誰もがうらやむ公務員として59歳まで真面目に働いてきた山田誠一さん(仮名)。年収720万円、退職金見込み2,300万円、さらに年金見込みも年間240万円と、数字だけ見れば何の心配もない人生設計のはずでした。しかし、彼の財布の中身は空っぽ。毎月の給料日が来ても、手元に残るのはわずか数万円。一体何が起きているのか? 山田さんの事例から、安定収入という「安心の罠」に落ちないための教訓を、ファイナンシャルプランナー(FP)の青山創星氏が詳しく解説します。

誰もが羨む公務員人生…しかし給料日の翌日には財布は空っぽ

山田誠一さん(仮名・59歳)は、地方自治体で30年以上勤務してきたベテラン公務員です。年収720万円、退職金見込み2,300万円、年金見込み240万円という数字だけを見れば、老後の生活は安泰と思われます。同期の多くは彼の安定した収入と将来を羨んでいました。

しかし、山田さんには誰にも言えない秘密がありました。給料日の翌日には、彼の財布はほぼ空になっているのです。住宅ローンの返済、カードの支払い、消費者金融への返済……。山田さんの給料は入った瞬間から様々な債務の返済に消えていくのです。

公務員だから」という理由で与えられた高い与信枠。複数のクレジットカードと消費者金融からの借入総額は、なんと1,800万円にも達していました。安定収入という「安心の罠」が、彼を借金地獄へと導いていたのです。

『公務員だから大丈夫』という甘い罠—収入の8割が返済に消える日々

山田さんの借金は一朝一夕で膨れ上がったわけではありません。最初は小さな買い物のつもりだった家電製品のローン。次に家族旅行のためのカード利用。そして、少しずつ増えていく生活費の足しにとカードキャッシング。

公務員だから返済能力がある」という金融機関の評価は、彼にとって諸刃の剣となりました。クレジットカードの限度額は次第に引き上げられ、消費者金融からの借り入れも容易でした。

「最初は50万円程度の借金でした。でも、返済が遅れないようにと焦って別のカードでキャッシングして返済する……その繰り返しでした」と山田さんは振り返ります。

気づいたときには、月収の約8割が各種ローンの返済に消えていく状況に。残りの2割で家族4人の生活を維持するという綱渡りの日々が始まっていました。

さらに追い打ちをかけたのは、長男の大学進学費用。教育ローンを組むも、すでに借入限度額に達していた山田さんは、高金利の消費者金融に手を伸ばさざるを得ませんでした。

転落の始まりは『投資で一発逆転』という甘い誘惑

山田さんの借金が急増したきっかけは、定年後の生活への漠然とした不安でした。「公務員の給料は安定しているけれど、決して高くはない。このままでは老後が心配だ」。そんな思いから、彼は投資の世界に足を踏み入れたのです。

最初は株式投資から始めました。初めての投資で10万円が15万円になる経験をし、その成功体験に味をしめた山田さんは、より大きなリターンを求めて投資額を増やしていきました。しかし、相場は彼の思い通りには動かず、気づけば100万円以上の損失を抱えることに。

「なんとか取り戻さなければ」という焦りから、彼はFX取引に手を出しました。レバレッジをかけた取引で短期間に大きな利益を得られるという甘い誘惑に負けたのです。最初は少額から始めたFX取引でしたが、一時的な成功体験に気をよくした山田さんは、カードローンで調達した資金300万円を一度に投入。しかし、為替相場の急変で資金は数日で半分以下に減少してしまいました。

「負けを取り戻そうと、さらに借金をして投資に回す……その悪循環から抜け出せなくなりました」と山田さんは当時を振り返ります。

家族にも言えない『借金依存症』の実態—給料日が恐怖の日に変わるとき

山田さんの借金は、もはや彼一人では抱えきれない規模になっていました。しかし、公務員としてのプライドと体面から、家族にも同僚にも相談できずにいました。

「もう来たか。毎月の給料日が、喜びではなく恐怖の日になっていました。いくつもの返済先に振り分けたあと、家族に渡す生活費をどう捻出するか……。夜も眠れない日々が続きました」

安定収入があるがゆえに陥りやすい「借金依存」の特徴として、以下のような点が挙げられます。

1.返済能力への過信:「安定した収入があるから返せる」という根拠のない自信

2.社会的地位の維持:「公務員」「会社員」という肩書きを失うことへの恐怖から問題を隠す

3.借金のカモフラージュ:家族に気づかれないよう巧妙に借金を隠すスキルに磨きがかかる

4.一発逆転願望:投資やギャンブルですべてを解決しようとする非現実的な期待

山田さんもまさにこのパターンに当てはまっていました。彼は家族に内緒で別の銀行口座を作り、そこに給料の一部を振り込むよう設定。家族には「ボーナスが減った」「昇給が見送られた」などと嘘をつき、生活費の削減を求めていたのです。

老後破産を回避するための最後の砦—FPが解説する『借金脱出』3つの道

このままでは定年退職後、退職金のほとんどが借金返済に消え、老後破産は避けられない状況でした。追い詰められた山田さんは、ついに学生時代の友人に相談。紹介されたファイナンシャルプランナー(FP)の永瀬財也さん(仮名)にすべての借金を打ち明けました。

永瀬さんは山田さんの状況を分析し、債務整理について一般的な知識を共有したうえで、法的手続きができる専門家への相談を勧めました。債務整理には主に以下の3つの選択肢があります。

1.任意整理:裁判所を介さず、債権者と直接交渉して返済条件を変更する方法。将来利息のカットや返済期間の延長に加え、遅延損害金の免除を交渉できる場合もあります。ただし、元本自体の減額は基本的に認められません。

2.個人再生:裁判所の認可を得て、借金を大幅に減額し、通常3~5年で分割返済する方法。住宅ローン特則を利用すれば、自宅を手放さずに済む場合があります。ただし、一定の収入があることが条件となります。

3.自己破産:裁判所に破産を申し立て、債務の支払い義務を免除してもらう方法。基本的にすべての借金が免除されますが、税金や養育費などは対象外です。また、財産の処分が必要となる場合があり、職業や資格に制限がかかることもあります。

「山田さんの場合、退職金が見込めることと、公務員という職業柄、自己破産は最終手段と考えました。まずは任意整理で金利負担を減らし、退職金の一部を返済に充てる計画を立てました」と永瀬さんは説明します。

FPは債務整理の手続きを直接行うことはできないので、山田さんの状況を詳しく分析したうえで、信頼できる弁護士を紹介しました。

債務整理には弁護士や司法書士の専門的な知識が必要ですが、最近は悪徳業者も増えているため、山田さんに合った誠実な専門家を選ぶことが重要でした」と永瀬さんは付け加えます。

弁護士による任意整理の結果、山田さんの毎月の返済額は約25万円から15万円へと減少。さらに、永瀬さんの指導のもと、家計の見直しにより無駄な支出の削減も始めることができました。

「最も重要だったのは、借金依存症という心の問題に向き合うことでした。専門のカウンセラーに相談し、なぜ借金に頼るようになったのか、その根本原因を探ることも再発防止には有効な場合もあります」と永瀬さんは指摘します。

まとめ:安定収入という『安心の罠』から抜け出すために—今日からできる3つのこと

山田さんの事例は、安定収入があっても老後破産のリスクがあることを教えてくれます。特に「公務員だから」「大企業勤務だから」という安心感が、逆に借金への抵抗感を弱めてしまう危険性を示しています。

老後破産を避けるために、今日から始められる3つのポイントを紹介します。

1.「収入の見える化」:給与明細を保存し、実際に手元に残る金額を把握する習慣をつける

2.「支出の見える化」:家計簿アプリなどを活用し、どこにお金が消えているかを把握する

3.「借金の一元管理」:複数の借入先がある場合は一覧表を作り、総額と返済計画を明確にする

永瀬さんは「借金は悪ではありませんが、返済計画なき借金は危険です。特に安定収入がある方こそ、『借りやすい』という罠に注意が必要です」と警鐘を鳴らします。

山田さんは現在、任意整理の途上にありますが、「家族にすべてを打ち明け、協力してもらえるようになったことが最大の救いでした」と語ります。彼の経験が、同じ立場にある多くの人々の教訓となることを願ってやみません。

安定していると思われる公務員大企業勤務の方こそ、老後破産のリスクと向き合い、今日から家計管理を見直してみてはいかがでしょうか。

ファイナンシャルプランナー 青山創星

(※写真はイメージです/PIXTA)