
第二の人生は一国一城の主に――そのように志し、定年とともに起業するシニアたち。その多くが「これまでの経験を生かせば何とかなる」という気持ちで臨むものの、現実はそれほど甘いものではありません。
夢見た第二の人生、カフェオーナーへの道
食品の卸売会社で働いていた藤原進さん(62歳)。60歳の定年で再雇用制度を利用せず、会社を去りました。直前の月収は55万円。退職金はその38ヵ月分。これを元手に、藤原さんは長年温めてきた夢を叶えようとしていました。それは、地域の人が集う温かい雰囲気のカフェを開くことです。
会社員時代、仕事の合間に立ち寄るカフェでのひとときが、何よりの癒やしだったといいます。「いつか自分も、あんな空間を提供したい」という思いが、定年に向けて次第に大きくなっていったのです。また、ずっと食品関連の仕事に携わってきたというキャリアもカフェであれば存分に生かせるだろうという目論見もありました。
退職金を元手に、藤原さんは都心から少し離れた郊外に小さな店舗を見つけ、念願のカフェ開業に向けて準備を進めました。実は学生のころに住んでいた街に近く、少なからず土地勘があったことも、この地を選んだ理由のひとつでした。
「学生のころ、ここにもお気に入りの喫茶店があって、よく行っていたんですよ。名物の鉄板にのったミートスパゲティが美味しくて。もうその喫茶店はないのですが、そんな名物があるカフェを作りたいなと思っていました」
内装にもこだわり、妻と一緒にメニュー開発にも励みました。
「これから楽しいセカンドライフが始まる!」
長年の夢が現実になることへの期待で胸がいっぱいだった藤原さん。そして、オープン日。初日は友人や知人、会社員時代の同僚などが駆けつけ、大いに賑わいました。またタウン誌でも紹介され、そのあとも客足は顕著に推移。「昔からあるような雰囲気で、居心地がいいね」。そんな客からの声に感無量。「地域の人が集う温かい雰囲気のカフェをつくる」という夢を見事に実現したのでした。
こんなはずでは…シニア起業「理想」と「現実」
しかし、客足は徐々に遠のいていきました。藤原さんのカフェは、最寄り駅から徒歩15分と決して立地が良いとはいえず、どちらかといえば「隠れ家的カフェ」「路地裏カフェ」のような雰囲気。繁華街では成立した立地だったかもしれませんが、住宅街の特徴が強い藤原さんのカフェがある街では、少々難ありだったのかもしれません。ところが藤原さん、立地が厳しいことは最初からわかっていたといいます。
「こだわりのメニューに、こだわりの空間……よい店を作ったら、立地なんて関係ない。現役時代の経験からか、変な自信がありました」
開店時の思いを信じ、SNSなどの広報活動を繰り広げるも実を結ばず――どんなにこだわりのカフェであっても、それだけを訪れるには難しい街でした。仕入れや人件費(最初は藤原さん一人、後にパートを雇用)といった経費は日々発生。しかし、売上は期待した額には遠く及びません。あっという間に運転資金が目減りしていくのを目の当たりにし、次第に焦りを感じ始めました。
会社員時代には、売上目標や経費計画は会社の周到な事業計画に基づいていました。しかし、自分の事業となると話は別です。市場調査はあまりに不十分でした。
「もっとしっかりと計画を立てておくべきだった。飲食店がこんなにも厳しいなんて……本当にバカでした」
その後もテイクアウトを始めるなど、様々な対策を試みましたが、焼け石に水。家賃の支払いや仕入れ代金、光熱費などが重くのしかかり、退職金を取り崩すスピードは加速していきました。資金繰りは悪化の一途をたどり、開店からわずか8ヵ月後、藤原さんのカフェは静かにそのシャッターを下ろしました。2,000万円あった退職金も、カフェの開業資金と赤字補填ですべて消えてしまったといいます。
「自分でも1年ももたないとは、思ってもみませんでした」
総務省によると、2023年の「60~64歳」の就業率は74.0%、「65~69歳」は52.0%、「70~74歳」は34.0%。いずれも右肩上がりとなっています。働く意欲の高い高齢者が増えるなかで、起業という選択肢を選ぶ人も少なくありません。これまでの経験や知識を活かしたい、社会と繋がり続けたい、といったポジティブな理由が多い一方で、藤原さんのように「バカでした」とため息をつく結果に終わるケースも珍しくありません。
日本政策金融公庫総合研究所『新規開業実態調査』によると、開業時の年齢は上昇傾向にあり、2024年度の平均年齢は43.6歳。60歳以上は6.3%と、この10年ほどは新規開業者の6~7%を占めています。また開業直前の勤務先からの離職理由についても「定年退職」は2.1%と、「自らの意思による退職」が8割強と大多数を占めるなか、少ないながらも一定数はセカンドライフとして起業を志す人が一定数いることを示唆しています。さらに売上状況が「増加傾向」が6割を占める一方で、3割は「赤字基調」と、起業した人全員が成功するとは限らないことがわかります。
藤原さんは、カフェの閉店後、ハローワークに通い、現在は非正規の職を得ています。
「私は失敗しましたが、夢を追って後悔はありません。しかし、同じように起業を志す同年代の人にはぜひ、成功してほしい。私のように変な自信を持たずに、冷静に判断してほしいですね」と、藤原さんはエールを送っています。
[参考資料]
総務省『統計からみた我が国の高齢者』
日本政策金融公庫総合研究所『2024年度新規開業実態調査』

コメント