「定年後は夫婦でゆっくり旅行でも……」そう考えていたのに、突然の離婚宣告。昨今、定年を迎えるタイミングでの熟年離婚が増えています。3月は離婚が多い時期とされ、長年連れ添った夫婦が「この先の人生」を見つめ直す節目になっているのかもしれません。本記事では、MさんとFさんの事例から、離婚がおよぼすライフプランへの影響についてFP事務所・夢咲き案内人オカエリ代表の伊藤江里子氏が解説します。

3月は離婚が多い

令和6年の離婚件数は18万9,952件。前年(令和5年 187,798件)から2,154件増加しています。婚姻件数も月によって変動しますが、離婚は3月が最も多い傾向が続いています※1。新年度を迎えるにあたり、子どもの進学、人事異動を考慮したタイミングで年度末に夫婦関係を清算する人が多いのかもしれません。

「熟年離婚」も子どもの卒業、就職といったタイミングが関連しているのかもしれません。1年間の離婚総数のうち「同居期間が20年以上」が占める割合が増えていて、直近の2020年調査結果によると過去最高を更新しています。

定年後のゆとりある生活を夢見ていた夫が気づかなかった妻の計画

Mさん:59歳 会社員 年収800万円

妻:54歳 無職(専業主婦)

長男:25歳 会社員(独立して別世帯)

次男:22歳 4月から就職予定

「再雇用で働くより、少しゆっくり過ごすのもいいなあ」

――あと10ヵ月で定年。Mさんは大手企業に勤務し、数年前の役職定年までは1,200万円の収入がありました。サラリーマン生活はこのまま無事に終えられそうです。「このままの運用成績が続けば、確定拠出年金と退職金を合わせて2,500万円になる見込みだ。退職金は一括で受け取るか、年金として分割受取にするか、どちらが有利だろうか」住宅ローンも完済するなどマネープランも滞りなく、今後は教育費もかからないため、ゆとりある老後生活を送れると信じていました。

「そうだ、奮発して妻と高級旅館にでも泊まりにいこう」などと考えていたところ、妻から離婚を切り出されてしまいます。

あまりに手際のよい妻

その後、妻はすぐに賃貸マンションへ引っ越し、別居後は弁護士を通じて話し合うことになったそうです。妻の対応の手際のよさに、Mさんは「なぜこんなことに……」と戸惑うばかりでした。妻は随分前から準備を進めており、息子たちはMさんより先にその話を聞いていたこともあとからわかり、愕然としました。妻も息子たちもいない我が家はやたらと広く感じます。

Mさんのように、仕事が忙しく休日はゴルフなどに出掛け、十分な収入があることで家族に不自由はさせていないと思っていたのに、突然離婚を切り出されるケースは少なくないようです。一方で、時間をかけて離婚の準備を進める人もいます。特に、夫の定年退職に合わせて計画的に離婚を考える女性は少なくありません。

モラハラ?友人の指摘で考え始めた計画

離婚までの期間は、一般的に6ヵ月~1年といわれていますが、「未成年の子がいるか」そして、女性の場合は「経済力」も大きく影響をおよぼします。

Fさん:44歳 契約社員 年収280万円

夫:49歳 会社員 年収950万円

長女:14歳

次女:11歳 

Fさんは、かつては仕事を持っていましたが、出産と夫の転勤が重なったことで退職。以来、家事と育児のほとんどを担ってきました。長女の小学校入学を機にパートからスタートし、いまではフルタイムで働きながら正社員になることを目指しています。

夫は「俺のほうが稼いでいるんだから」と家事や育児の負担をFさんに押し付けていることや、義母とそりが合わないことも悩みの種です。夫の言動について友達に相談すると「それってモラハラじゃないの?」といわれます。長年のモヤモヤが腑に落ちたFさんは、この生活を続けることに疑問を抱くようになりました。

すぐに離婚することも考えましたが、現在の収入では経済的な不安が大きいことから、夫の定年退職まで待つ選択肢も検討しています。そこで、離婚後に困らないために、

1.収入の高い夫の定年退職まで待って離婚する場合

2.経済的に自立できるキャリアプランを構築し、できるだけ早期に離婚する場合

の2つの選択肢を比較しながら、準備を進めることにしました。特に、シングルになったときに直面する子どもの教育費や老後の年金問題について、Fさんが困らないように、

・教育費に関する支援制度

 就学援助、奨学金制度など

・ひとり親家庭への相談窓口

 各自治体で、手続きに関することだけでなくお金や仕事、住まいに関するさまざまな助成制度について案内

・年金受給見込み額

 「ねんきんネット」で照会※2

などを確認し慎重に考えています。

後悔しないために必要な「マネープラン」と「キャリアプラン」

Fさんのように、離婚を計画的に準備する人は少なくありません。もしかすると、Mさんの妻も同じように、長い時間をかけて離婚を考えていたのかもしれません。

「婚姻費用」とは?

Fさんは「別居中の私の生活費も夫が負担しなければならないなんて、知りませんでした」と、弁護士から「婚姻費用」の説明を聞いたとき驚いたそうです。協議離婚を経験した30代および40代の男女1,000名に調査した結果、約41%の人がこの制度を知らなかったと回答しています※3

夫婦が婚姻関係にあるあいだに必要となる生活費のことを指します。特に別居中であっても、収入の多いほうが少ないほうへ生活費を分担する義務があるとされ、これは法律で定められているのです(民法760条)。対象となるのは、食費や住居費、医療費、子どもの教育費など、生活に必要な支出全般。金額は夫婦それぞれの収入や生活状況をもとに決められます。裁判所の算定表を参考にすることが一般的です。

財産分与の対象

さらに、Mさんは「年金だけでなく退職金も財産分与の対象になる」と知り、驚きを隠せませんでした。これまでコツコツと貯めてきた預貯金と合わせ、資産の半分近くをわけることに。思い描いていた老後の生活設計は大きく変わってしまいました。加えてひとり暮らしの生活費は想像以上にかかり、外食に頼ってしまうことで食費の負担も増加。

実家の母から、父がどうやら認知症らしいという連絡もあり、再雇用での働き方も真剣に悩んでいるそうです。熟年離婚は突然の出来事ではなく、片方が長年考え続けた末の決断かもしれません。Mさんも、離婚に応じることを決めたら今後のマネープランとキャリアプランをしっかり考えることが大切です。どちらの立場でも、離婚後に後悔しないためには、「婚姻費用」「財産分与」「年金分割」などの制度を理解し、相談窓口を利用しながらシングルになったあとのマネープランを考えることが大切です。

〈参考〉

※1 厚生労働省「人口動態統計速報」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/s2024/dl/202412.pdf

※2 日本年金機構 「ねんきんネット」による年金見込額試算

https://www.nenkin.go.jp/n_net/introduction/estimatedamount.html

※3 法務省 「令和2年法務省委託調査研究 協議離婚に関する実態調査結果の概要」

https://www.moj.go.jp/content/001346482.pdf

伊藤 江里子

FP事務所 夢咲き案内人オカエリ 代表

(※写真はイメージです/PIXTA)