たとえば月20万円の年金、2,400万円の退職金——数字だけを見れば、安心した老後生活が待っているようにも思えます。しかし老後の不安は、ひと筋縄ではいかないようです。ときにその不安は攻撃性をもつこともあるようです。

思わぬ出費と、言いようのない不安…「年金20万円じゃ足りない」と感じる理由

「こんなはずじゃなかったんです。年金もそれなりにもらえるし、退職金も貯金もある。老後の不安なんて、自分には関係ないと思っていたのに……最近は、ちょっとしたことで腹を立てていました」

都内在住の大西徹さん(仮名・65歳)。大手メーカーに新卒で入社し、40年以上勤続。管理職まで務めたキャリアの持ち主です。退職時には2,400万円の退職金を受け取り、年金も月20万円近く支給されており、老後資金としては十分とも思えます。

それでも、日ごろの不安から「つい怒鳴ってしまった」「いわなくてもよかったひと言をいってしまった」と自己嫌悪に陥ることが増えたといいます。銀行の窓口や行政の手続き窓口、スーパーのレジなどで、つい声を荒げてしまう——そんな自分に後から驚くことも少なくないそうです。特に、年金に関する手続きで年金事務所に電話した際の出来事は、大西さん自身、今でも忘れられないそうです。

「担当者の方が丁寧に説明してくれているのはわかるのに、何か納得できなくて……“ふざけるな! こっちは真面目に質問しに来ているんだぞ” と強い口調になってしまったんです。電話を切ったあと、情けなくなりました」

総務省『家計調査 家計収支編 2024年平均』によると高齢者の1ヵ月平均支出は夫婦のみであれば月25万円、単身であれば月15万円ほど。現役時代の感覚が抜けきらず、生活レベルを大きく落とすことができないまま仕事から引退した場合、どんどん貯蓄を取り崩し破産——ということも珍しくありません。

しかし大西さんは、「自分が受け取れる年金額も貯金も退職金もしっかりと考えたうえで、生活費の見直しを行った」と、少々お怒り気味。それでも老後不安は日に日に大きくなっていくといいます。

不安の正体は想定外の出費。まず、90歳になるという大西さんの母親の介護費用。施設に入居することになりましたが、母親の年金だけでは足りず、大西さんが不足分を補填しているそう。さらに大西さんの妻の持病が悪化し、医療費がぐんと上がったといいます。さらに築30年を超えた自宅のリフォーム費用。今後も住み続けることを想定したバリアフリー対応のリフォームは、想定の倍以上かかったといいます。

さまざまな出費が重なり、短期間で600万円ほど減ってしまったといいます。もちろん、それで貯蓄が底をつくというわけではありませんが、それまで「預金口座のお金は増えていくばかり」という状態を目にしてきた大西さんにとって、どんどん残高が減っていく様は絶望でしかなかったといいます。

「毎月の生活費を年金で賄い、退職金はいざというときに残しておくつもりでした。でも、その“いざ”は、想像以上に早くやってきたんです。これからも自身の医療費や介護費がかかってくるでしょう。この調子だと、いつお金がなくなるか……不安はどんどん大きくなっていきました」

人生100年時代ともいわれるなか、年金をもらうようになってから「意外と老後は長いな」と気づく……大西さんのようなケースは多いのではないでしょうか。

「自分はカスハラをしている」…自覚ありは3割

このような不安から、大西さんの言葉は知らず知らずのうちに攻撃的になっていたそうです。そのことに気づいたのは、家族にいわれたひと言がきっかけでした。

「最近ちょっと怒りっぽくなってない? スーパーでも文句ばっかりいってる人みたいに見えるよ」

その言葉に衝撃を受けたという大西さん。そこで自身の行動を振り返ってみると——自身が「カスハラ老人」と化していることに気づいたといいます。

「スーパーのレジでクレームをいっている人たちをみて、“自分の主張ばかりして恥ずかしい奴だな”とか思っていたのに……いつの間にか自分がクレーマーになっていた」と大西さん。そのような自分にも絶望感を覚えたといいます。

弁護士ドットコム株式会社が行った調査では、「カスハラをしたことがある」と回答した人が10.1%。また、「自分の言動がカスハラにあたる可能性があると認識していたか」と尋ねたところ「認識していた」はわずか28.4%でした。ちなみにカスハラをした動機のトップは「正当な批判・論評だと思ったから」で60.5%。「怒りが収まらなかったから」、「イライラする感情を発散したかったから」、「攻撃して構わないと思ったから」、「嫌がらせをしたかったから」と、何とも身勝手な理由が続きます。いずれにせよ、カスハラは大半の人が自覚していないことを垣間見ることができます。

「自分は被害者という意識でいっていました。結果的に誰かを傷つけていたかもしれません。年金事務所への電話も、今思えば、知らないことへの怒りだったのでしょう」

とはいえ、老後の不安が消えることはありません。「働けるうちは働き収入を得る」「運用して増やす」といった解決策がありますが、大西さんはこれ以上働く気はないし、投資に対しても否定的。「できるだけ節約して、資産の寿命を延ばすしかない」。最近になって、心の安定のために、自ら家計簿をつけるようになったといいます。

[参考資料]

総務省『家計調査 家計収支編 2024年平均』

・弁護士ドットコム株式会社『カスタマーハラスメントに関する実態調査』

(※写真はイメージです/PIXTA)