10年以上前の交通事故で、当時高校1年生の息子を亡くした渡邉明弘さん。現在、地元の愛媛県を中心にヘルメット着用の重要性を伝える講演活動をおこなっている。

渡邉さんは「自分の命を失うか、数千円、数万円を払うか、どちらが重いかはかりにかけて考えてほしい」とうったえる。

一方、ヘルメットは自転車電動キックボードを運転する人の命を守るうえで大きな役割を果たすが、警察庁の調査によると、自転車乗車時の着用率は全国平均で2割に満たない。

2023年の道交法改正で、乗車時のヘルメット着用が努力義務になっても、その啓発が進んでいるとは言えないのが現状だ。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)

⚫︎妻の誕生日前日、息子はこの世を去った

渡邉さんの長男、大地さんは2014年12月、自転車で下校中に信号のない横断歩道を渡っていたところを4トントラックにはねられて亡くなった。

仕事中だった渡邉さんは、妻の電話で大地さんが事故に遭ったことを知り、病院へ駆けつけた。搬送当時、大地さんの意識はすでになく、集中治療室に入って予断を許さない状態となっていた。

「頭のレントゲンを見せてもらったんですが、右側に円形のヒビが入っていました。脳内で出血していて、(医者が)『触ることができない状態だ』と。これは、たとえ意識が戻ったとしても、元の生活には戻れないだろうなと思いました」

意識が戻る見込みはない――。最後に延命処置を止めるという決断を下したのは、渡邉さんだった。病院に入ってからおよそ5時間後のことだった。

大地さんが亡くなった次の日は妻の誕生日。大地さんは自ら作った折り紙の花束を用意していた。心を込めて折ったプレゼントを母親に手渡しすることはできなかった。

⚫︎「ヘルメット義務化」反対の考えを変えた事故

大地さんの事故などを受け、愛媛県では全国に先駆けて、2015年から高校生のヘルメット着用が「義務化」された。しかし、渡邉さんは当初、義務化に反対だったと話す。

「大地の事故の原因は、運転手が前をちゃんと見ていなかったから。つまり、大人が悪いわけなんです。それなのに大人の心を入れ替える対策ではなく、子どもに負担を押し付けるような対策を安易に選んだと感じました」

渡邉さんの考えを変えたのは、義務化から半年後の2016年2月に起きた飲酒運転のひき逃げ事故。自転車に乗っていた女子高生がはねられて頭を強く打ち、一時意識不明となったが、一命を取り留めた。

「義務化されたことで、ヘルメットを着用していたから、その子の命は助かりました。今ある命を守るために義務化する必要があったんだとわかりました」

大地さんが亡くなってから4年後の2018年、渡邉さんは被害者支援センターと県警がおこなっている「命の授業」の講師として県内の高校で講演活動を始めた。

自身の体験を交え、ヘルメット着用の重要性を伝える。その際に大切にしているのは、参加者の配置だ。必ず教職員が前方、生徒が後方と決めている。

「生徒を前にしてヘルメットは大事だよと言ったところで、自分が生徒だったらすぐに忘れてしまう。私と先生が、子どもたちの命を守るために手本を見せていくんだと話し合う姿を見せることで、子どもたちは自分には何ができるだろうかと真剣に考えてくれるようになります」

こうした活動のかいもあって、警察庁が昨年7月に実施した調査では、自転車利用時のヘルメット着用率が全国平均17.0%だったのに対して、愛媛県は69.3%と断トツの1位だった。

⚫︎最新鋭の乗り物だからこそ、利用者にも高い交通安全意識を

一方、都市部では、LUUPをはじめとする電動キックボードの利用が広がっている。この電動キックボードは「特定小型原動機付自転車」と分類されており、自転車と同じくヘルメットは「努力義務」だ。

渡邉さんは「実際に走っているところを見たことはないけど、テレビなどで見ていると利用者の安全意識の低さを感じる」と危機感を募らせる。

このほど警察庁が初めてまとめた資料によると、2024年の「特定小型原動機付自転車」の死傷者は238人。このうちヘルメットを着用していたのは、わずか11人だった。

電動キックボードは信号無視で6000円、二人乗りで5000円の反則金が設けられている。しかし、ヘルメット着用はあくまでも努力義務であり、明確な罰則は規定されていない。自転車についても、ヘルメット着用は反則金を求める「青切符」の対象になっていない。

「切符を切られないから、かぶらないという人は多いと思います。はっきりと『反則金をとりますよ』としてくれたほうが、多くの人が迷わないで済みます」

電動キックボード自転車は、被害者になるだけでなく、加害者になりうる可能性もある。「ヘルメットをかぶるということは、交通意識が高いということをアピールしていることにもなります。先進的な乗り物に乗っている人こそ、そういう姿を子どもたちに見せてほしい」

⚫︎︎「命と数千円、数万円はどちらの価値が大きい」

渡邉さんは今年から講演でヘルメットをかぶるようにした。「自転車に乗らないので、ヘルメットはいらないんだけど、すすめている人がかぶっていないというのはね」

自転車店を4店舗回って、ようやくピッタリ合うものを見つけたという渡邉さん。「ヘルメットを選ぶときは妥協をしてほしくない。少しでも頭に違和感を感じるとかぶるのが嫌になってしまうから。自分の命と、数千円、数万円。どちらの価値が大きいか、はかりにかけて考えてほしい」と強調する。

交通事故は被害者だけでなく、家族や友人にも大きな傷を残す。

かくいう記者自身、7年前に母を交通事故で亡くしている交通事故被害者遺族だ。シートベルト同様、ヘルメット着用が当たり前の世の中になり、少しでも痛ましい事故の被害者が少なくなることを願っている。

LUUPや自転車は義務じゃなくても「ヘルメットかぶって」 高1息子を事故で亡くした父がうったえる「命の授業」