特殊清掃の現場は、常に危険と隣り合わせ。思わぬところで怪我をしたり、病気で1週間ぐらい寝込んだり、精神的におかしくなって退職するスタッフなどもめずらしくはない。

 都内を中心にさまざまな現場で特殊清掃を手がけるブルークリーン株式会社で働きながら、特殊清掃の実態を伝える登録者5万3000人以上のYouTubeチャンネル「特殊清掃チャンネル」を運営している鈴木亮太さんに詳しい話を聞いた。

◆現場では“防護服”の着用が重要

 従業員たちは破傷風や肝炎などの予防接種を行っているそうだが、リスクはゼロにはならない。

「孤独死の現場には血液や体液が残されている状態です。もし体液が口に入ったり、怪我をして傷口から入ったりすると病気になる可能性があります。代表的なものは破傷風B型肝炎C型肝炎といったものですが、まれにHIVなども潜んでいるので、最後の仕上げ状態になるまでは基本的に防護服の着用を義務付けています」

 ブルークリーンではどんな状況でも防護服の着用を徹底している。

「従業員で、いくら暑いからって防護服を脱いで作業しようとする場合は厳重注意しています。自ら感染症のリスクを高める行為にあたるので、作業中は必ず着用することを徹底しています。時々ですが、一緒に現場に入りたいというお客様もいらっしゃいます。そのような場合も必ず防護服の着用をお願いしています」

 お客さんが立ち会う際には、現場に入った際のリスクを全て説明しているという。それでも現場に入りたいのかどうか……。

「現場を見に来たお客さんが病気にかかっても我々は一切責任を取れないじゃないですか、お客さんが『感染しないから大丈夫だよ』と思っても実際は何があるかわかりません。防護服は使い捨てです。安いもので1着1000円弱くらいで、高いものでも3000円弱くらいです。コストはかかりますが、高いものの方が破れにくかったりするので安全です」

◆猫に襲われて破傷風に感染

 ここまで徹底していても感染症にかかってしまう従業員は出てくるという。

イレギュラーなケースですが、たくさんの猫を飼っている家の清掃で、猫に襲われて防護服が破けて皮膚が傷ついて、破傷風になった従業員がいました。ワクチンもきちんと打っていたのですが、直接爪で攻撃されたのがかなり効いたのでしょう。熱が出て傷口も膿んで大変だったようです。約1週間くらい寝込んでいました。嘔吐や下痢もしてまともな生活ができなくなったようです。もしかすると破傷風だけじゃなく、別のウイルスにも感染していた可能性も大いにあります」

 幸運なことに(!?)今のところは肝炎にかかった従業員はいないそうだ。

「防護服は汚れた体液だったり、糞尿だったり、そういったものを物理的に除去し切って、室内に除菌洗浄剤や消臭剤などを全部撒いてからじゃないと脱いではいけないマニュアルになっているんです。これは全てアメリカの特殊清掃マニュアルを参考にしています。そういったマニュアルを徹底的に守らせることが、病気の予防になっているのは間違いありません」

◆現場の視覚情報が悲惨すぎて…

 肉体的な病気だけではなく、“こころの病気”にかかる人もいるそうだ。

「入社したばかりの人たちにとって、ほとんどの現場があまりにもショッキングなため、日常生活を送っている中で、仕事中の視覚情報がフラッシュバックしてしまうなどの症状は多いです。そこで仕事を辞めてしまう人もいます。

 作業中に体調を崩したり、自律神経が乱れて汗ダラダラ、心臓バクバクで過呼吸みたいな。幸いなことにうちのスタッフは悲惨な現場などに耐性が強い人が多いのですが、それでもやっぱり初めての現場の時は『壮絶でした』と言っていましたね。1日まったくお腹がすかないみたいな」

 そういう過酷な現場で身体がおかしくなる人もいるという。

「多くの人は食欲がなくなるのですが、まれに『お腹が空く』と言っている人もいますね。もちろん体を動かすのでお腹が空くのは自然現象でもあるんですが、何人か同じような人がいたので、僕の考えでは、凄惨な現場を目の当たりにして、生存本能が刺激されて、身体が“生きなくては……”と元気になったのではと考えています。こういう機能は人間の本能として備わっているのだと思います」

 さらに案外侮れない“病気のもと”がある。

「部屋に入るとツーンとした匂いが蔓延していて、壁一面に真っ黒のカビが生えていたりすることがあります。長時間いると防護服を着ているのにもかかわらず、アレルギー反応なのか頭痛がしたり、暑くないのに汗ばんできたりするんです。カビも吸い込みすぎると記憶障害の原因になったりするみたいで、実はかなり危険です」

◆薬剤の影響で「指紋がなくなってしまった」

 また薬剤のアクシデントも起こりうる。

「清掃の過程で濃度が高い塩素を使うことが多いのですが、その時に防護服を着ていればよかったものの、最終段階の作業だったので油断していました…薬剤が体にかかって化学火傷が起きてしまって、皮膚がただれたというトラブルはありました。また防護服を着ていてもちょっとした隙間から薬品が入って化学火傷を起こしてしまったり、イレギュラーは尽きません。なので、常に油断は禁物です」

 劇薬の清掃道具を使っている最中のトラブルもあるという。

「会社の創業当初くらいで、右も左もわからないころの失敗談なのですが、最後の仕上げの清掃の時に苛性ソーダを使うことがあったんです。これは僕のただの不注意なんですが、仕上げなので防護服や手袋などを全て脱いで作業していて。これはタンパク質を溶かす成分があるので、手につくとぬるぬるして変な感触なんですよ。仕事が終わって家で自分の手をまじまじと見てみたら、指紋が全部なくなってしまいました。やっぱり防護服は最後まで脱がないのがいちばん安全なのだと思います」

<取材・文/山崎尚哉>

【特殊清掃王すーさん
(公社)日本ペストコントロール協会認証技能師。1992、東京都大田区生まれ。地元の進学校を卒業後、様々な業種を経験し、孤独死・災害現場復旧のリーディングカンパニーである「ブルークリーン」の創業に参画。これまで官公庁から五つ星ホテルまで、さまざまな取引先から依頼を受け、現場作業を実施した経験を基に、YouTubeチャンネル「BLUE CLEAN【公式】」にて特殊清掃現場のリアルを配信中!趣味はプロレス観戦

作業中は防護服を着用する