
俳優の広末涼子さんが、高速道路で事故を起こし、搬送された病院で看護師に暴行して負傷させたとして傷害の疑いで逮捕された事件。これを受け、患者やその家族から医療従事者に対して行われるペイハラ(ペイシェントハラスメント)に改めて注目が集まっている。
SNSでは看護師に対するハラスメントについて、医療従事者らから「よくある話」「病人だから何しても良いわけじゃない」など、具体的なエピソードとともに悲痛な声があがった。
看護師たちは現場でどのような〝暴力〟にさらされているのか。
神奈川県内の慢性期病棟で勤務していた女性看護師(40代)は、「顔面を殴られ、ナース服に手を差し入れられる、わいせつ行為をされたことも…」と口にするが、同時に「看護師だから仕方ない」と諦めた様子で話す。
認知症や精神疾患のある患者への対応に追われる中、上司に相談することすら難しい。そんな過酷な現場の実態が浮かび上がった。
●突然の暴力、繰り返されるセクハラ取材に応じた看護師は、総合病院の慢性期病棟に勤務していた。医療的ケア中に突如として起きる暴力やセクハラは日常茶飯事だったという。
「バイタル測定中、認知症のある80代くらいの男性患者に突然顔面を拳で殴られたんです。危険行動がある患者の場合、家族から許可をもらってケア時に抑制(※患者の身体を一時的に拘束すること)することもあるのですが、その患者さんは抑制していませんでした」
別の元議員を名乗る男性患者からは、ナース服の中に手を差し込まれるなど、明らかな性的加害も受けた。その患者は、他の看護師にも胸や尻を触る行為を繰り返していた。
●「若い子を担当させるわけにはいかず、私が『犠牲』になるしかなかった」セクハラ行為をする患者にはケア時もなるべく距離をとり、迅速にケアを終えるなど自衛をしてきたが、状況が改善することはなかった。
男性看護師に担当を代わってもらったこともあるが、その患者は男性看護師にも触れるなど、性別を問わず性加害を繰り返したケースもあったという。
●「そんなこと言ってたら看護師できない」声をあげられない職場被害を受けながらも、彼女は「警察に通報するなんて考えたこともない」と話す。
「上司に相談する空気じゃないんです。『いちいちそんなこと言うな』っていう感じで、逆に冷たくされたり怒られたりすると思います」
実際に、子どもの体調不良で一日休んだ際、菓子折りを持って謝罪したところ、上司から「あなたのせいで大変だった」と責められた経験があるという。
さらに、新人の指導担当だった看護師が休みがちになった際、妊娠したのかもと噂が立った。その際、上司が「(妊娠して指導に穴が空くことになることを批判して)そんなに頭が悪いと思わなかった」と口にしていたことを目撃したこともあるそうだ。
「自分が結婚して子どもが出来たら同じようなことを言われるんだろうな、って思いました」
●「看護師だから仕方ない」で済ませていいのか患者、そして職場ではびこるハラスメント行為の数々を目撃するにつけ、女性の中で「我慢するのが当たり前」。そんな無力感が膨らんでいったという。
「暴行やセクハラも、患者様の認知機能が正常じゃないから起こってしまう。だから、仕方ない。そう思うしかないんです。患者様を責められないし、それが看護師という仕事ですから」
現場では、何かあった場合にはカルテに記録し、リーダーに報告し、スタッフ全員で注意するというルールがあるが、上層部がそれ以上に具体的な対応をするケースは稀だという。
危険行動が繰り返される患者には精神科医が薬の調整を行うが、薬が効くまでの間は現場の自己防衛に頼るしかない。
●慢性的な人手不足と過重な負担過酷な環境にさらされているのは、この女性だけではない。
「看護職等が受ける暴力・ハラスメントに対する実態調査と対応策検討に向けた研究」(2020年8月、研究代表者三木明子)によると、平成30年(2018年)度における看護職等に対する暴力等の実態として、患者・家族等による身体的暴力、精神的暴力、セクシュアルハラスメントのいずれかの報告があった施設は85.5%であり、約10年間で報告率が高くなっている(同研究p17)。
また、「報告されていない潜在的な暴力等がある」と、看護管理者等の 77.8%が回答している。
看護師の離職率は高く、現場には常に人手不足という重圧がのしかかっている。中途採用も進まず、残されたスタッフに過重な負担がかかる。
看護の現場では「医療従事者だから耐えるべき」という考え方がいまだ根強い。
しかし、その裏で看護師たちは、患者からの暴力やセクハラ、上司からのパワハラにさらされ続けている。
被害を受けても声をあげられず、「仕方ない」と自分を納得させるしかない職場環境。それは、医療現場の課題として見過ごしていい問題ではない。

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