
生成AIの普及が加速する中、俳優や声優の「声」を無断利用する行為について法的な問題が生じる可能性があるとして、経済産業省がその一例を示した資料を公開した。
経産省の資料では、以下の2つのケースが「不正競争防止法違反となる可能性がある」と紹介されている。
・ある人物と同一の声を出力する生成AIを用いて、その人物の持ち歌ではない曲を歌わせ、動画投稿サイトにアップする
・ある人物と同一の声を出力する生成AIを使って、その人物の声を使用した目覚まし時計を作成・販売する
これらの行為が、なぜ法律違反になる可能性があるのだろうか。知的財産にくわしい高木啓成弁護士に聞いた。
●「マリカー事件」にも使われた法律不正競争防止法とは、事業者間の公正な競争を守るために、模倣品の販売や営業秘密の不正取得、産地偽装などを禁止する法律です。
あまり馴染みがないかもしれませんが、たとえば公道カートを運営する事業者に対して任天堂が起こした訴訟、いわゆる「マリカー事件」で、この法律が根拠として使われました。
この事件では、任天堂のキャラクターであるマリオやヨッシーなどのコスチュームや、「マリカー」商号の使用などが不正競争防止法違反とされて、任天堂の請求が認められました。
●「商品等表示」という概念がポイントになる不正競争防止法で禁止されている行為の一つに、他事業者の「商品等表示」の不正利用があります。具体的な禁止行為は、次の2つです。
(1)需要者の間で広く知れ渡っている他事業者の商品等表示に類似する商品等表示を使うことにより、事業主体の混同を招く行為(不正競争防止法2条1項1号)
(2)著名な他事業者の商品等表示に類似する商品等表示を使う行為(同2号)
ここで重要になってくるのは、「商品等表示」という概念です。
商品等表示とは、消費者が「あ、あの会社の商品だ」と認識できるような表示のことです。会社名や商品名が典型例ですが、それだけでなく、商品の形状(バラの花の形状のチョコレート)も商品等表示に該当するという裁判例があります。
マリカー事件では、マリオやヨッシーというキャラクターの容姿も任天堂の著名な「商品等表示」に該当すると認定されて、これらのコスチュームを使ってカートを運営することは不正競争防止法違反にあたると判断されました。
ちなみに(1)と(2)の違いがわかりにくいかもしれませんね。(1)と(2)の違いは、他事業者の商品等表示の知名度の違いです。
たとえば、A社の商品等表示が、ある界隈、ある地域で広く知れ渡っているとします。この場合、A社以外の事業者が、事業主体の混同を招くような形でA社の商品等表示を使用することは禁止されます。これが(1)です。
一方、B社の商品等表示は、ある界隈・地域だけでなく、全国的に著名だとします。この場合は、事業主体の混同を招くかどうかを問わず、他の事業者がB社の商品等表示を使用することが禁止されるわけです。これが(2)です。
●声優にとって声は「商品等表示」に該当しうるさて、本題です。今回、生成AIによる声優や俳優の声の無断利用について、経済産業省が不正競争防止法違反のおそれが生じるとしたのは、声優や俳優にとって、声が「商品等表示」に該当しうるからです。
たとえば、生成AIを使って、声優Cさんの声とそっくりな音声で歌を歌わせ、これがYouTubeに投稿されているとしましょう。
たとえ声優Cさんのクレジットがなくても、その声さえ聞けば視聴者が「あ、Cさんの演技だ、Cさんの歌唱だ」と認識するのであれば、演技・歌唱を事業とする声優Cさんにとって、自身の声は、自分の事業の「商品等表示」に該当しうるわけです。
そのため、Cさんの声がある地域・ある界隈で知れ渡っている場合、そっくりな音声でAIを使ってそっくりな音声で歌わせてYouTubeに投稿する行為は、不正競争防止法2条1項1号の禁止行為(1)に該当することになります。
一方、そのYouTube動画のタイトルが「AIのCさんに歌わせてみた」となっていた場合はどうでしょう。
この場合、YouTube投稿者は、はっきりと「AIに歌わせてみた」と表示しているので、視聴者は、本物のCさんではなくAIが歌っていると気づきます。つまり、事業主体の混同は招かないため、(1)の行為には該当しません。
しかし、もし、Cさんの声が全国的に著名だったという場合は、同2号の禁止行為(2)には該当しえます。(2)の行為は、事業主体の混同を招くかどうかを問わず、禁止されるからです。
今回、経済産業省が示した見解は、このようなことです。
●著作権法上の「声」の位置づけは?声優の「声」というと、著作権法を思い浮かべる方も多いと思います。そこで、著作権法との関係でも考えてみましょう。
まず、少し注意すべきなのは、声優の「声」自体は、創作的な表現物とはいえないので、著作物ではなく、著作権では保護されません。もちろん、声優が演じているセリフについては著作物といえることもありますが、そのセリフは、原作者や脚本家の著作物であり、やはり声優自身の著作物ではありません。
とはいえ、著作権法は、著作物だけでなく、実演(歌ったり、演奏したり、演技をしたりすること)も、著作隣接権という権利で保護しています。
そのため、声優が「演じているときの声」は、実演として、著作隣接権で保護されます。
●「著作隣接権の侵害」にならないワケそうであれば、AIで声優の「声」を作ることは、著作隣接権の侵害になるのではないか、と思いますよね。
実は、そうではないのです。どうしてかというと、著作隣接権が保護しているのは、その「実演そのもの」だけだからです。
具体的には、たとえば、アニメから声優の声をトリミングして、それを自分の動画や商品に使えば、著作隣接権侵害になります。
しかし、その声優の声をモノマネして、それを自分の動画や商品に使うのであれば、たとえそっくりだとしても著作隣接権の侵害にはならないのです。
AIは、声優のセリフを学習していますが、生成するものは、その声優の声をどこかからトリミングしてきたものではなく、AIが新たに生成した音声です。
そのため、このようなAIの利用は、声優の著作隣接権の侵害にはならないのです。
●生成AIを使う人が注意すべきこと最後に、生成AIの利用で注意すべきことを確認しましょう。
一般的な生成AIの利用の場面で注意すべきことといえば、やはり「他人の権利を侵害しないこと」です。主な対策としては、
・問題のありそうなAIは使わない
・入力したプロンプトを記録しておく
・AIで生成された生成物が既存の著作物と類似していないか、チェックする
・既存の著作物やキャラクターの名称をプロンプトに入力することはできるだけ避ける
といったところです。
一方、生成AIはここ1〜2年でも急速に進化していて、プロのクリエイターが制作現場で利用することができるものになりつつあります。
たとえば音楽制作でいえば、1年前であれば、Suno AIに音楽を生成させることができる程度でした(それでも衝撃的でしたが)。
ところが、最近は、そのSuno AIが生成する音楽もどんどん進化していることに加え、そうやって生成された音楽を別のAIを使ってボーカル・ギター・ベースなどの各トラックに分解して、さらに各トラックをMIDIトラック(ソフトウェア音源を演奏させるための譜面データのようなもの)に変換し、DAW(音楽制作ソフトウェア)上で自由に編集したり、好きなソフトウェア音源に差し替えることまで可能になり始めています。
つまり、最初の素材はAIに生成させて、そこから自分の作品を著作・制作していくということがシームレスに可能になりつつあるのです。
このようなプロのクリエイターの現場では「他人の権利を侵害しないこと」だけでなく、「AI生成物は単なる初期の素材であり、完成した作品は自分の著作物であるといえるようにしておくこと」が必要になってきます。
そうでなければ、その作品は著作権法上の保護を受けることができないためです。
ですので、プロのクリエイターにとっては、いよいよ、制作過程をすべて記録していくことが必要になってくるのではないかと思います。DAWにそのような機能が搭載される日も近いのかもしれません。
【取材協力弁護士】
高木 啓成(たかき・ひろのり)弁護士
福岡県出身。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。映像・音楽制作会社やメディア運営会社、デザイン事務所、芸能事務所などをクライアントとするエンターテイメント法務を扱う。音楽事務所に所属して「週末作曲家」としても活動し、アイドルへ楽曲提供を行っている。HKT48の「Just a moment」で作曲家としてメジャーデビューした。Twitterアカウント @hirock_n
事務所名:渋谷カケル法律事務所
事務所URL:https://shibuyakakeru.com/

コメント