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 古代ギリシャローマの彫刻といえば、人間の肉体美を追求した理想的なプロポーションと精巧な彫刻技術で有名だが、更に驚くべき秘密があったという。

 これらの彫刻はもともと 鮮やかに彩色されており、視覚的な芸術と考えられてきたが、実は「香りの芸術」でもあったのだ。

 デンマーク国立博物館の研究によると、古代の神々や王族の彫像には香油が塗られており、宗教儀式や祭典で重要な役割を果たしていたことが明らかにされた。

 古代の人々がどのように彫刻と「香り」を結びつけていたのか、その秘密を探ってみよう。

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ギリシャ・ローマの古代彫像は香りを身にまとっていた

 これまで、古代ギリシャローマの彫像や彫刻が元々は鮮やかに彩色されていたことはよく知られていた。

 しかし、デンマーク国立博物館の考古学者セシリー・ブロンズ氏の新たな研究は、彫刻が視覚だけでなく嗅覚にも訴えかける芸術作品であったという点を明らかにしている。

 研究チームは、古代の文献や碑文を分析し、神像や王族の彫刻に香油や芳香剤が使用されていた証拠を発見した。

 例えば、古代ローマの政治家であり哲学者でもあったキケロ[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%83%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%82%B1%E3%83%AD](紀元前106年 – 紀元前43年)は、彫像に香油を塗る習慣について記録している。

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 また、エーゲ海に浮かぶ聖地デロス島では、神々の彫像に使用される香油の成分や費用についての碑文が残されていた。

 これらの記録から、彫刻が視覚だけでなく嗅覚を刺激する存在であったことが浮かび上がる。

ヴェルサイユのアルテミスの像(ルーヴル美術館所蔵 / public domain/wikimedia[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Diane_de_Versailles_-_Mus%C3%A9e_du_Louvre_AGER_Ma_589.jpg

神々の彫像に施された香りの儀式

 特に、神々の彫像への香油の塗布は宗教儀式に深く関わっていたとされている。

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 例えば、ギリシャ神話の女神アルテミスやヘラの像には、オリーブ油、ミツロウ、バラの香りのエッセンスを含んだ特別な香油が使用されていたことが記録されている。

 また、ヘレニズム期の詩人、カリマコス[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%82%B3%E3%82%B9]は、エジプトの女王ベレニケ2世[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%82%B12%E4%B8%96]の彫像が「香油でしっとりとしている」と記しており、神々だけでなく王族の彫刻にも香りが加えられていたことを示唆している。

 古代ローマの祭典「フローラリア」では、バラやスミレの花輪で彫像が飾られ、辺り一面に芳香が漂う中で祝祭が行われていた。

ベルギーマリーモント王立美術館にあるエジプトのベレニケ2世女王の胸像 public domain/wikimedia[https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wiki_Loves_Art_-_Morlanwelz_-_Mus%C3%A9e_Royal_de_Mariemont_-_Portrait_dit_%C2%AB_de_B%C3%A9r%C3%A9nice_II_%C2%BB_(4).JPG

香りを持続させるための技術

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 彫像に香りをまとわせるため、古代の職人たちは独自の技法を用いていた。

 その一つが「ガノシス(ganosis)」と呼ばれる方法だ。これは、ミツロウや香油を混ぜたものを彫像に塗布し、光沢を出しながら香りを持続させる技術だった。

 この手法については、古代ローマ建築家、ウィトルウィウス[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9]や博物学者、プリニウスも記述している。

 また、科学的な調査によって、ベレニケ2世の彫像からミツロウの痕跡が発見されたことも、この技法の存在を裏付ける証拠となっている。

 さらに、デロス島では香油を製造していたとみられる工房の遺跡も発見されており、宗教儀式で使用された香りの重要性を物語っている。

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エーゲ海・キクラデス諸島に所在するギリシャの島、デロス島 Photo by:iStock[https://www.istockphoto.com/jp/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88/%E3%83%87%E3%83%AD%E3%82%B9%E5%B3%B6-gm164631337-23504822]

視覚と嗅覚を刺激する古代芸術

 ブロンズ氏の研究は、古代の彫刻が単なる視覚的な芸術ではなく、嗅覚をも刺激する多感覚的な体験の一部だったことを明らかにした。

 彼女は「古代の人々にとって、彫像を鑑賞することは視覚だけの体験ではなく、香りとともに感じ取るものだった」と述べている。

 この発見は、古代の芸術を新たな視点から捉えるきっかけとなるだろう。

 私たちが美術館で目にする大理石の彫刻も、かつては鮮やかに彩られ、芳しい香りを放つ「生きた芸術作品」だったのかもしれない。

 現代の美術館では再現が難しいが、もしその香りを再び蘇らせることができたなら、古代の芸術をより深く体験できる日が来るかもしれない。

 この研究は『Oxford Journal of Archaeology[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ojoa.12321]』誌(2025年3月3日付)に掲載された。

References: Onlinelibrary.wiley.com[https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ojoa.12321] / Arkeonews[https://arkeonews.net/what-if-ancient-statues-smelled-wonderful-the-surprising-secrets-of-greco-roman-sculptures/]

本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。

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