音楽スクールの生徒だった男性(当時22歳)に対して、レッスン時間中にわいせつな行為をしたとして、元講師の男性が準強制わいせつ罪に問われた裁判で、東京地裁(小坂茂之裁判官)は3月19日、懲役2年6カ月、執行猶予4年の判決を言い渡した。

生徒の男性が被害にあったのは、2021年8月。業界最大手のスクールで人気講師だった被告人は、男性に性的な行為を伴うレッスンが必要だと誤信させ、抗拒不能な状態に乗じて、わいせつな行為に及んだと判決で認められた。

●「一種の強迫観念」と振り返る

判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた被害者は、信頼し「憧れ」の存在でもあった被告人から性被害を受けるに至った経緯や心情を語った。

「真剣に歌手を目指しており、スキルが足りないことがコンプレックスでした。

被告人から鼻の通りが悪いことで高音が出ないため、現代の歌手にはなれないと言われて、全身麻酔を伴う鼻中隔湾曲症の手術もおこないました。

当時の私にとっては、私の歌唱力の評価も、被告人の評価が絶対的でした」

そのため、被告人からは歌の上達のために性的なトレーニングが必要だと助言されても、「そういう部分を乗り越えないと歌手になれないのではないか、と一種の強迫観念的なようなものもありました」と振り返った。

●「被害を訴えるハードルが非常に高い」

被害申告のきっかけは、故・ジャニー喜多川氏による性加害が社会問題として扱われるようになったことだったという。

「男性が性被害を申告しても、誰にも相手にされないという気持ちもあり、警察への相談も含めて大幅に遅れました。

男性の性被害、というと、真剣に被害を訴えているのに笑い話にされてしまったりします。 ジャニーズの問題が(噂のレベルではなく)事件として可視化され、問題となったことがきっかけとなり、私も被害を訴えやすい環境になったと思います」 

●「歌手を目指すつもりはありません」

被告人に有罪判決が下されたとはいえ、男性の歌手になるとの夢は絶たれたままだ。

「今回の事件は、私が未熟だったから起こしてしまったのかもしれないと思ったりします。敗北感のようなものがあります。ですから、歌手を目指すつもりはありません」

続けて、性被害の被害者たちに向け、次のように語った。

「被害者になると、まっとうな手段で解決に動いてもここまで大変になるという事実を知ってほしいと思います。

被害を訴えることのハードルがとても高いと感じました。刑事裁判のプロセスや証人尋問は、多くの人にとって、とうてい耐えられるものではありません。

安易に訴えたほうがいいよ、とは正直言いにくいです。大変なのがよくわかっているので。

ただ、後に人生で後悔することもあります。刑事事件だと時効もある。それならば訴えてみる、やってみるというのは一つかと思います」

●事件の概要

以下、判決の理由などで述べられた事情をもとに、事件の概要について触れる。

被害者は、2019年3月から、被告人によるボイストレーニングのレッスンを受けていた。 それまでは別の講師によるトレーニングを受けていたが、被告人がメジャーデビューも果たしている人気講師であり、また発声における感覚的な部分の言語化に長けていたことなどから、被害者から指名することによりトレーニングを受けるようになったという。

被害者は当時大学生で、プロ歌手を目指していた。人気講師であり、大手芸能事務所にも所属していた経験もある被告人は、被害者にとっていわば「憧れ」のような存在であったという。

被害者は、被告人から高音の発声について指摘され、その改善のため、被告人のアドバイスに従い鼻中隔湾曲症の手術を受けたこともある。

被害者によると、この手術は全身麻酔によっておこなわれ、手術後も1カ月は運動を禁止された。また手術後しばらくは鼻血が出たとのことだった。

被害者は、このような手術も受けるほど被告人を信頼していたという。

しかしその後、成人向けセクシー動画の男性出演者のような声を出すトレーニングを求められたり、2021年7月頃には、性的な接触を求められたりするようになった。

被害者は冗談だと受け流したが、被告人は他の生徒にもそのようなわいせつなレッスンをおこなったことがあるといい、被害者はそういうトレーニングが実際に存在すると誤信した。

そして同年8月、被告人が、発声の向上のため必要なトレーニングであるとして、被害者の下腹部へのわいせつ行為に及んだ。

●本件の争点と裁判所の判断

2021年8月の事件であるため、今回のケースで問題となるのは、現在の不同意わいせつ罪(刑法176条)ではなく、「準強制わいせつ罪」(当時の刑法178条)という規定である。

まず、この規定の「抗拒不能」(※「こうきょふのう」。抵抗したり、逆らったり出来ない状態のこと)にさせたといえるのかどうかがまず争われた(争点1)。

次に、被告人は、「被害者が抗拒不能であるという認識がなかった」として、準強制わいせつ罪の故意を争っている(争点2)。

まず争点1について、裁判所は以下のような事情から、抗拒不能だったと認めた。

事件のあった音楽スクールは業界最大手のスクールであり、被告人は最も人気がある講師の1人であったことなどから、被害者は被告人を強く信頼していた。

被告人から、本件わいせつ行為と同じような行為を別の生徒にもおこなっていることや、音楽スクールの副社長も被告人の行為を知っていると言われて、本件わいせつ行為が歌唱力の向上のため必要だと誤信した。

このような事情から、被害者は本件わいせつ行為が実際には不要であるのに、必要な行為だと誤信しており、抗拒不能といえる。

次に争点2について、上で指摘されたように、被告人が「他の生徒にもおこなっている」「副社長もセクハラ行為を知っている」と被害者に言い、被害者がトレーニングを受けるしかなくなっていることは容易に認識できるとしている。

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