教育現場など、子どもと接する職場で働く人に性犯罪歴がないか確認する「日本版DBS制度」が来年にもスタートする。

だが、性犯罪歴のある人と子どもとの接点は教育現場に限らないことから、制度の不備も指摘される。

わが子が性犯罪の被害に遭ったある親は、相手の前歴を知らないまま交流してしまったといい「子どもに性犯罪を繰り返した人の氏名や住所などを公開してほしい」とうったえる。

どんな犯罪もゼロにすることは難しい。性犯罪の加害も被害も防ぐためには、何が求められるのか。駒澤大学法科大学院特任教授で、性犯罪に関する法改正に関わってきた宮田桂子弁護士に考えを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)

性犯罪者の氏名や住所を制限なく公開することで起こる問題

——性犯罪を防ぐために何が必要でしょうか。

性犯罪は、被害者の人格を蹂躙する許されない行為です。一口に性犯罪と言っても、その実態は多様で、加害者像も千差万別です。

性犯罪を動機付けるのは性的欲求とは限りません。弱者への支配欲などが動機のケースも多いですし、人間観や性に対する認知が歪んでおり、「自分が受け入れられている」「当然同意がある」と正当化して、犯罪の認識を持たないことも多いのです。

また、加害者の中には、抽象化能力が低く、性犯罪がいけないことだと理解できずに繰り返す人もいます。

いくら刑罰を重くしたとしても、犯罪を未然に防ぎ、再犯を防止するには、重罰化だけでは限界があります。

誰しもが加害者にも被害者にもなりえることから、幼いころからの教育のあり方、支援のあり方が非常に重要です。

——性犯罪歴のある人の前歴を事業者が照会する「日本版DBS制度」が来年から始まります。性被害者からは「性犯罪者の氏名や住所などが公表されていれば被害に遭わなかった」という声もあり、たとえばアメリカでは性犯罪者の情報登録が義務付けられています。海外のように犯罪歴のある人の氏名や住所などを必要に応じて公開するような制度をどう考えますか。

アメリカには性犯罪者の情報公表を定めた「メーガン法」があり、州によっては氏名や顔写真、住所がインターネット上で公表されます。韓国でも類似の制度が実施されたようです。そのことによって、性犯罪歴のある人の住居が焼き討ちされる事件も起きています。

情報の公表は、性犯罪歴を持つ人の住居や就労先確保を困難にし、さまざまなつながりを切断し、社会で追い込まれる結果を招きます。それが再犯につながり得るので、無制限の情報公開は極めて危険と言えます。

性被害に遭った本人や家族らのつらい気持ちは理解できます。しかし、性犯罪の再犯を防ぐには、他の犯罪からの更生と同様に、社会や人とのつながりをもちながら支援していくことが必要不可欠なのです。

●GPS装着が性犯罪者の身を守ることにもつながる場合もあるが…。

——出所した性犯罪者にGPS(全地球測位システム)端末を装着させる取り組みは有効でしょうか。

刑務所で一生過ごさせることはできず、社会の中における更生のための教育や治療の機会を与えられることが不可欠です。

保護観察付執行猶予や仮釈放の決定時に、GPS装着を条件にしてでも、社会内で過ごす時間を確保すべきですが、満期出所後に、GPSを強制することは、強い権利制限となり、許されるべきではないと思います。

最高裁判決(2017年3月15日)がGPS捜査による人権侵害性を認定したことを思い出して下さい。嫌疑があってもGPSを用いてプライバシーを丸裸にするような捜査は許されないのです。前科があるというだけでは「嫌疑」にすらなり得ません。

たしかに、GPS装着を実施している国で、望んでGPSを装着する人もいるようです。性犯罪歴のある人は、性犯罪が起きたら真っ先に疑いをかけられるため、GPS装着によって、自分を守る、つまり、犯人ではないことを証明することができるからです。

しかし、何らの手続きを定めずに、公的機関が「疑われたくないなら装着しろ」と命じることは許されません。公的機関がGPS装着を命じるためには、慎重かつ丁寧なリスク評価の方法や厳格な手続きを法定することが必要でしょう。

——それでは、矯正教育、更生や支援の課題は何でしょうか。

罪を犯した人が社会の中で更生するためには、住居や仕事の確保、福祉や医療を受けられることなど支援の仕組みが機能していなければなりません。

仮釈放を受ければ、自動的に保護観察の対象となります。とはいえ、保護観察の実効性には課題があります。

ボランティアである保護司は、仮釈放対象者にとって、近所に住む頼りになる存在ではありますが、性犯罪特有の問題に知見を持つ人が少ないうえ、保護司との面会は月2回程度に過ぎず、再犯防止のための十分な動機付けや対話ができずに終わる可能性があります。

そもそも、性犯罪は、被害者が仮釈放に反対することが多いため、仮釈放期間が非常に短い、あるいは満期出所となることが多いのです。現在、言い渡される刑が長くなっていますから、仮釈放によって公的機関が伴走する期間を確保できるような運用が望まれ、そのためには先述したGPS装着も検討に値すると思います。

刑期を満了して出所した人は、保護観察の対象ではなく、住居や仕事、社会とのつながりの確保のための支援が届かない可能性があります。

たとえば、満期出所者が保護観察所の支援を受ける「更生緊急保護」という制度がありますが、自ら保護観察所に助けを求める必要があります。出所者にとって非常にハードルが高いです。東京の保護観察所がどこにあるかご存知でしょうか。霞が関法務省の建物です。入口のセキュリティが厳しく、出所者は近づきがたいですよね。

刑務所では、現在、性犯罪者を対象とした教育プログラムがあります。しかし、規則違反などによって懲罰中の受刑者は受講できません。また、プログラムの選択は希望制ですから、プログラムを受けないこともできます。しかも、出所時にプログラムのテキストを持ち帰れない運用もあったそうで、それでは社会に出てから復習できません。

今年6月から懲役刑や禁錮刑が拘禁刑に一元化され、更生支援が重視される中、運用が変わるかもしれません。

しかし、プログラムは受刑中繰り返し続けるものではないうえ、多様な性犯罪者がいる中での単一のプログラムの有効性を疑問視する指摘もあり、プログラムの効果を検証する必要があります。また、刑務官がプログラムを実施するよりも、専門性のある人がプログラムを実施し、その多様化を図るべきではないかと思います。

性犯罪の治療にたどりつくまでに幾重ものハードル

——性犯罪者の治療をめぐる課題を教えてください。

まずは、治療を受けたいという動機付けが必要です。一定以上の知的レベルがあれば、性被害に関する本を読んで理解を深められます。私も、男児への痴漢をした男性に、勾留中、性犯罪治療に携わる福祉専門職の斉藤章佳氏の『「小児性愛」という病――それは、愛ではない』(ブックマン社)を差し入れたところ、自分の問題を自覚し、治療を受けることを決意しました。

次に、性犯罪に及んだ人それぞれが抱えている問題を的確にとらえ、効果的な治療に導く必要があります。

精神障害による被愛妄想が原因なら、妄想への対応が求められます。嗜虐体験などによって人間観、性に対する感覚が歪んでいる人には、認知行動療法やオープンダイアローグも取り入れられています。人によってはホルモン療法によって性衝動を抑えることが有効なこともあります。

性犯罪事件で、裁判の段階から更生支援計画を立て、刑務所を出てからの治療を検討する弁護活動も増えています。

有効な計画を立てるためには、生育歴、人格特性などについて十分な資料が必要ですが、事件によっては集めきれないことがあります。しかも、まったく計画が立てられない事件もあります。

事実認定と量刑を二分し、否認事件であっても、有罪認定がされる場合には、情状立証の機会を与え、更生支援計画を策定する機会を与えることも必要でしょう。

ただし、計画があっても受刑中に翻意する人もおり、受刑中も、計画作成者との面会や通信などによって、動機付けを継続することが大切です。

私が以前弁護した、中高生への痴漢を繰り返していた人は、2度目の逮捕の後、治療を勧めたところ、渋々通院をはじめたものの、医師に勧められた入院を渋っていました。3度目の逮捕の後、保釈中から入院して治療を受け、数年たった今も通院を続け、再犯していません。治療の必要性を十分に自覚し、治療を継続することが大切だと感じます。

「治療」の前提として治療ができる施設の少なさも問題です。

性犯罪を繰り返している人を依存症と位置づけ、性犯罪者の治療をしてくれる病院があります。また、希望者へのリスクアセスメントを通じて、リスクに応じたグループ分けで治療する病院もあります。しかし、性犯罪者の治療に対応できる病院は非常に少ないのです。

そして、性犯罪をまだ起こしてないけれど「このままでは起こしてしまいかねない」と自覚した人が、どこにも相談できず、治療も受けられないことも問題です。そのような人への相談機関は少なく、そういうときにどうすればいいかがまったく啓発されていません。

他にも、治療費の問題があります。性犯罪を起こし、繰り返した人の多くは、再就職できず、親族から縁を切られ、資力に乏しく、治療を受けたくてもお金がない。しかも、性犯罪の治療やカウンセリングは保険の適用外のものも多いです。

●求めるべきは反省や謝罪より「自己理解」

——性犯罪に限りませんが、裁判で被告人の反省が考慮されたり、社会が犯罪者に反省を求めたり、とかく「反省」しているかどうかが注目されます。反省は重要なのでしょうか。

性犯罪に限らず、犯罪者に対して「反省や謝罪の態度・言葉」を求める考えも社会には大変根強くあります。しかし、犯罪を防ぐ、とくに性犯罪を防ぐためには、まずは、自己理解が欠かせません。

性犯罪をした人は、自分の認知の歪みに気づかないから事件に至っており、この歪みに気づくためには、十分な対話が必要ですし、逆説的に聞こえるかもしれませんが、その人の自己肯定感を高め、他人のことを考えられる心の余裕を持たせることが必要なのです。

適切な治療を誰しもが受けられる環境や社会の理解が望まれますが、性犯罪の場合には、自助グループの活動の場を見つけるのも大変な面があるなど、性犯罪者に必要な場所が作れないという問題もあります。

なお、刑事裁判において、裁判所が受刑に替えて治療を命じる仕組みも検討の余地があります。そもそも、我が国では判決で言い渡せるメニューが少なすぎるのです。

性犯罪を防ぐために欠かせない「幼少期からの教育の力」

——性加害の抑止にも、性被害の防止にも、性教育は効果があるのでしょうか。

長い目で性犯罪被害を減らしていくためには、子どものころからの性教育が重要です。子どもは性犯罪被害を受けていることをまだ認識できないことがありますから、被害に気づけるような、平易な言葉での教育が欠かせません。

また、性被害を受けたことを認識しても、家族などに申告できないこともあります。親や幼稚園・保育園、学校などで子どもと接する大人には、子どもの異変に気づき、介入して心の傷の治療につなげることができるような能力を持つことも求められます。

性犯罪を「いたずら」と軽い言葉に置き換えるようなことをせずに、「人格を蹂躙する犯罪」だと教えなければいけません。

ユネスコ国際連合教育科学文化機関)では、包括的性教育の必要性を説いています。

すなわち、(1)人間関係、(2)価値観・人権・文化・セクシュアリティ、(3)ジェンダーの理解、(4)暴力と安全確保、(5)健康とウェルビーイングのためのスキル、(6)人間のからだと発達、(7)セクシュアリティと性的行動、(8)性と生殖に関する健康 といった総合的な性教育の必要性を説いており、そのような教育により、無軌道な性行動や性犯罪が減少したという調査もあります。

我が国では、性犯罪に関する法改正についての広報すら十分にしておらず、性に関する啓発、教育について、恥ずべき後進性があると思います。

幼いころからの性教育によって、成長段階に合わせた知識を学ぶことが、性犯罪の加害者にも被害者にもならないことにもつながっていくと思います。

犯罪被害をゼロにすることは難しいです。しかし、防災における減災のように、知らせること、知ることによって犯罪を減らすことが最も重要なのではないでしょうか。

【取材協力弁護士】
宮田 桂子(みやた・けいこ)弁護士
東京大学法学部1985年卒業。1988年4月弁護士登録。第一東京弁護士会所属。最高裁判所司法研修所教官(刑事弁護)、法制審議会刑事法部会(性犯罪関係)委員、法務省性犯罪の罰則に関する検討会委員などを務めた。再犯防止等検討会有識者委員、駒澤大学法科大学院特任教授、日弁連刑事弁護センター副委員長
事務所名:宮田法律事務所

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