来負担に上限を設定している「外来特例」も2026年8月以降、見直されることになった。これは2002年10月、定率1割負担が原則とされた際に導入された仕組みであり、70歳以上の場合、原則として1人当たり月額1万8,000円、住民税非課税世帯は月額8,000円などに設定されている。
今回の見直しでは、2026年8月以降、収入の低い階層の負担は据え置かれる一方、2026年8月から年収に応じて上限が引き上げられる。これらの見直しを通じて、平年度ベースの負担抑制額は概算で保険料3,700億円、国費(国の税金)ベース1,100億円、地方負担(自治体の税金)500億円と見られている。
しかし、[図表4]で示した案が実現するかどうか微妙な情勢となっている※19。今年に入り、患者団体などから批判が強まっており、オンライン上の反対署名は僅か5日で7万人を超えた。
通常国会でも繰り返し話題になっており、石破首相は2025年2月の衆院予算委員会で、福岡資麿厚生労働相が患者団体の代表と面会すると明らかにするとともに、「政府として指摘を受け、どのように対応するかは、今検討しているところだ」と述べた。自民党の森山裕幹事長も「がん患者で長期の治療を重ねなければならない方の医療費は別途検討する必要がある」との考えを示した。
一方、[図表4]の見直し案が修正されることになった場合、[図表3]の費用抑制の全体像が影響を受ける。さらに、後述するとおり、岸田文雄内閣が重視した「次元の異なる少子化対策」では、3兆円超の所要予算を歳出改革で賄うことが決まっており、高額療養費見直しによる費用抑制も想定されている。このため、次元の異なる少子化対策の枠組みも影響を受けることになる。
一方。個別項目では新規事業を含めて、幾つか注目される事業が盛り込まれた。以下、(1)医療提供体制改革、(2)高齢福祉分野、(3)少子化対策、(4)その他 に分けて概観を試みる※20。
※17 基準となる8万100円に加えて、100万円から26万7,000円を差し引いた分の1%に相当する金額の合計を負担する。ただし、多数回該当などの例外がある。
※18 ただし、後述する外来特例や多頻回などの例外規定があり、全員が該当するわけではない。
※19 高額療養費の見直し動きについては、2025年2月4日『朝日新聞デジタル』『共同通信』『読売新聞オンライン』配信記事、同年2月3日『m3.com』配信記事、同年1月28日『朝日新聞デジタル』配信記事などを参照。
※20 なお、予算説明資料では、政策体系に関わる予算額が特定または区分できない場合、「内数」で示されているときがある。本稿では煩雑さを避けるため、内数で示された事業などについては、予算額を書かない。
社会保障関係予算の主な内容(1)~医療提供体制改革~
1.医師偏在是正
医療提供体制改革では、医師偏在是正に関して新規施策が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に計上された。この関係では、武見敬三前厚生労働相が2024年4月、思い切った偏在是正策の必要性を強調。これを契機に厚生労働省内で急ピッチに議論が進んだ※21結果、2024年12月に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(以下、パッケージ)が公表されるに至った。
パッケージでは、
▽都道府県が策定している「医師確保計画」の実効性確保
▽重点的に偏在是正策を展開する地域で働く医師への手当増額
▽診療所で外来に携わる医師が多い「外来医師過多区域」での新規開業者に対する要件強化
▽総合的な診療能力を学び直すためのリカレント教育を中堅以上の医師に実施
といった内容が盛り込まれた。
こうした制度改正を実行するため、一部の施策では2025年通常国会で法改正が予定されているほか、2024年度補正予算と2025年度当初予算案でも関係事業が盛り込まれた。たとえば、2024年度補正予算では医師が少ない地域での事業承継や開業支援に102億円が計上されたほか、中堅医師へのリカレント教育の推進にも約1億円が確保された。
※21 医師偏在是正を巡る議論については、2024年11月11日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。
2.かかりつけ医機能の強化
身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」を強化するための制度が2025年4月から施行されるため、そのための予算も盛り込まれた。
これは元々、コロナ禍での出来事から持ち上がった案件である※22。政府はコロナの発熱外来への対応に際して、かかりつけ医での受診を国民に促したものの、「かかりつけ医とはなにか?」という点が法律や制度に明確に位置付けられておらず、患者が受診を断られるケースが散見された。
そこで、事前に受診する医師を指名する「登録制」など、かかりつけ医を制度化する是非が2022年秋から争点になった。結局、2023年通常国会で成立した法律では、患者が医師を自由に選べるフリーアクセスを前提としつつ、
▽かかりつけ医機能に関わる情報を都道府県に報告してもらう「かかりつけ医機能報告制度」の創設
▽機能報告制度の情報を基に、医療機関の情報を都道府県ごとに開示している「医療機能情報公表制度」を刷新し、かかりつけ医の現状に関する情報を国民に公表することで、かかりつけ医を選ぶ際の参考にしてもらう
▽機能報告制度の情報を参考にしつつ、都道府県を中心に、在宅医療など不足する機能を充足するように地域で協議し、自主的な対応を通じて、かかりつけ医機能を充足させる
という仕組みが制度化され、2025年4月から本格施行される。
こうした状況の下、2025年度当初予算案では、かかりつけ医機能の普及促進事業(7,500万円)などが計上されたほか、2024年度補正予算でもシステム運用・保守に関わる経費(約19億円)が盛り込まれた。
※22 法改正の内容や検討経過に関しては、2023年8月28日拙稿「かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか」、同年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ医』の意味を問い直す」を参照。
3.公立病院の改革
公立病院に関する地方交付税措置も見直された。物価上昇などで資金不足が生じている公立病院に対し、経営改善計画の策定を促すとともに、その効果の範囲内で資金を確保できる病院事業債を2027年度までの措置として創設することが決まった。さらに、総務省と厚生労働省の共同事業として、経営層のマネジメント力を向上させる「医療経営人材養成研修」をスタートさせる方針も示された。
このほか、自治体に配分される交付税のうち、特別な行政需要に対応する「特別交付税」の算定ルールも見直された。具体的には、へき地医療を担う公的病院に対し、自治体が助成した場合の経費を支援する特別交付税が拡充され、訪問看護と遠隔医療が対象に追加された。不採算地区に立地する公的病院に関する特別交付税の基準額を2021年度以降、30%引き上げられており、これも継続する方針が盛り込まれた。
4.在宅医療・介護連携推進事業の拡充
このほか、市町村と地域医師会の連携の下、医療・介護連携を強化する「在宅医療・介護連携推進事業」の拡充が盛り込まれた。これは介護保険財源の一部を高齢者部門に「転用」する「地域支援事業」の1つであり、市町村レベルで在宅医療・介護の資源マップ作成とか、医療・介護専門職の研修、看取りをテーマにした住民向け講習会などが展開されている※23。
2025年当初予算案では、へき地や中山間地域、小規模自治体での事例収集に加えて、関連情報を集約するウエブサイトを構築する方針が示された。さらに、関係者のネットワーク化などを担う目的で、地域の医師会などに配置されている「在宅医療・介護連携推進事業コーディネーター」のハンドブック作成などにも努めるとしている。予算額は600万円増の4,300万円。
※23 在宅医療・介護連携推進事業の経緯や現状などについては、2024年10月22日拙稿「『在宅医療・介護連携推進事業』はどこまで定着したか?」を参照。社会保障関係予算の主な内容(2)~高齢福祉分野~
1.認知症関係
高齢福祉分野では、2024年1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(以下、認知症基本法)の関係事業が目を引く。
同法では、認知症の人が尊厳を持って暮らせるようにするための国や自治体の責務などが規定されている※24ほか、同法に基づいて同年12月に決まった「認知症施策推進基本計画」(以下、基本計画)では「認知症になったらなにもできなくなるわけではない」「認知症になっても希望をもって自分らしく暮らし続けることができる」といった「新しい認知症観」の下、国や自治体の責務や施策の方向性が定められている。
しかし、基本法や基本計画では施策の方向性が定められているに過ぎず、認知症の人や家族の意見を反映しつつ、その理念を地域社会に浸透させる上では、自治体や企業、なかでも住民の暮らしに身近な市町村の役割が重要になる。このため、基本法では自治体に対し、自治体版の基本計画を策定することを努力義務として定めており、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、計画策定に当たる自治体に対する相談対応や伴走支援に当たるための経費として、それぞれ1億3,000万円と3,000万円が盛り込まれた。
このほか、自治体が認知症施策の展開に使える「認知症総合支援事業」も拡充された。同事業は在宅医療・介護連携推進事業と同じく地域支援事業の1つであり、2025年度当初予算案では、地域の支え合いの形成などに努める「認知症地域支援推進員」を専任で配置する市町村の支援を充実させる見直しが盛り込まれた。
※24 認知症基本法の考え方や内容については、2024年6月25日拙稿「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。
2.訪問介護の支援予算
さらに、人手不足が著しい訪問介護に関するテコ入れ策として、「訪問介護等サービス提供体制確保支援事業」という仕組みが始まることになった。
具体的には、経験年数が短いヘルパーでも安心して従事してもらうため、研修体系の構築や同行支援などが想定されており、2024年度補正予算で90億円が盛り込まれた。2025年度当初予算案でも、消費税収を充当しつつ、都道府県単位に設置されている「地域医療介護総合確保基金」のメニューの1つに位置付けられた。
訪問介護については、以前から慢性的な人材不足の状況にあり、近年の物価上昇の影響を受けている。さらに、2024年度介護報酬改定では基本報酬が引き下げられたことで、経営悪化に拍車が掛かっており、今回の施策に繋がった面があるが、状況が改善するかどうか不透明だ。
社会保障関係予算の主な内容(3)~少子化対策~
1.「次元の異なる対策」実質初年度での対応は?
2025年度当初予算案では、岸田政権が重視した「次元の異なる少子化対策」の関係施策も盛り込まれた。この関係では出生数の減少に対応するための施策として、国・自治体の合計で3.6兆円を投じることが決まり、2024年12月の「こども未来戦略」では男性の育児休暇取得の支援とか、所得制限の撤廃を主な柱とする児童手当の拡充など各種施策が列挙されていた※25。
これに基づき、児童手当の拡充が2024年10月から実施されており、2025年度から平年度ベースになるなど、2025年度は実質的に「次元の異なる少子化対策」が本格実施された年となった。政府の資料では「3.6兆円のうち8割強を実現」と説明されている。
一方、財源に関しては、国民負担を増やさないという方針の下、歳出削減などで対応するとされており、すでに触れたとおり、歳出削減策を盛り込んだ「改革工程」も同月に取りまとめられている。具体的には、既定予算の見直しで、約1.5兆円を賄う一方、残りは歳出削減で確保するとされており、うち1.1兆円は医療保険料に上乗せする「子ども・子育て支援金」で対応するとされていた。
この考え方の下、2025年度当初予算案では、既述した高額療養費の見直しなどを通じて、1,700億円程度の負担軽減を期待できるとされている、さらに、2023年度予算と2024年度予算では、薬価削減などを通じて計3,200億円程度の削減が実現した※26とされており、3カ年合計の費用抑制額は4,900億円程度になると説明されている。
※25 こども未来戦略の内容については、2024年2月1日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)」を参照。
※26 65~74歳の前期高齢者の医療費に関する財政調整の見直しでは、2023年改正を通じて、医療費の一部に関する配分方法が変更された。詳細については、2024年7月17日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか」を参照。
2.少子化対策に関わる新たな施策・事業
少子化対策に関わる新たな施策・事業としては、1歳児に関する保育士の配置を6対1(子ども6人に保育士1人)から5対1(子ども5人に保育士1人)に改善する取り組みとして、処遇改善やデジタル機器の導入などに取り組んでいる事業者を対象に、「1歳児配置改善加算」が創設されることになった。予算額は109億円。
さらに、公定価格上の保育士の給与についても、人事院勧告を踏まえつつ、2024年度補正予算で+10.7%が確保され、2025年度当初案でも必要額が計上された。それぞれ所要額は1,150億円、1,607億円と見込まれている。
このほか、特別な配慮を要する子どもと世帯への支援として、
▽生活に困窮している妊婦への支援に関して、関係機関のネットワーク形成などを目指す「特定妊婦等支援機関ネットワーク形成事業」(1,600万円)
▽発達に特性のある子どもと家族に関する多機関連携を強化する「地域におけるこどもの発達相談と家族支援の機能強化事業」
▽貧困などで支援を要する子どもに対する食事の提供や居場所づくりなどに努める「地域こどもの生活支援強化事業」
などが新規事業として盛り込まれた。
人工呼吸器などを付けて暮らす「医療的ケア児」など特別な配慮を要する子どもに対する健診を充実させるため、市町村向け補助事業も新たに計上された(4,500万円)。
2024年度補正予算でも、
▽過疎地での保育機能を確保するためのモデル事業(2億9,000万円)
▽妊産婦健診を受けにくい地域を対象に、移動に要した経費の一部を助成する事業(1億3,000万円)
▽2024年通常国会で改正された子ども・若者育成支援推進法に基づき、過度に両親などの介護に従事するヤングケアラーの実態調査に取り組む市町村への支援予算
なども盛り込まれた。
なお、「次元の異なる少子化対策」とは別に、税制改正でも少子化対策に関する対応が幾つか講じられた。このうち、児童手当の拡充に関わる見直しとして、2023年12月の与党税制改正大綱では、高校生などを扶養する親の所得税に関する控除額を年38万円から25万円に、個人住民税の控除額を年33万円から12万円に見直す案が示されていた。結局、2024年12月の与党税制改正大綱では現行水準を維持し、2025年以降に結論を得るとされた。
さらに、子育て世帯を対象に、2024年度限りで創設された住宅ローン控除の上乗せ措置や住宅リフォーム税制の拡充措置を2025年度限りで継続する方針が打ち出されたほか、結婚・子育て資金の一括贈与に関する非課税措置の適用期限も2年延長されることになった。このほか、生命保険料の支払額の一部を所得税の課税ベースから差し引く「生命保険料控除」についても、子育て世帯の遺族保障の枠の上限額が4万円から6万円に拡充されることも決まった。
社会保障関係予算の主な内容(4)~その他~
1.日本版CDC発足
新型コロナウイルス対応を踏まえた施策の一環として、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合した新たな専門家組織として、「国立健康危機管理研究機構」(JIHS)が2025年4月に発足する。2025年度当初予算案では設置経費として174億円が盛り込まれた。その準備経費として、2024年度補正予算でも65億円が計上された。
この組織を新設する話は元々、2022年6月に決まった「新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の方向性」にさかのぼる。
このとき、政府の司令塔機能を強化する方針とともに、「医療対応、公衆衛生対応、危機対応、研究開発等の機能を一体的に運用するため、国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し、感染症に関する科学的知見の基盤・拠点となる新たな専門家組織」を整備する必要性が提唱されていた。
これは感染症対策の司令塔として有名なアメリカの「米疾病対策センター(CDC)」に倣って、「日本版CDC」と呼ばれることが多く、2023年通常国会で国立健康危機管理研究機構法が成立していた。
同機構の役割としては、研究と臨床対応を通じて感染症流行の早い段階から患者情報を迅速に分析したり、症状や重症度、感染経路などに応じた対策を早期に検討したりすることが期待されている。さらに、科学的な知見に基つき、必要に応じて政府に提言する機能のほか、ワクチンや治療薬の開発の支援や平時からの専門家育成なども想定されている。
今後は内閣の司令塔として2023年9月に発足した「内閣感染症危機管理統括庁」や厚生労働省に新設された「感染症対策部」、病床調整などを担う都道府県※27、ワクチン接種などを担当する市町村、新薬やワクチンを開発する民間企業などと連携した対応策の強化が求められる。
※27 この関係では、都道府県が医療機関と協定を事前に結ぶことで、新興感染症に関する対応を強化するための制度改正が2022年臨時国会で実施された。詳細については、2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
2.住まいを中心とした生活困窮者自立支援事業などのテコ入れ
さらに、生活保護に至る前、または脱却後の暮らしを支援する「生活困窮者自立支援制度」などについて、居住支援の観点に基づきテコ入れが講じられた。そもそも住まいの支援については、長らく国土交通省の施策として理解されており、低所得者向け住宅の整備などを除くと、社会保障の範疇で必ずしも理解されていなかった。
しかし、高齢者人口の増加などを受けて、近年は「居住福祉」「居住保障」の必要性が論じられるようになっている※28。2023年12月に決まった改革工程でも、「地域住民の生活を維持するための基盤となる住まいが確保されるための環境整備が必要」「住まい政策を社会保障の重要な課題として位置付け、必要な制度的対応を検討していく」との方針が示されており、2024年通常国会で生活困窮者自立支援法などが改正された。
こうした流れの下、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、生活困窮者自立支援事業のメニューが拡充され、
▽高齢者、低所得者など要配慮者の相談対応などを担う「住まい相談支援員」を自治体の相談窓口に配置
▽家計改善のため、家賃が低い住宅に転居する際の支援
▽家計状況の把握と収支均衡、生活支援などを図る「家計改善支援事業」の拡大
などの経費が盛り込まれた。
このほか、生活保護法の改正を通じて、不動産仲介業者への同行支援などを展開する「被保護者地域居住支援事業」が法定化されており、未実施の自治体を支援する経費も2024年度補正予算に計上された。
住まいの支援の関係では、分野・属性を問わずに支援する「重層的支援体制整備事業」のテコ入れも図られた※29。これは2021年度から始まった制度であり、80歳代の高齢者と50歳代の引きこもりが同居する「8050問題」など、今までの支援から漏れていた個人や世帯の支援が重視されている。
さらに、趣味や就労などの社会参加機会の確保とともに、こうした場を運営する住民や企業との連携も意識されている。同事業でも住まいの支援が強化されることになり、2025年度当初予算と2024年度補正予算では、入居後の見守り支援などに関わる予算や事業が盛り込まれた。
※28 住まいの保障については、国立社会保障・人口問題研究所編著(2021)『日本の居住保障』慶應義塾大学出版会、野口定久ほか編著(2011)『居住福祉学』有斐閣などを参照。
※29 重層的支援体制整備事業については、医療・介護・福祉関係の審議会報告などで多用されている「地域の実情」に着目した拙稿コラムの第6回を参照。
3.孤独・孤立対策の推進
2024年4月に施行された孤独・孤立対策推進法の関係でも、幾つかの事業が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に計上された。この関係では、新型コロナ対策で社会的距離の確保が求められるなか、孤立や孤独が社会問題になったことで、対策の必要性が論じられるようになった。
具体的には、2021年2月に孤独・孤立対策相が置かれた※30ほか、同年12月には「孤独・孤立対策の重点計画」が初めて作られた。さらに、2024年度当初予算では「孤独・孤立対策推進交付金」が創設され、NPO(民間非営利団体)などへの助成も始まった。
こうした経緯を踏まえ、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、名称が「社会参加活躍支援等孤独・孤立対策推進交付金」に変更され、それぞれ24億円、1億3,600万円が盛り込まれた。この事業では、地方における官民連携を強化するとともに、就職氷河期世代を含む中高年層に対する働き掛けを強化するとしている。
さらに、日常的な繋がりなど可能な範囲で困っている人を支援する「つながりサポーター」養成講座を広げるため、2024年度補正予算で4億1,000万円が計上されるなど、ネットワークや居場所の形成に取り組む団体を支援するための経費が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に盛り込まれた。
※30 石破内閣で「共生・共助担当相」に変更された。
少数与党での国会審議は…
1.予算や税制、社会保障に関する過去の出来事は?
しかし、すでに述べたとおり、自民党と公明党で衆院の過半数を失っているなか、予算案と予算関連法案が審議過程で修正される可能性があり、この点は従来と大きく異なる。
そもそも、従来の政策決定過程では、国会審議が形骸化しやすかった。具体的には、法案など政府が閣議決定する案件については、与党の了承を事前に得ることが慣例となっており、「省庁ごとに設置された部会→政務調査会→総務会」という与党の意思決定過程を経ると、党議拘束が掛かる運営になっている。
このため、与党が衆参両院で過半数を抑えている状況では、与党の事前協議を通過することが最重要であり、これが終われば、残りは「国会会期末まで法律を通せるか」という点だけに注目が集まりがちだった。こうした状況の下、野党も政策や法律の内容よりも、政府・与党のスキャンダルを批判することで、会期を引き延ばす戦術に出ることが多かった。
しかし、野党の協力抜きに予算案や法案が通らなくなったため、国会審議の先行きが読みにくくなった。社会保障の領域でも予算だけでなく、年金や医療などで法改正が予定されており、例外ではない。
そこで、以下では、自民党が1955年11月に発足したあと、政権与党が衆議院で過半数を失う少数与党の下で起きた過去の出来事を参照することで、今後の展開を検討する。その際、政権与党が参院で過半数を取れていない「ねじれ国会」で起きた経緯も付記する※31。
元々、自民党及び連立相手の政党が衆参両院で過半数を失ったことは数えるほどしかないが、初めて単独で過半数を失ったのは1975年総選挙であり、1977年度予算審議は波乱含みとなった。具体的には、社会党などの野党が減税を主張。政府案の実質的な修正に関して与野党が合意し、1年限りで3,000億円の減税などが実施された。
さらに、自民党が参院選で大敗した直後の1999年度予算編成では、新たに連立に加わった自由党の意見を聞く形で、予算総則が修正され、交付税分を除く国の消費税を社会保障目的に充てることが明記された。
このほか、福田康夫内閣期の2008年4~5月には、2007年参院選で大勝した民主党の攻勢に遭い、揮発油税の暫定税率が1カ月間、失効した。このときには、道路特定財源の税率に上乗せする暫定税率が2008年3月末に期限切れを迎えることになっていたため、参院で多数を握る民主党は予算関連法案の審議をストップさせた。
その結果、2008年4月に揮発油税の暫定税率が失効したが、当時の政府・与党は衆院で再議決できる3分の2以上の議席数を有していたため、憲法の規定に基づき、衆院の審議から1カ月経った時点で「みなし否決」した上で、衆院再議決で暫定税率を戻した。
逆に自民党が野党の間にも、少数与党や「ねじれ国会」が起きている。たとえば、非自民連立政権だった羽田孜内閣は発足直後、社会党が離脱したことで少数内閣になり、予算成立と引き換えのような形で、わずか2カ月ほどで退陣に追い込まれた。
さらに、民主党政権も2010年の参院選で多数を失ったことで、予算関連法案の成立に手間取る場面が見られた。たとえば、菅直人内閣のときには2011年度予算は年度内成立に漕ぎ着けたが、赤字国債の発行を可能とする特例公債法など予算関連法案を成立させられず、政府は2011年8月までに赤字国債を発行できない状況になった。これに続く野田佳彦内閣も2012年11月まで特例公債法案を成立させられず、政府は一部事業の予算執行を抑制せざるを得なくなった。
以上の経緯を見ると、少数与党や「ねじれ国会」では、予算案や税制改正案件が「政局」の取引材料として使われている様子を理解できる。しかも、往々にして予算の拡大や歳入の減少を招いている。
一方、消費増税や子ども・子育て支援制度の創設などを含めた社会保障・税一体改革の関連法は2012年8月、「ねじれ国会」の時代に民主党、自民党、公明党の修正協議で成立しており、3党が妥協しつつ、国会としての総意を作り上げた面がある。
そもそも、政党間の政策協議では、「自党にとって有利か」「どこまで妥協するか」といった政局的な判断が入り込むのは避けられず、政局と政策を切り分けることは極めて困難である。しかも今年は参院選や都議選を控えており、政局優先になるのは止むを得ない面がある。
しかし、本稿のメインテーマである社会保障制度の見直しでは、多くの利害が絡むため、さまざまな視点を取り入れることは欠かせない。さらに、社会保障制度は一度、見直されると、過去の制度改正に引っ張られる「経路依存性」が大きく、制度改正論議は長期に影響を及ぼす。しかも、少子化や財政事情などの制約条件も考慮する必要があり、いたずらに対立を煽るような形ではなく、中長期的な視点も入れつつ、双方が歩み寄る展開が期待される。
※31 この部分については、伊藤裕香子(2013)『消費税日記』プレジデント社、三角政勝(2012)「戦後初となった大規模な予算の執行抑制」『立法と調査』、清水真人(2009)『首相の蹉跌』日本経済新聞社、真渕勝(1994)『大蔵省統制の政治経済学』中公叢書、塩田潮(1985)『百兆円の背信』講談社文庫などを参照。ここで挙げた以外の事例として、1996年度予算の審議では、住宅金融専門会社(住専)の不良債権を処理するための公的資金投入が与野党対立の舞台となり、予算総則が部分的に修正された。このときには連立の組み換えが取り沙汰されており、野党第1党だった新進党との間で修正協議が実施された。
2.高齢者医療費に関する各党の公約
こうした観点に立ち、社会保障改革に関する野党の公約を見ると、高齢者医療費の見直しなど一部の政策については、政府との共通点を見出すことができる。たとえば、国民民主党は2024年9月に公表した「医療制度改革」で、原則1割となっている75歳以上高齢者の患者負担を原則1割から原則2割に引き上げる方針を打ち出している。
さらに、維新も総選挙公約の「個別政策集」で、75歳以上高齢者の窓口負担に関しては、原則3割に引き上げる考え方を示している。
一方、政府は先に触れた「改革工程」で、「年齢に関わりなく、能力に応じて支え合う」という全世代型社会保障の観点に立ち、3割負担の対象者拡大を検討すると規定。同じような文言は2024年9月に決まった「高齢社会対策大綱」でも言及されており、政府・与党と国民民主党、維新の方向性は少なくとも一致している。
これに対し、野党第一党の立憲民主党は総選挙公約で、必要なときにためらうことなくサービスが受けられるようにするため、医療・介護・障害福祉サービスなどに関する上限を総合的に合算するとともに、所得に応じて上限を設定する仕組みの創設を掲げているため、野党間で意見の相違が見られるが、少なくとも政府・与党と一部野党で合意形成を図れる余地があるのは事実であり、各党による真摯な協議が求められる。
社会保障の見直しにはさまざまな視点を取り入れる必要がある
本稿では社会保障関係予算を中心に、2025年度当初予算案の内容(必要に応じて2024年度補正予算も含む)を考察した。今回の予算編成では、診療報酬の本体改定などが実施されない「裏年」となったことで、社会保障関係を巡る攻防は少なかったように見受けられる。
こうしたなか、物価上昇への対応などが争点になったが、医療・介護の事業所経営は厳しさを増しており、病院団体トップからは「ついに耐え切れなくなった。謀反を起こすか、一揆を起こすか、それぐらいの強い気持ちを持たなければこの大変な時期は乗り越えられない」「国民の皆様一人一人に何が大切なのか、病院はなぜ困っているのか、これを分かってもらおう」といった切実な声も出ている※32。このため、今後の展開次第では、診療報酬の期中改定などなんらかの対策が争点になる可能性がある。
さらに、政権与党が衆院選で過半数を下回ったことで、野党との協議が不可欠になったのも大きな変化と言える。この構造は衆院解散や連立の組み換えなどを伴わない限り、大きく変わることはなく、今後も波乱含みの展開が予想される。
ただ、社会保障の見直しにはさまざまな視点を取り入れる必要があり、野党の意見が反映されること自体、決してマイナスとは思わない。その分だけ予算審議などの予見可能性は低くなったかもしれないが、政局的な観点だけでなく、中長期的な視点も取り入れつつ、真摯な政策協議が求められる。
※32 2025年1月10日に開催された四病院団体協議会の新年会員交流会における日本病院会長の相澤孝夫氏の発言。同月11日『m3.com』配信記事を参照。

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