
定年を迎えて退職金を手にする60代。人生史上、最もお金を持っているという人も多いでしょう。「セカンドライフをどうしようか」と思いを巡らせているなか、さまざまな甘い誘いが――その先に待っている悲劇とは?
堅実な公務員人生…資産形成もバッチリだったが
地域に住む人々の暮らしを支え続けて40年ほど。60歳で公務員としての生活に終止符を打った田辺司さん(仮名・62歳)。今は、自宅近くのスーパーで品出しなどのアルバイトをして生計を立てています。
「定年を迎えたあと、本当はゆっくりと過ごそうと思っていたのですが――」
さまざまなストレスを抱えていた公務員時代。そこから離れて穏やかな日々を過ごす。セカンドライフへの期待を胸に抱いていた矢先、田辺さんを待ち受けていたのは、「人生、終了です」とまで口にする転落劇でした。
そもそも田辺さんが公務員になったのは、抜群の安定性。計画的な勤務体系、安定した給与制度のもと、堅実な人生を歩みたい――それが願いでした。「親は自営業でしたが生活は安定せず。そのような姿をみて、子ども心に『安定こそ正義』と思っていました」と田辺さん。まさに夢を現実に変えたわけです。
高い役職に就いていたわけではありませんが、定年退職を迎えたときには「もう働かなくてもいい」と思えるほどの退職金も手にすることができました。また20代のころから将来を見据えてコツコツと積み立ててきた貯金は3,000万円を超えています。結婚せずに、子どももいない田辺さんには、余裕過ぎる老後が約束されていました。
しかし、ずっと堅実に生きてきたからこそ、“世間の常識”には疎いところがあることは否めません。そのことが、定年から3年経った今、スーパーで品出しなどのアルバイトをしている現実に繋がっているといいます。
それは、さかのぼること3年前。知人を通じて紹介された「高配当の海外ファンド」に田辺さんは興味を持ちます。
「働いていたころは、こんな眉唾な話、聞を耳も持たなかったんですけど。余裕が生まれると妙に気になってしまうというか――」
「貯金が減っていくだけ」に堪えられず、再就職を試みるも
「毎月7%の利回り保証」「元本保証つき」
魅力的な言葉が並ぶ「高配当の海外ファンド」。実際に契約しているという知人も「毎月ちゃんと振り込まれてるよ」と笑顔で勧めてきたこともあり、半信半疑ながらも田辺さんは投資を決断。最初に1,000万円、数ヵ月後には残りの退職金1,200万円も追加投入してしまいます。
しかし数か月後、毎月入っていた配当が突然止まりました。連絡しても担当者とは一切つながらず、メールも電話も音信不通。知人に相談しても「自分も被害に遭っている」との一点張り。状況を調べるうちに、田辺さんが投資していたファンドは、実態のない「海外投資詐欺」であることが判明しました。
2023年度、金融庁の金融サービス利用者相談室における、詐欺的な投資勧誘に関する相談件数は合計で8,398件であり、そのうち7,157件が被害後の相談でした。相談者の年代別では、60代以上が4割。特にまとまった退職金を保有し、かつ金融リテラシーの弱いシニア層が狙われやすいといわれています。
「あのとき、なぜ追加で投資したんだろう――」
退職金をすべて失った田辺さん。将来を見据えて再就職を目指しました。年金支給開始まで数年あり、それまで貯金がただ減っていくのは不安でしかなかったのです。しかし再就職活動は、想像していた以上に厳しいものでした。
「公務員出身者は使いづらい」「年齢的に厳しい」「体力的にどうですか?」
面接ではやんわりと断られることが続きました。また自身のキャリアを考えて事務職を希望していたことも、なかなか再就職が決まらない要因でもありました。
「事務職は人気で、書類選考を通過するのも大変ですよ」
ハローワークの職員がいっていた言葉に落胆し、このままではいつまで経っても無収入のままだと、近所のスーパーの求人に応募、現在に至ります。昨今、高齢者の就業率は上昇の一途を辿り、60代後半でも50%を超えます。これは希望の仕事ができるかということとイコールではなく、仕事はかなり限定されることは想像に難しくないでしょう。
「まさか自分がこんな目に遭うなんて――」
それが今なお田辺さんが口にする率直な思い。国際的な詐欺は損害の回復が実質不可能といわれ、できることといえば警察に被害届を出しておく程度。たまに犯人検挙のニュースを目にしますが、詐欺師に賠償能力がなければ被害回復は不可能といっていいでしょう。
人生史上、最もお金を持っている人が多い高齢者は騙されやすい。まずはそのことを自覚することが重要です。
[参考資料]
警察庁『特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の 認知・検挙状況等について』

コメント