
2018年に国が「働き方改革」の一環として「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を制定して以降、副業をはじめる会社員が増加しました。これにともなって「確定申告」が必要となる個人が増えた結果、故意または過失による「個人への追徴課税」が後を絶ちません。税理士でCFPの宮路幸人氏が具体的な事例を交えながら、個人の税務調査リスクとその対策・ポイントを解説します。
優秀な会社員の「副業」に税務署のメスが入った日
某IT企業に勤めるAさん(50歳)。Aさんが就職活動を行っていた時代はインターネットが普及したばかりで、関連企業の株式が急騰する「ITバブル」真っ盛り。Aさんが入社した会社もその影響で設立された当時最先端の企業でした。
その後、ITバブル崩壊にも耐え、企業は大きく成長。また会社が成長するとともに、Aさんの収入も上がりました。部長として多くの部下を率いているAさんは給与収入も十分で、3人の子を中学から私立に入れながらも、約2,000万円の貯蓄があります。
こうしたなか、勤務先の「働き方改革」の一環でいち早く副業が解禁されたことから、当時40代だったAさんは副業に興味を持ちました。
「俺のスキルを活かした副業、なにかできないかな……」
そうして見つけたのが、「WEB制作」の副業です。収入は十分にありましたが、本業のスキルを活かせることや、当時から在宅ワークが可能で時間の融通がきくことなどから、「いい気分転換になる」と、Aさんは土日などの休みを利用して副業をはじめました。
本業の給与収入に関しては会社が年末調整を行ってくれますが、副業収入が年間20万円を超えた場合は自身での確定申告が必要です。そのため、面倒だとは思いつつも毎年確定申告を行っていました。
そんな生活を続けていたある日のこと。着信を知らせるバイブが鳴ったためスマホを見ると「税務署」と記載されています。
驚いたAさんが電話に出ると、職員は「A様の副業収入について、税務調査に伺いたいのですが」と言います。
平静を装い、「ええ、かまいません」と税務調査を受け入れたAさんですが、内心は冷や汗が止まりませんでした。
調査当日
調査官「では、領収書を見せてください」
Aさん「ええ、全部まとめておきました。どうぞ」
調査官は事前に提出を求めていた資料を受け取ると、順番にチェックを始めました。売上、仕入れ、経費……。
ここで調査官は“ある項目”に目を留めます。
税務調査官の質問に顔が曇るAさん
「外注費の支払先」に着目した調査官は、Aさんに次のように質問しました。
調査官「この『外注先B』に対する支払いが非常に多いですね。具体的にはどういったことを依頼しているのでしょうか?」
Aさん「ああ、私も本業が忙しいものですから。誰でもできるような作業はよくBにお願いしてるんですよ」
調査官「なるほど。Bさんに対する外注は、どの売上に対応していますか? また、どのような内容の外注を依頼しているのか教えていただけますか?」
Aさん「えっ……ええっと、ちょっと待ってください」
実はAさん、Bさんに対する外注は実際には行っていなかったのでした。
事実を仮装した悪質なケースであると判断され、Aさんはさらに過去にさかのぼって調査を進められました。最終的に、本税に加えてペナルティとしての重加算税、後述する住民税や個人事業税、健康保険料なども支払いを求められ、総額約1,000万円もの納税・罰金を支払うハメに。
Aさん「ふざけんな! 必死で働く俺たち庶民から税金を搾り取って嬉しいか? 頼むから穴だらけの政治家を調査してくれよ!」
Aさんの悲鳴も虚しく、約2,000万円の貯蓄は一瞬で半分になってしまったのでした。
税務署が納税者の不正を見極める方法
出来心から架空の外注費を計上することで経費を増やし、納税額を低く見せかけたAさん。
こうした脱税行為は、なぜ税務署にバレてしまうのでしょうか? 結論からいうと、税務調査の際に調査官に示した書類に矛盾点がなかった場合でも、税務署にはバレてしまう確率が高いです。
具体的には、取引先が税務署に提出した「支払調書」によってバレるケースが少なくありません。支払調書とは、一定の要件を満たした場合に毎年税務署への提出が義務づけられている資料です。
たとえば、あなたが取引先X社から30万円の報酬を受け取ったとしましょう。そのときX社は、あなたに30万円の報酬を支払ったという内容の支払調書を税務署に提出します。このため、税務署はあなたが取引先Aに対し、30万円の売上があったということを把握できてしまうのです。
税務調査官に「経費の水増し」がバレたワケ
Aさんは、実際には副業の業務すべてを自身で行っていたにもかかわらず、知り合いのBに外注を依頼したとして、架空の領収書を作成。それを外注費として外部に依頼しているように見せかけ、架空の外注費300万円を計上していました。
税務調査が来た年のAさんの申告内容は下記のとおりです。
・売上:400万円
・外注費:300万円
・その他経費:100万円
・利益:0円
税務署はこの申告書を見て「利益が0円というのは本当だろうか?」「外注費があまりにも多すぎるのではないか?」と疑問を抱きます。
そして、外注先となっているBさんの確定申告書をチェックしたところ、Bさんが会社員であることがわかり「これは怪しい」とAさんへの税務調査を行うことを決断したのでした。
人生を棒に振る…脱税の代償
追徴課税の理由が単純なミスや見解の違いであれば「過少申告加算税(10%~15%)」で済みますが、意図的に事実の隠ぺいや仮装などを行ったと判断された場合は「重加算税(35%~40%)」となります。このほか、延滞税が原則7.3%~14.6%(現在は特例利率2.4%~8.7%)を課されます。
また、税務調査対象者は通常3年分の申告内容がチェックされます。しかし、今回のように悪質な脱税が疑われる場合、調査期間は最大7年まで延長されます。
そして、それぞれの年について調査が行われたあと、追加で所得税を払うことはもちろん、税務調査の結果は市役所にも通知され、住民税や個人事業税、健康保険料まで過去にさかのぼって支払う必要があるのです。
こうした不正について税務署のチェックは年々厳しくなっており、バレたときのペナルティはその後の人生を大きく揺るがしかねません。そもそも、経費を架空計上して脱税をはかる行為は立派な犯罪です。
「つい、出来心で……」という言い訳は通用しません。脱税は絶対にやめましょう。
脱税に手を染めず“合法”で節税対策を
所得が高くなるほど“重税感”を覚え、なかには「どうにか納税額を抑えられないか」と脱税したくなる衝動に駆られる人も少なくないかもしれません。ただし、売上を除外したり、架空経費を計上したりした場合、あとになって重いペナルティを背負うのは自分です。
税務署もあの手この手で納税者の所得の把握に努めています。安易な脱税に手を染めず、“合法的な節税”によって適正な申告を心がけましょう。
宮路 幸人
宮路幸人税理士事務所
税理士/CFP

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