
「この場所で、ずっと暮らしていけると思っていたのに――」。高齢者が終の棲家として選んだ「老人ホーム」に、安心して住み続けることすら難しくなりつつある今、確実に追い詰められている人たちがいます。
まさに理想だった「サ高住」に物価上昇の波
大野節子さん(仮名・81歳)は、元気で自立した生活を送っていたものの、年金月15万円だけでは老人ホームでの生活が難しくなってきていました。都心から少し離れた静かな環境が魅力のサービス付き高齢者向け住宅で生活をしていたた大野さんは、これまで何とかやりくりしてきたものの、近年の施設費用の値上げに直面し、生活がどんどん厳しくなっていったのです。
「入所を決めたのは、かれこれ7年ほど前のことです。夫が亡くなり、ひとり暮らしに不安を感じていたので、思い切って決めたんです」
決め手はまずは費用。入居時費用として100万円、月額費用は月14万円。サービス付き高齢者向け住宅は、介護施設と自宅の中間的な高齢者住宅のイメージですが、入居を決めた施設は介護・医療体制も充実しているうえ、緑の多い立地。すべてが理想的だったといいます。
しかし、昨今の物価高は、大野さんが入所する老人ホームにもじわりじわりと影響が――。
「1年ごとに数千円の値上げが続いていたんですが、今年は一気に2万円の値上げとなって、月額費用は19万円に。月額費用に含まれない諸費用も高くなっているから、本当にやりくりが大変です」
収入が固定されているなか、支出が増え続けていくというジレンマ。老人ホーム入居者だけでなく、年金を頼りにしている全高齢者が直面している問題です。
内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』によると、前回2019年調査と比較し、「心配なく暮らしている」という高齢者は74.1%から65.9%に低下。支出増により預貯金を取り崩すことがよくある/時々ある」と回答した人の割合は61.2%と、前回調査より13ポイント程度増加しました。また今後の不安として「物価上昇」と回答した人の割合が74.5%と、極めて高い傾向にありました。
「来年も同じように値上げが行われたら、いよいよ転居を考えないといけないですね」と大野さんはため息をつきます。
老人ホームに入居してできた親友から「まさかの懇願」
さらにこの春、本当にやるせないことが起きた大野さん。ある日、老人ホームで出会った友人である田中さん(仮名・80歳)から、涙ながらに「お金、貸してもらえない?」と懇願されたというのです。
田中さんとは同い年で、しかも入居のタイミングがほぼ同じという縁もあり、すぐに仲良くなりました。趣味のガーデニングを通して親交を深め、親友と呼べるような仲だったといいます。
「70、80という年齢になって、親友と呼べる人ができるなんて思ってもみなかった。だからこそ、彼女の存在は私にとってすごく大切なものなの」
そんな親友から、まさかのお金の無心。やはり田中さんも昨今の物価上昇により困窮していたのです。とても月2万円の値上げには耐えることはできず、退居するしかない。ただできることであれば、ここにいたい――そんな一心で大野さんに打ち明けたのです。
しかし大野さんは簡単に首を縦に振ることはできませんでした。何かあったときのために、基本的にお金の管理は長男に任せています。引き落とし以外のお金=毎月のお小遣いは、長男から受け取っていました。自分のお金とはいえ、簡単に引き出せないため、長男に何とかできないか相談。しかし、「お母さんの親友だからこそ、お金の貸し借りはやめたほうがいいんじゃない。それにうちもギリギリだよ」と、真っ当な答えが返ってきました。
自分には何もできない無力感、絶望感。結局、費用的に限界と、田中さんは費用感の合う施設へと転居していきました。
いつもそばに親友がいる生活を失い、心にぽっかりと穴が――そんな気持ちから抜け出せずにいるといいます。
高齢者の住まいとして存在感を増し続けている老人ホーム。ただ費用感のハードルは上がっているのが現状です。たとえば大野さんが入居しているサービス付き高齢者向け住宅、いわゆるサ高住。株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護の調査によると、2018年と2024年の費用感を比べた場合、東京だと、入居時費用が52.6万円から29.4万円にダウン。一方、月額費用は入居時費用ありだと21.0万円から21.7万円、入居時費用なしだと18.7万円から20.0万円にアップしています。またサ高住の場合、介護が必要になると介護サービス費用が加算されるため、費用感に余裕をもって入居する施設を決める必要があるでしょう。
いつまで続くかわからないインフレ。老人ホームにおいても、運営を続けるためには値上げは仕方がないことです。一方で、年金はインフレ以上に増えることは望めず。年金への依存度が高い人ほど、「終の棲家と決めていた老人ホームでも退去しなければならない」という事態に直面してしまうのです。
[参考資料]
株式会社LIFULL senior/LIFULL 介護『サービス付き高齢者向け住宅のトレンドデータ』

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