
高齢化が進む日本社会。「親との再同居」という選択をするケースが増えています。しかし同居生活がうまくいくとは限りません。家族だからこそ、難しいことがあるようです。
48歳サラリーマンが直面した、親との「再同居」の現実
東京都内の中堅企業に勤めるサラリーマンである加藤直樹さん(仮名・48歳)。月収はおよそ55万円。決して低くはない給与ですが、2人の子どもが都内の私立大学に通い、住宅ローンも返済中。余裕があるとはいえません。そんな加藤さんが、「家に帰りたくない」と感じるようになったのはつい最近のこと。
きっかけは、72歳になる実母との同居生活。父親が数年前に他界し、実家に1人残された母親。将来的には介護の不安もありました。妻・直美さん(仮名・47歳)の同意のもと、同居を提案したのは加藤さん自身でした。「あのときは、自分の決断が正しいと思っていました」と振り返ります。しかし、それが「地獄の始まり」だったのです。
同居が始まった当初は、家族全員が気を遣いながらも何とかやっていました。しかし、徐々にすれ違いが生じます。特に深刻だったのが、直美さんと母の関係です。いわゆる「嫁姑問題」が露骨になり、家庭内は常にピリピリとした空気に包まれるようになりました。
朝食の準備ひとつとっても、「お味噌汁の味が薄い」と母親が口を出せば、妻は無言でキッチンを出ていく――そんな小さな火種が、日に日に積み重なっていきました。加藤さんがどれだけ間に入ってフォローしても、関係は修復に向かうどころか悪化するばかりでした。
やがて、両者の不満は本人を介さず漏れるようになります。 母親は、加藤さんに対して「この家は落ち着かないね。直美さん、私が何をいっても無言で怖いわ」とこぼし、 一方の直美さんは「お義母さんって、わざわざ聞こえるように嫌味いうの、気づいてる? 本当、気が重いわ」と、限界ぎりぎりの声で加藤さんに訴えました。言葉にしない気遣いが、言葉にならない圧力へと変わっていく――。 そんな微妙な空気が、加藤家のなかにじわりと広がっていきました。
株式会社しんげん/SHUFUFUが既婚で配偶者と同居している人を対象に行った『両親・義両親に関するアンケート調査』によると、親と同居している人は11.5%。夫側の親と同居しているケースは全体の8.0%でした。また義親との関係性については、「良い」が46.5%、「普通」が40.5%、「悪い」は13.0%と、加藤家のようなケースは少数派になります。また義親に対して苦手なところでは「常識やデリカシーがない」(15.0%)、「子離れしてない」「金銭感覚が合わない」(12.5%)、「自分勝手」(11.5%)、「話が長い」(10.5%)、「嫌味・陰口」(10.0%)と続きます。
母と妻の板挟み…「自宅に逃げ場がない」という地獄
重々しい空気が充満するマイホーム。ふと、母に老人ホーム等に入居してもらうという選択肢が頭をよぎりますが、すぐに「むりむりむりっ」と打ち消しました。母の年金は月14万円程度。貯蓄は心許ない程度。今は空き家になっている田舎の実家を売却したとしても、二束三文にしかならないことは明らか。そして母はまだ72歳。平均寿命を考えるならば、入居期間は10年以上になるでしょう。加藤さんも相当な額を負担しなければ、母を老人ホームに預けることは現実的ではないのです。
もはや自宅に逃げ場がないなか、ある日の仕事からの帰り道、加藤さんは気づけば喫茶店に足が向いていたといいます。家に帰れば、母と妻の顔色を気にしながら、静かな火種のなかで息をひそめるような時間が待っています。
「家に帰りたくない」と思い始めたのは、このころからでした。仕事が終わっても真っすぐ家に帰らず、カフェやネットカフェで時間を潰す。週末は「在宅の時間が長い分、空気が重くなる」といい、わざと仕事を持ち帰ったふりをして外出する日も多くなったといいます。
子育てが一段落し、ようやく夫婦の時間が持てると思っていた直美さんにとっても、「義母との同居」は想定外だったはずです。心のなかでは嫌と思いながらも、同意するしか選択肢はなかったでしょう。加藤さんも、母を助けたい一心で始めた同居が、ここまで精神的に重くのしかかるとは予想していませんでした。
「母も妻も、誰も悪くない。だからこそ難しい」と、加藤さんは語ります。帰宅の恐怖と闘いつつ、家庭内での役割分担や気持ちのすり合わせを少しずつ模索している最中だといいます。
高齢の親を抱える世帯は今後ますます増えていくと見られています。2024年の高齢者人口(65歳以上)は3,625万人で、総人口に占める割合は29.3%。団塊の世代が80代に差しかかる2030年代には、介護・同居・施設問題は今以上に多くの家庭の課題となると考えられます。
[参考資料]
株式会社しんげん/SHUFUFU『【義両親の苦手なところ】2位は「常識やデリカシーがない」1位は?同居しない事が関係性を保つコツか』

コメント