
67年前に都立病院で別の赤ちゃんと取り違えられ、産みの親とは別の両親に育てられた男性が都に産みの親を調べるよう求めている裁判で、東京地裁は調査を命じる判決を言い渡した。
江蔵智さん(67)は67年前、当時の都立墨田産院で産まれた直後に別の赤ちゃんと取り違えられ、産みの親を探し続けている。江蔵さんは、自分の出自を知る権利があるとして、東京都に対して調査を行うよう求めて裁判を起こしていた。
21日の判決で東京地裁は、都に生みの親の調査を行うよう命じた。これまでの裁判で都側は、取り違え相手を調べることはプライバシー侵害に当たるなどとして争う姿勢を示していた。
裁判を取材したテレビ朝日社会部・吉田遥記者に、裁判のポイントを聞いた。
「出自を知る権利」とは

━━2006年の裁判では取り違えの認定はされたが、「調査」はできないという判決だった。今回の裁判では「調査を命じる」という判決が出たが何がポイントになったのか?
「かなり画期的な判決だった。東京地裁は判決の中で、自分の出自を知らない者について、本当の親は誰なのかを認識して、その親から養育を受けるということは親子関係における普遍的な基礎であると認定した。その上で、取り違え当事者である江蔵さんについて、いくら被害が67年前だとしても、仮に本当の両親が亡くなっていたとしても、子どもの親を知る権利は失われないものだ、と。かなり踏み込んだ判決を下した印象を受けた」
━━出自を知る権利ということか
「そうだ。出自を知る権利は国際条約で認められているものだが、今回の裁判で難しかったのは、取り違えがあった場合にその親をどうやって知るのか、調査をするべきなのか、国内法の整備がされていないことだった。法律的にはかなりハードルの高い裁判だったと思う。ただ今回、東京地裁はそのハードルを乗り越えて、子どもは出自を知る権利があり、そしてそれを知るためには調査する義務がある、ということを指摘した判決を出した」
━━国内法だけでは乗り越えられない壁があったものの、国際的な考えも反映された形なのか?
「どうしたら調査する義務が発生するのか、その法的根拠は何か、よく考え、練って練って戦ってきたという印象だ。その際に、国際条約で出自を知る権利が認められているので、これは日本国内の人にも適用されると主張していた。そういった権利は日本国民にあるとした上で、出自を知る権利があるからといって、直ちに東京都に調査義務が発生するとは認定できていない。テクニカルな話になってしまうが、まず、病院が親にちゃんと子を引き渡す義務があって、その義務というのはどれだけ時間が経っても、そして親が亡くなっていても、一生消えることはないということを認定したということだ」
━━「調査を命じる」と判決が出ているが調査の方法に関して裁判所は触れているのか?
「かなり具体的に調査の方法を命令している。もちろん今回裁判のやり取りの中で、原告が最初に『こういう調査方法でお願いしたい』と裁判所と被告の東京都に提案したが、それに対して東京都は『これでは第三者のプライバシー侵害の恐れがある』として争う姿勢をずっと示してきた。それに対して裁判所は、おそらく、どうやったら調査ができるかを一緒に考えてくれていたのだと思う。別の方法を提示してみてくださいということで、原告が別の調査方法を提示した。その調査方法をほぼ全て任用するような形になっている。具体的には、まず江蔵さんが生まれた年の出生届を調べて、その中から男性とその両親の現住所にDNA鑑定を依頼する。その調査結果に関して本人の同意が得られれば江蔵さんに伝える。そのため、2段階に分かれる。まずDNA鑑定に相手が応じてくれるかどうか。さらに、血の繋がりがあるとわかった時に江蔵さん本人と連絡を取りたいという希望があるかどうか。この2段階がクリアできれば江蔵さんは本当の親と連絡を取ることができる」
━━裁判所側は原告である江蔵さんに寄り添った判決を下したということなのか?
「私の個人的な意見だが、法的根拠がない中でどうすれば調査を命じられるか練りに練ってロジックを組み立てている判決文だと思った。原告が提示した調査方法にプラスアルファでもう少し分かりやすく書き加えているような印象もあり、裁判所としてもなんとかして調査をしてほしいと思いがあったのではないか」
━━ここまで寄り添った形にしたのは江蔵さんだけではない、少なからずいるであろう、取り違えで悩んでいる人たちに向けて、裁判の判決が1つのケースとしてこの後にも影響してくることまで考えたのか?
「日本国内に江蔵さんと同じような人が何人いるかはっきりした統計もなく、実際に取り違えがあった場合、誰がどう責任をもって調査するのかも、明確な国内法の規定はなかった。そのため、これを契機に『私も』という人が出てきて、そういう人たちにどう対応していくのかを自治体なり国なりで考えていく方向になるきっかけにはなるのではないか」
判決を受け、江蔵さんの反応は?

━━前回の裁判を経て、弁護団もかなり力を入れて、アプローチの仕方も変えたのか?
「やはり国際条約は抽象的なものが多く、そういう権利が人にあってもその権利を行使するためにどういった法律を適用して、実際に調査をする必要があるのかどうかというのはちゃんと規定されていない。そのため、弁護団の代理人の1人は『自信はあった。頑張ってはきたけれども、正直裁判所に認められるかどうかは不安だった』と語っている。判決の中で、国際条約をもって調査をすべきだという判断にはなってはいないが、産んだ親に対してちゃんと子どもを安全に引き渡すという契約がずっと続くもの、消滅するものではないと認定して今回の判決を導いたということだ」
━━判決を受け、江蔵さんはどのような反応だったのか?
「私も法廷の中で一緒に傍聴していたが、判決が言い渡される前、江蔵さんはずっと目を閉じて、何か祈るような、集中するような表情をされていた。その後、閉廷すると代理人の弁護士が『良かったね』という風に江蔵さんの背中をポンと叩いた。ただ江蔵さんはその表情が明るくなることはなく、深く裁判長に一礼をしている姿が印象的だった。会見の中でもちょっと複雑な気持ちだということは言われていて、とにかく早く真の両親に会いたい。育ての親のお母様も90歳を超えて高齢になって時間もないので、とにかく早く調査をしてほしいという切実な思いを訴えられていた」
━━東京都側の反応は?
「一応コメントを出しており、判決の精査ができていないようだったが『判決内容を踏まえて対応検討する』というコメントを出している。今回は一審の判決であり、14日以内に東京都が控訴すれば、東京高裁でこの裁判が続くということで、江蔵さんらは控訴しないように東京都に申し入れをすると言われていた」
━━控訴する可能性はあるか?
「これはなんとも言えない、というのが個人的な印象だ。調査自体はそこまで大変なことではないと思うが、前回の訴訟の時も当時の石原都知事が『調査には協力しない』と会見で発言するなど、東京都側がどういう動きを見せるかは見えない部分がある。ただ、前回東京高裁の判決が出た後に上告はせずに確定してるので、江蔵さんに寄り添った判断をしてくれるのであれば、東京都は控訴しないのではないか」
(ABEMA/ニュース解説)

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