「離婚」は新たな人生の第一歩。しかし、感情を優先した別れが、思わぬ落とし穴となり、老後の暮らしを根底から揺るがすこともあるようです。

「ずっと住んでいていいよ」…元夫との口約束が命取りに

「この年で、住むところを失うなんて……悔しくてたまりません」

静かに言葉を絞り出す山田久子さん(仮名・62歳)。26歳で結婚し、1男1女をもうけ、夫を支え続けてきましたが、5年前に熟年離婚を経験しました。原因は、すれ違いの積み重ねと、夫の退職後に芽生えた価値観のズレ。最終的にはよくある「性格の不一致」という離婚理由。専業主婦として家族を支えてきた人生、これからは誰にも縛られず自由に生きる――離婚当時はそんなワクワク感があったといいます。

離婚に際し、財産分与について大きな取り決めは行われませんでした。別れるとはいえ、30年間、ともに暮らしてきた(元)夫婦です。

「これはどうする?」「君が持っていけばいいよ」

「あれは?」「あなたが持っていって」

などと、決めていきました。自宅についてもそう。夫名義でローンを組み、完済した郊外に建つ戸建て。「君が住めばいいよ」、そういって夫は家を出ていくことになりました。

「家の名義は夫でも、私はここで30年暮らしてきた。ずっと住んでいていいといわれたんです」

離婚が決まったあと、久子さんは1日8時間、週5日でスーパーのパートを始めました。時給は1,180円。月々の給与は20万円弱になります。将来を見据えると心許ない金額ではありましたが、それ以上に自分の力で生活していることが楽しくて仕方がなかったといいます。

ところが、その平穏はある日突然、破られます。離婚から3年が経ち、元夫から再婚したことが告げられます。離婚したとはいえ、30年間連れ添った人。少し、心がざわざわしたといいます。さらに元夫から思いもしないことが告げられます。

「この家から出て行ってくれないか」

久子さんにとってはまさに青天の霹靂。現在の生活が成り立っているのは、離婚後も住み慣れた“我が家”に住み続けていられるから。そうすることで「家賃ゼロ円」で済んでいるからに他なりません。

財産分与「しなかった」が命取りに…増加する熟年離婚の盲点

「そんな、急に困る」と反論しましたが、家の名義は元夫。どうすることもできません。あとで話を聞いたところによると、一連の出来事は、後妻から「あなた(元夫)名義の家に他人(先妻)が住んでいるなんて、許せない!」といわれたことが始まりだったとか。確かに後妻としては、別れた妻が夫名義の家に住み続けているほうが異常、と考えるでしょう。しかし、住み慣れた家に住み続けられることが精神的支柱になっていた久子さんは頭が真っ白。

手取りにすると月15万円程度。そのなかで家賃も払うとなると、家計は火の車になることが目に見えています。なんとか住み続けられないか元夫にいってみるものの、「どうしてもXX(後妻の名前)が許さないんだ」の一点張り。30年以上暮らしてきた家を、顔も知らない後妻に追い出される結果になった久子さん、「本当に悔しい」と唇をかむしかありませんでした。

久子さんのように、熟年離婚の際に「特に揉めたくない」「円満に終わらせたい」という思いから、財産分与について深く話し合わない夫婦は少なくありません。

法務省『財産分与を中心とした離婚に関する実態調査』によると、離婚に際し、財産分与の取り決めをしていないケースは62.7%にのぼります。取り決めを行っていない理由として最も多かったのが「請求/支払をする必要がないと思った」(55.8%)。「相手から話合いを求められなかった」(17.3%)、「制度を知らなかった」(14.8%)、「相手が話を聞いてくれなかった」(10.7%)と続きます。

ちなみに居住用不動産が財産分与の対象になったケースで、夫婦間で離婚後の利用権が設定されたのは、18.3%。そのうち6割強で賃料や使用料の支払いはありませんでした。

「家は夫の名義だから」と遠慮してしまう気持ちもあるかもしれませんが、婚姻中に築いた財産であれば、本来は公平に分け合うべきもの。また離婚後であっても、離婚から2年以内であれば財産分与の請求をすることができます。離婚時は冷静になれずに取り決めができなかったとしても、離婚後落ち着いてからしっかりと請求することが重要です。

[参考資料]

法務省『財産分与を中心とした離婚に関する実態調査』

法テラス『財産分与に関するよくある相談』

(※写真はイメージです/PIXTA)