
厚生労働省の調査によると、大卒新卒の3年以内離職率は約3割。企業にとっては人材確保と育成の観点から深刻な課題であり、採用活動に多くのリソースを投じるなかでの早すぎる別れは、現場に戸惑いを残します。その離職理由も、従来の「人間関係」や「仕事内容」では説明しきれないケースもあるようです。
新卒研修3日目、思わぬ「退職理由」
「優秀で、人柄も良くて、期待していたんですけどね。まさか、あんな理由で辞めてしまうとは……」
都内のIT企業でマネージャー職を務める島田大輔さん(仮名・45歳)は、今年4月に入社した新入社員のひとりについて、苦笑交じりにこう振り返ります。
その新入社員は、2025年卒として採用されたばかり。面接時から誠実な印象があり、内定後もメールのやりとりは丁寧、社内でも「期待の新人」とされていました。初任給は27万円と、この規模の企業にしては好待遇だったといいます。
しかし、入社からわずか3日目。新卒研修が行われるなか、本人から人事部を通じて「退職の申し出」があったのです。
「人事から“新入社員のXXさんについて、ちょっとご報告がありまして……”と連絡が来たときは、正直何かのミスかと思いました。でも、蓋を開けてみると、“もう出社できないので退職したい”という本人の申し出だったと聞いて、言葉が出ませんでした」
その退職理由は、想像を超えるものでした。「満員電車が耐えられない」というのです。
本人によれば、初日からラッシュ時間帯の通勤で体調が悪くなり、2日目には吐き気を覚え、3日目の朝にはホームで立ち尽くしてしまったとのこと。「毎朝これを繰り返すのは無理だと、心身ともに限界を感じた」と話していたそうです。島田さん自身も、通勤のストレスを日々感じているとはいえ、それが「退職の決定打」になるというのは想像外だったと語ります。
「満員電車での通勤を続けて20年の私には当たり前のことでも、今の子たちには相当辛いのでしょうか」
【47都道府県「サラリーマンの通勤時間」上位10】
1位「兵庫県」62分
2位「埼玉県」60分
2位「神奈川県」60分
2位「大阪府」60分
5位「千葉県」58分
6位「京都府」56分
6位「奈良県」56分
8位「茨城県」55分
9位「東京都」54分
10位「愛知県」52分
出社かリモートワークか…上司世代も揺れている
大学時代をほぼオンライン授業で過ごしたZ世代にとって、朝の通勤ラッシュは「未知の負荷」であり、「想像以上のストレス」と感じるのも無理はありません。採用時に「出社も大丈夫です」と答えたのも、おそらく実感が伴っていなかったのでしょう。社会人生活の入り口で大きな壁にぶつかった彼の決断は、ある意味でとても現代的と考えればいいでしょうか。
コロナ禍でリモートワークが当たり前になったものの、昨今の企業側の動きはというと、むしろ出社回帰の流れが強まっています。国土交通省『令和5年度 テレワーク人口実態調査』によると直近1年間のテレワークの実施率は、首都圏で28.0%、前年から2.6ポイントの減少、さらに一昨年からは8.2ポイントの低下となっています。
出社回帰の流れが強くなっている背景には、リモートワークによるチームの一体感の希薄化や、若手社員の育成不足への懸念などがあるとされます。しかし、その戻しすぎが、かえって新たな問題を生んでいる可能性も否めません。
株式会社識学が実施した調査結果によると、新卒を含む若手社員に「あなたは出社での勤務と、リモートでの勤務とではどちらがよいですか」と尋ねたところ、出社派は52.0%、リモートワーク派は48.0%と、出社とリモートワークは拮抗。新卒社員にとって最初の社会経験となる通勤やオフィス環境が、「ここには居続けられない」と思わせるものだった場合、その印象は長く尾を引くことになります。早々に退職という決断をする新卒社員がいても不思議ではありません。
ちなみに上司側は58.7%と、やや出社派が多いという結果。ベテラン勢であっても、「テレワークがよかった……」と思っている人が4割もいるという実態は、今後の人事戦略を練るうえでも考慮すべきことといえそうです。
「本当に惜しい人材でした。本人も仕事への意欲はあったと思います。ただひとりだけリモートワークや時差出勤を認めるわけにはいきませんから……難しい問題ですね」
[参考資料]
株式会社識学『出社したくない若手社員の本音に関する意識調査』

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