
新1万円札を家庭用プリンターで印刷して、コンビニで「ニセ札」を使用したとして、都内の男性が偽造通貨行使の疑いで逮捕されたそうです。
読売新聞オンラインなどによると、男性は今年2月10日、新宿区内のコンビニで、ニセの新1万円札を使用し、たばこと飲料を購入した疑いが持たれています。
その後の捜査で、男性の自宅から、ニセ札とみられる新1万円札、新5000円札が計50枚以上発見されているとのことです。
質感などを不審に思ったコンビニの店員が110番し、逮捕に至ったといいます。
被疑事実は「偽造通貨行使」罪です。実は、かなり重たい罪で、「裁判員裁判」の対象事件です。
昨年7月に発行された新札の偽造についての摘発は初めてとのことなので、簡単に解説します。
●偽造通貨行使罪とは刑法では、「行使の目的で、通用する貨幣、紙幣又は銀行券を偽造し、又は変造した者は、無期又は3年以上の懲役に処する」とされています(刑法148条1項。通貨偽造罪)。
そして、「偽造又は変造の貨幣、紙幣又は銀行券を行使し、又は行使の目的で人に交付し、若しくは輸入した者も、前項と同様とする(=無期懲役か、3年以上の有期懲役)」とされています(同2項。偽造通貨行使罪)。
「無期懲役か、3年以上の有期懲役」というのは、かなり重い罪です。
たとえば詐欺罪(刑法246条1項)は「10年以下の懲役」とされています。無期懲役はともかくとして、「3年と10年では、詐欺罪のほうが重いのでは?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、偽造通貨行使罪のほうがずっと重いのです。
通貨偽造罪は3年「以上」という規定です。この場合、3年〜20年まで(有期懲役の最大は原則20年。刑法12条1項)となります。また、通貨偽造罪の場合、無期懲役もあります。
詐欺罪は10年「以下」という規定です。この場合、1カ月〜10年まで(懲役刑の最短は1カ月。刑法12条1項)となります。
このように通貨偽造・行使罪が重い刑を科されているのは、通貨に対する信用を保護し、取引の安全を図るために、通貨の偽造や行使を禁じる必要性が非常に高いからと考えられます。
●偽造通貨行使罪は「裁判員裁判」対象事件「裁判員裁判」と聞くと、殺人や強盗致傷など、人が怪我したり死亡したりという凶悪事件を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、通貨偽造も裁判員裁判の対象事件です。
裁判員裁判法によると、裁判員裁判の対象事件は以下のように定められています。
・死刑又は無期の懲役若しくは禁錮に当たる罪に係る事件(同法2条1項)
・裁判所法第26条第2項第2号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(前号に該当するものを除く。)(同法2条2項)
※「裁判所法第26条第2項第2号」
・死刑または無期もしくは短期1年以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪(刑法第236条、第238条または第239条の罪およびその未遂罪、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)第1条の2第1項もしくは第2項または第1条の3第1項の罪ならびに盗犯等の防止及び処分に関する法律(昭和五年法律第九号)第2条または第3条の罪を除く。)に係る事件
先ほど書いたように、偽造通貨行使罪は無期懲役のある犯罪ですから、法2条1項により、裁判員裁判の対象事件となります。
●通貨偽造罪が大量に成立?報道によると、容疑者の自宅からプリンターのほか、新1万円札と新5千円札が計50枚以上が発見されたそうです。
また、都内では、コンビニ店やタクシー料金の支払いで新紙幣の偽札が使われる被害が複数確認されているそうです。
1万円札のプリンターでの偽造、その1万円札を使ったこと(行使)、5000円札のプリンターでの偽造、その5000円札を使ったこと(行使)、それぞれがどういう罪と判断されるのでしょうか。
1)お札をプリントした偽造について
まず、新1万円札をたくさんプリントしている点について、偽造貨幣1枚ごとに1つの通貨偽造罪が成立しそうにも思えますが、全体で一罪とするのが通説です。
次に、数種の通貨を偽造した場合には、それぞれの種類ごとに通貨偽造罪が成立します(大判明40.9.3)。この判例からすると、今回は「新1万円札たくさんの偽造」と、「新5000円札たくさんの偽造」とが、別罪として成立することになります。
2)偽札の使用について
これを「使用(=行使)」した点ですが、通貨偽造罪と行使罪とは「牽連犯」(「けんれんぱん」といいます)といって、一罪になります。(刑法54条1項)。
また、ニセの通貨を見せて商品を買う行為は、詐欺罪(刑法246条1項)にもあたります。この詐欺罪と、偽造通貨行使罪の関係も問題となります。
実務上は、詐欺罪は偽造通貨行使罪に吸収されると考えられています(大判昭和7年6月6日)。
3)まとめ
以上より、今回のケースでは、1)1万円札を多数プリントして偽貨幣を作成し、その一部を使用したことについての偽造通貨行使罪、2)5000円札をプリントして偽貨幣を作成した通貨偽造罪(※その一部を使用していれば偽造通貨行使罪)、とが成立することになりそうです。
両罪は併合罪(刑法45条前段)となり、法定刑(3年以上の有期懲役or無期懲役)が1.5倍となる、と考えられます(無期懲役については特に修正されません。量刑上は考慮されます)。

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