
患者さんの自宅に出向き診療を行うクリニックにおいて、看護師単独で特定の診療補助行為ができる「特定看護師」は、医療サービス向上のカギを握る存在の一つです。本記事では、医療法人あい友会理事長の野末睦医師が、特定看護師と特定看護師制度をめぐる医療機関の現状について詳しく解説します。
特定看護師とは
訪問診療クリニックを運営していくうえで、より行き届いた医療を提供するのに重要なのが、特定看護師の存在です。
「特定行為研修」を修了した特定看護師は、手順書と呼ばれる医師の指示が記される文書または電磁的記録が適用される条件下で、医師がそばにいなくともタイムリーに下記[図表1]に記される、38の特定行為を行うことができます。
(特定看護師になるために受講する「特定行為研修」は国が実施する研修制度です。特定看護師という資格が存在する訳ではありません。)
たとえば、呼吸器(気道確保に係るもの)関連の区分では気管カニューレの交換。栄養に係るカテーテル管理(末梢留置型中心静脈注射用カテーテル管理)関連の区分では、末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入などが含まれます。下記[図表2]のフローチャートでの例では、特定看護師は特定行為の前に「医師への症状の報告」と「報告に対する指示出し」を待つ必要がありません。

(出典:これからの医療を支える看護師の特定行為研修制度ご案内 令和3年5月改訂|厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000780300.pdf)
これにより、医療サービスの質がどれだけ向上するかは想像に難くないでしょう。現在、あい友会クリニックに所属する看護師・准看護師58人のうち、特定看護師は2人在籍しています。今後はより多くの職員が特定看護師となることを目標にしています。
ところが、医療業界全体では「特定看護師は、特定看護師としての活動を、実際に行うべきなのか」という議論があり、医療機関によって考え方は異なります。
当クリニックは、特定看護師にどんどん活躍してほしいという考えです。将来的には、医師の同伴なしに患者さん宅でケアするという訪問スタイルを、1つのモデルとして組み込むことを構想しています。一方で、多くの医療機関では看護師が医師への事前報告なしにケアすることを、許可していないというのが現状です。これでは、研修で身につけた知識やスキルを存分に発揮することができず、宝の持ち腐れではないでしょうか。
特定看護師のメリットを100%活かしきれていない現状が
これは、当法人に所属する、自治医科大学の看護師特定行為研修センターのプログラムを修了した看護師に聞いた話です。修了生が年に一度集まり、近況を報告し合う会があるそうで、自分が行っている業務について報告すると、他の医療機関の修了生から、とても羨ましがられるといいます。
現在のところ、当法人においても医師が同伴しないという訪問スタイルはなく、特定看護師のメリットを100%活かしきれていない状況です。にもかかわらず、修了生の間ではトップランナーと見られるほど、当法人で特定看護師に任せる業務範囲は相対的に広いといいます。
なぜ、できるはずの業務を任されないのか? これにはいくつかの理由がありますが、一つは所属している医療機関、組織の上層部の考え方が大きいように感じます。
特定看護師と認定看護師
特定看護師になるためには、在宅・慢性期の特定行為区分をすべて修める場合で、必要な研修時間数はおよそ400時間、期間は9ヵ月間前後で修了するプログラムが多いです。また、対面授業や実習も必要ですが、教育機関によってはeラーニングが可能なため、就労しながら研修を受けられます。費用は約40万~100万円。「教育訓練給付制度」や「人材開発支援助成金」などの給付制度が利用できます。
一方で、「特定の看護分野において熟練した技術と知識を持つ看護師」として認められた認定看護師というものも存在します。認定看護師は「認定看護分野」ごとに日本看護協会が認定する資格です。5年以上の実践経験があり、協会が定める600時間以上の認定看護師教育を修め、認定看護師認定審査に合格することで取得できます。
たとえば在宅ケア分野の認定看護師になるには、約800時間の課程を修了するため、約1年間学校に通う必要があります。そのため、多くの場合は仕事を休まざるを得ないうえ、教育機関の数が少なく、開講している教育機関が遠方の場合は近くにマンスリーマンションを借りたり、引っ越したりする必要があります。一般的に、費用は約100万円以上かかります。
認定看護師制度が改正
このように、特定看護師よりも取得のハードルが高い認定看護師資格ですが、従来は特定行為を行うことができませんでした。
たとえば、特定行為研修の在宅・慢性期領域パッケージに含まれる「創傷管理関連」という分野を修めている特定看護師は、医師による手順書があれば単独でも褥瘡や壊死した部分を除去することができます。一方で、在宅ケア分野の認定看護師は除去できず、この部分に大きな矛盾が生じていました。
こうした不条理を解消するため、2017年度以降、認定看護師制度は再構築に向けて検討を重ね、2019年に認定看護師規程が改正されました。既存の認定看護師制度(A課程)は2026年度に現行教育を終了し、2020年度から新しい認定看護師制度(B課程)による教育が実施されています。
新たに設立されたB課程では研修の際に特定行為研修の受講が必須になりましたので、認定看護師課程を修了すれば、特定行為を行うことができます。なお、旧課程で認定看護師となった場合は、新たに特定行為研修の受講が必要となります。
これは両者がスキルと権限を活かして活躍の幅を広げる、大きなチャンスではないでしょうか。
医師免許をもっていれば、医療行為ができます。しかし、ほとんどの医師は特定行為に指定される分野に関して重点的に勉強している訳ではなく、ともすれば現場でも教わっておらず、見様見真似で行っている場合も少なくありません。
しかし、特定看護師・認定特定看護師であれば、特定行為研修で掘り下げて勉強しています。そういったことを鑑みても、特定行為は看護師にどんどん任せていくのが有効と考えます。
また、特定看護師が権限を活かせないもう一つの理由として、患者さん側に「医師がいないのに、看護師がこんなことやっていいの?」という思いを持たれる方がいる、という点が挙げられます。
制度改正をきっかけに真に医療現場が変わるためには
このように、特定看護師や認定看護師は、制度・資格としては存在しつつも、さまざまな要因から制度の普及が妨げられてきました。これから真に変わっていくためには、医療機関の長などが「私が責任を持つからどんどんやろう。患者さんから疑問の声が出たら私が説得しに行くよ」というような姿勢をみせなければ、制度はなかなか広がらないと思います。
これから特定看護師を診療に導入されることを検討している方は、ぜひ積極的に導入してほしいですが、単に人を雇うだけではうまくいきません。看護師側も患者さん側も安心できる心理的サポートに加え、特定看護師を目指しているスタッフへの、金銭・福利厚生の面からのサポート体制を整える必要があります。
(参考:日本看護協会 認定看護師の概要について|厚生労働省ウェブサイトhttps://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000010h85-att/2r98520000010hjl.pdf
認定看護師|日本看護協会
https://www.nurse.or.jp/nursing/qualification/vision/cn/index.html)
野末 睦 医師、医療法人 あい友会 理事長

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