昨年2月に神奈川県相模原市の自宅で両親を殺害した少年(17)に対して、横浜家庭裁判所は3月17日少年院に送致する決定を出した。

少年鑑別所などは「少年院に送るべき」との意見を出していたが、横浜家裁は昨年、「刑事処分が相当」として検察官に送致(逆送)。今年2月の裁判員裁判で少年は再び家裁に移送されていた。

結果的に保護処分が下されたが、立ち直りに重要な時期を少年が刑事施設で過ごすことになったため、専門家の中には「教育効果がある時期に少年を約1年間放置させたことは取り返しがつかない」と、当初の家裁の判断を批判する声が上がっている。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●刑事処分から保護処分に一転した横浜家裁

少年は当時15歳だった2024年2月10日、自宅で父親(当時52歳)を刃物で多数回突き刺し死亡させ、その後帰宅した母親(当時50歳)も首を絞めたり刺したりして殺害した。

事件前の2月6日と同10日には相模原市などのコンビニ2店でおにぎりやペットボトル飲料などを万引きした。

少年は逮捕後、少年法に基づいて家裁に送られたが、横浜家裁(三上孝浩裁判官)は2024年4月、「刑事処分が相当」として検察官送致(逆送)。横浜地検が翌5月に起訴した。

今年2月4日に始まった裁判員裁判では、少年が小学生の時から父親から暴力を振るわれたり、家族の食事を作らされたりするなどの虐待にさらされながら生きてきたことが明かされた。

横浜地裁(吉井隆平裁判長)は2月20日、「両親による長年の不適切な養育がなければ起こらなかった」として、少年を家裁に送り返す異例の決定を下した。

そして、再び少年の移送を受けた横浜家庭裁判所(岸野康隆裁判官)は3月17日、第1種少年院への送致を決定した。

報道によると、横浜家裁は今回、2人の命を奪った事件の重大性を指摘しつつも、少年が不適切な養育を受けてきたことなどから「相応の時間をかけ、専門的な見地から教育を施すことが望ましい」と判断したという。

なお、弁護士ドットコムニュースも家裁に決定要旨の提供を依頼したが、応じてもらえなかった。

●虐待を受けていた少年、第三者の証言も

今回、少年の処遇を決める判断を難しくした事情の一つに、加害者とされる両親が亡くなっている点が挙げられる。

裁判では少年の父親が介護福祉士、母親は薬剤師として働いていたことが明かされたが、少年は一人っ子のため、家庭でどれほどの虐待があったのかについては少年の証言が大きなウェイトを占めた。

被告人質問で少年が語った被虐待の経験はどれも過酷なものだったが、両親が残したスマホの記録や児童相談所での面談内容などの客観的な証拠と一致しない話も含まれており、検察官もその食い違いを繰り返し追及していた。

ただ、ここでまず確認しておきたいのは、少年が作り話をしている可能性ではなく、実際に第三者の目撃や証言によって裏付けられている虐待があったという点だ。

●少年宅を訪れた交際相手「衣類が散乱していた」

例えば、2019年8月にあったエピソードに次のようなものがある。

地域の子どもたちが参加するキャンプ山梨県で開かれている中、少年の身に覚えのない疑いを一方的にかけてきた父親がキャンプ場に押しかけ、他の子どもたちやスタッフがいる前で少年を大声で怒鳴って殴った。

この場面を目撃した大人のスタッフは、その時の少年の様子について「体がこわばっていた。普通じゃなかった」と証言したという。

その後、家族が児童相談所の職員と面談した際に、父親自身も息子が小学生の時のキャンプで暴力を振るったことを認めていた。

また、家では料理、洗濯、掃除といった家事を一手に引き受けていたといい、中学時代に学校で実施されたヤングケアラーに関するアンケートで少年は「(ヤングケアラーに)該当する」と回答していた。

中学校の同級生が弁当を持ってこなければならない時期に、少年が弁当の代わりにカロリーメイトを持参する姿も確認されていた。

少年の交際相手の供述調書によると、少年が両親と暮らすマンションの自宅を何度か訪れた際、室内は衣類が散乱し、ゴミが溜まっていた。

少年が一時帰宅の用事を済ます間に待つ場所がないほどで、交際相手は「一番きれいなベランダで待っていた」と述べたという。

●事件前にも危険信号 父親の飲料に泡盛を混入

危険信号は事件が起きる前にも発せられていた。

少年は中学生の時、父親が出勤する際に飲んでいたコーヒーに泡盛を混ぜたことがあり、それが発覚すると、「父親がいなくなればいい」「父がアルコールを飲んで車を運転し、飲酒運転で捕まればいいと思った」と話したという。

母親に父親との離婚を求めたり、児相の職員に「大学に行ったら結婚したい。結婚しても(相手を)両親に合わせたくない」と発言したり、高校での面談では「家庭にいることが苦痛だ」と話したりするなど、両親や家を避けようとする言動が確認されていた。

●身柄拘束中に変化見せた少年「いかに自分の視野が狭かったか」

法廷での少年の話には今から裏付けを取ることが難しい出来事もあったが、身体的虐待やネグレクトを受けていたのは確かだ。

少年は公判で、逮捕されて以降の生活について次のように振り返った。

「日々生きている上で衣食住の不自由はないが、束縛されている感じもない。精神面でも体調面でもこんなに安定した生活を送れたことはなかった。犯罪を犯したのにこんな生活をしていいのかなと思う」

逮捕された直後は「とにかく自殺したいという気持ちばかりで、どのくらいででられるのかなと自分のことばかりに目がいっていた」というが、家庭裁判所に送られてから家裁の調査官や少年鑑別所の職員と関わる中での心境の変化も語った。

「法務教官や家裁調査官が毎日きてくれて、変に責め立てたりせずに寄り添う形で事件を振り返ってくれた。第三者の目線からいかに自分の視野が狭かったのかを冷静に見れるようになった」

●一致していた家裁調査官と鑑別所の意見「少年院に送致すべき」

少年の弁護人が法廷で明かしたところによると、起訴される前に少年を調べた横浜家庭裁判所の調査官と横浜少年鑑別所はともに「少年院に送致すべき」という意見をまとめていたという。

一般的に少年には、周囲の関わり方によって大きく変わるという意味の「可塑性(かそせい)」があると言われる。

10代で重大事件を起こした子どもにとって、1時間、1日をどう過ごすかはその後の成長に大きな影響を与える。

その意味で、今回の少年について2024年4月の時点で家庭裁判所が保護処分を選択していれば、その分早く専門的な処遇を受け始められていたとも考えられる。

●問われる家裁の「逆送」決定、専門家「誤りだった」

こうした経緯について、元家裁調査官で司法犯罪心理学が専門の熊上崇・和光大学教授は「司法には被虐待児への理解が乏しい」と批判し、次のように話した。

「事件を起こしたこの少年は、今回の事件では加害者ですが、それまではずっと被害者です。虐待被害を受けてきた少年はトラウマを抱えていて、感情をコントロールすることが難しい。

なので、生い立ちやトラウマを受け止めて心身ともに成長させないと加害行為に向き合うことができません。保護処分がまさにふさわしいケースです。

この1年間にそれをすべきだったのに、教育の機会を失ってしまった。逆送にした最初の家裁の判断は誤りだったと思います。検証が必要です」

15歳の両親殺害事件、少年院へ 一転した家裁の判断 専門家が批判する“空白の1年”