社長が退職時に受け取る「役員退職金」。節税にもなる一方で、形式上の不備や手続きミスがあれば、税務署から否認され、重加算税の対象となるリスクもあります。実際に、3億円の退職慰労金が全額否認された事例も──。本稿では、税理士行政書士の清野宏之氏と、社会保険労務士の萩原京二氏の共著『社長の資産を増やす本』(星野書房)から内容を抜粋・編集し、役員退職金に関する税務リスクと否認されないためのポイントを解説します。

過大な役員退職金の否認で「税務調査での追徴課税」も

本稿では、役員退職金の損金算入が否認された際のリスクを整理します。役員退職金が税務署から全部または一部過大と判断された場合は、その過大分が利益に加算され、法人税負担が増えます。

税務調査などで追徴課税されたときは、納期限を過ぎた分延滞税が発生します。また、悪意はないと認定されれば重加算税の対象にはなりませんが、株主総会や取締役会をあたかも開催したかのように議事録を残しているような隠蔽・偽装事例では、重加算税が課される可能性があるのです。

実際に、税務調査で3億円の役員退職慰労金の全額が、損金算入を否認された事例がありました。

この事例では、株主総会の議事録がなかったばかりか、新社長が退職金の額を把握していない、開催していない取締役会の議事録を作成していた、といった事実が明らかになりました。その結果、延滞税に加えて重加算税の35%が加算されて、多額の追徴課税を受けることに……。場合によっては、想定外の税金を納めることにもなりかねません。

さらに、利益の増加で意図しない自社の株価上昇につながることもあり得るため、役員退職金の支給にともなうリスクを理解したうえで、できる限り慎重な取り組みが求められるのです。

ただ、リスクがあるからといって、「役員退職慰労金の支給はやめておこう」と考えるのは、正しくありません。

専門家のアドバイスを取り入れつつ、最適な金額を設定し、正当な手続きを踏み、経営権を持っていると指摘されない状況をつくりましょう。

「いくらほしいか」がわからなければ専門家も有効なアドバイスができない

役員退職金の損金算入が税務署から認められるかどうかは、「金額基準」「形式基準」「実質基準」の3つの基準から判定されますが、税務署によって判断が一律とは言えません。こうすれば絶対に大丈夫、となることはなく、どんな場合でもリスクは残るのです。

大切なのは、社長はいくらほしいのか、そのときのリスクはどこまで許容できるのか、自分である程度決めることです。でなければ、専門家は適正なアドバイスもできません。まずは「いくらほしい」と決めることで、専門家からアドバイスをもらうことができます。

むしろ、「どうしたい」と意思表示をしなければ、いくら専門家でも手の打ちようがないのです。退職金としてほしい金額は、「ライフプラン」や「ファイナンシャルプラン」を考えなければ出てこないでしょう。

「できる限りたくさんもらいたい」と思うのが人情ですが、それだけの金額がほしい理由を考えなければ、本当の意味での満足感を得られないはずです。

会社の視点からの「退職金の適正額」

役員退職金を受け取るにあたっては、当然ながら、会社からの目線を持つことが不可欠です。つまり、会社が社長のほしい金額を拠出できるだけの財務状態にあるか、という視点を欠かすわけにはいきません。

役員退職金を支払ったことで、会社の財政状態が揺らいでしまっては、本末転倒です。株主総会や取締役会での決議の前に、社長がほしい金額と会社が支払える金額の両面から、決めていく必要があるのです。

退職金を何のために使うのか、いくら必要なのか、その原資は会社にあるか、ない場合はどのように準備するのかを考えましょう。

たとえば、

・退職後に自身がやりたいことを行うのに必要なお金はいくら?

・退職後に一生涯受け取れる老齢年金以外に必要な生活資金は、月額いくら?

・遺族の相続税納税資金の準備として、いくら必要か?

・後継者以外の相続人への遺産分割資金として、いくら必要か?

・会社や自身の経営理念、想いを後継者に託し、会社を発展させるには、内部留保としていくら会社に残しておきたいか?

といった計算から、本当に必要な役員退職金額が見えてくるのです。

清野 宏之

税理士行政書士、清野宏之税理士事務所所長

萩原 京二

社会保険労務士、働き方デザインの学校校長、一般社団法人パーソナル雇用普及協会代表理事

画像:PIXTA