
高齢化が進むなか、住居の確保がいかに難題になっているかは、あまり語られなかったことかもしれません。貯蓄も年金もある。それでも「住める場所がない」現実に、多くの高齢者が直面しています。「住まいさえ確保できれば老後は安泰」――そんな常識が、静かに揺らいでいるのです。
住み慣れたマンションだったが…建替えで全住民退居
都内の賃貸マンションで暮らす加藤隆さん(仮名・75歳)。勤めていた都内のメーカーを定年退職後は、月額約20万円の厚生年金と、退職金を含めて3,000万円以上の貯蓄で穏やかな老後生活を送っていました。本人も「特別贅沢はしないが、不自由のない生活ができていた」と振り返ります。
しかし、転機が訪れます。現役時代に引っ越してきて30年、マンションが老朽化により建て替えとなり、全住民に退去を求められたのです。「賃貸だから、いずれこういうこともあるだろうとは思っていたが、まさかこの歳で部屋探しをするとは」と語る加藤さん。すぐに新しい住まいを探し始めました。
ところが、思った以上に状況は厳しいものでした。
加藤さんは、資産証明書も準備し、月額10万円以内の家賃で探していました。年金と貯蓄を合わせれば十分に支払えるはずです。しかし、10件以上の物件に問い合わせをしても、「高齢者はちょっと……」と、いずれも入居を断られました。不動産会社を通しての紹介でも、「連帯保証人がいないと難しい」といわれ、話は進みません。資金があるかどうかにかかわらず、「年齢」だけで賃貸契約の壁にぶつかる。加藤さんが直面したのは、まさにその現実でした。
株式会社R65が実施した『65歳以上が賃貸住宅を借りにくい問題に関する実態調査』によると、65歳を超えて賃貸住宅のお部屋探し経験のある高齢者は35.7%。また、年齢を理由とした賃貸住宅への入居拒否を経験したのは26.8%。そのうち、5回以上断られた経験がある人は11.9%で、収入による差はありませんでした。
加藤さんは当時のことを振り返り、「お金もあるし、健康にも気をつけている。それでも入居を断られるなら、どうすればいいのか」と途方に暮れるしかなかったといいます。
1週間のマンガ喫茶暮らし、そしてようやく見つかった住まい
迎えた退去期限。結局、新しい住まいが見つからないまま、加藤さんはマンションを出ることになります。とりあえず、ビジネスホテルに泊まろうと思いましたが、「なんと、こんなに高いのか!」と驚いたといいます。観光客急増が原因でしょうか、どこも1泊1万円以上。加藤さん、「払えないこともないけど、1泊1万円以上出すのは抵抗がありました」」といいます。行き場を失い、最終的に向かったのは、駅近くのマンガ喫茶。24時間、4,800円。居心地のいい場所とはいえず、滞在が長引けば出費も大きくなります。
「まさかこの年齢で、住むところがなくなるなんて。ほんの1週間のことではありましたが、何度も夜中に目が覚めた」。そう語る加藤さんは、「家なし」と紙一重の状況を体験することになります。その後、インターネットで見つけた高齢者支援団体の紹介で、ようやく受け入れてくれる賃貸物件にたどり着きました。いわゆる「高齢者歓迎型」の物件で、孤独死対策として見守りサービスがついています。ただし家賃は想定していたより高く、月額8万円。仕方がない出費だと割り切っているといいます。
総務省統計局『住宅・土地統計調査』によれば、65歳以上の高齢者が家計を支える世帯1,695万世帯のうち398万世帯、全体の23.5%が賃貸住まい。また245万世帯と、6割がひとり暮らしの高齢者です。持ち家のない高齢者、特に加藤さんのようなひとり暮らしの場合、「家を借りづらい」というケースは珍しいことではありません。
加藤さんは現在も、節約をしながらの生活を送っています。「安心して暮らせる場所を見つけただけでも運がよかったのかもしれない」と語りますが、老後の安心はお金だけでは手に入らないという現実を思い知ったといいます。持ち家を持たない高齢者が増えるなかで、「借りられないリスク」への備えはより現実的な課題です。高齢者向け賃貸制度の整備や、公的支援の強化が求められています。
[参考資料]
株式会社R65『65歳以上が賃貸住宅を借りにくい問題に関する実態調査』
総務省統計局『住宅・土地統計調査』

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