悪質なクレームや暴言など、顧客からの理不尽な要求に従業員が苦しめられる「カスタマーハラスメントカスハラ)」が社会問題化している。

こうした中、首都高速道路株式会社が「切電マニュアル」を導入した。一定の基準に基づき、顧客の電話を途中で打ち切る対応策だ。

カスハラ問題の専門家、能勢章弁護士は、このマニュアルを「従業員を守るうえで非常に有効」と評価する。一方で、4月に独自の条例を施行した東京都が手引きとして各団体向けに作ったマニュアルには苦言を呈した。

⚫︎切電マニュアル「非常に有効」

首都高が2023年5月に導入した「切電マニュアル」。30分以上同じ主張を繰り返す、不当な要求、威圧的な発言・口調などがあった場合、相手に伝えたうえで電話を切るというものだ。

能勢弁護士はこのマニュアルについて「非常に有効」と太鼓判を押す。

カスハラのような非常事態が起きたときに、従業員が一番困るのが、何をするべきか、もしくは何をしなくてもいいのかがわからないということです。

わからないことで余計に不安が高まるという面があるので、明確に何分対応したら切るとか、暴言があったら切るというのは、従業員を守るという意味で、安心感を高める手段になっていると思います」

⚫︎カスハラに「寄り添う」都の姿勢に苦言

東京都では4月のカスハラ条例施行に合わせて、各団体でマニュアルを作成するための手引きとなるようにと「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」をまとめた。

マニュアルに書かれた顧客対応の基本姿勢の一つに「顧客等との良好な関係を築くためには『相手の気持ちを理解すること』が大切です。的外れなクレームも、背景に孤独・ストレス・不安などがある場合も考えられます。背景を推し測る傾聴ができれば、エスカレートしない可能性が高まります」とある。

能勢弁護士はこの一文を基本姿勢として求める都の姿勢に疑問を呈する。

「もしかしたら本当に孤独やストレスを感じているのかもしれません。でもカスハラ被害を受けた現場の従業員は、カスハラ加害者の孤独やストレスのはけ口にされて精神的に傷ついてるわけです。

そこまでして、『背景を推し測る傾聴』をしなければいけないのか。「この人は私に対して暴言をはくけど、きっとストレスがたまっていて大変なんだろう」と我慢して傾聴しなければならないのでしょうか。

そんなわけがありません。結局はカスハラ対策を接客業務の一環で考えていて、カスハラ加害者も誠実に対応すべき『顧客』扱いしているんです。

カスハラ加害者はもはや顧客ではありません。顧客でないからこそ、商品・サービスの提供を中止したり、退店を促したりして、毅然とした対応をおこなうことができるのです。

消費者を大切にするのは重要ですが、マニュアルにおいては、顧客とカスハラ加害者を区別するという部分がまだまだ不十分です。

カスハラ対策においては従業員を守るということに力点を置く必要があるのに、カスハラ加害者の的外れなクレームの背景まで傾聴しないといけないとするのは、重視するポイントがずれています」

⚫︎カスハラ放置は消費者へのサービス低下につながる

能勢弁護士はカスハラをなくすためには社会全体が許さないという雰囲気を作ることが重要だと強調する。

カスハラの現場を見たときに同情的な気持ちになると思います。そこに加えて、自分に対するサービスの品質にも関わるという視点も持ってほしいです。

カスハラが多い現場は離職率が高い。人手がなければ、残業が増える。残業が増えると疲れがとれずサービスが低下する。つまりカスハラを社会から根絶することは、消費者として、いいサービスを受けるための一つの方法でもあるんです。

客の立場から見てもカスハラは結局自分たちのサービスとして跳ね返ってくるんだという視点が重要だと思います」

【取材協力弁護士】
能勢 章(のせ・あきら)弁護士
カスハラ専門の弁護士。カスハラという言葉がない時代からBtoCの企業から依頼を受けて困難なカスハラ案件に数多く従事する。カスハラ対策及びカスハラ対応に関する情報を発信するサイト「正しいカスハラ対策で従業員を守る方法 - カスハラドットコム (kasuhara.com)」を運営している。
事務所名:能勢総合法律事務所
事務所URL:https://kasuhara.com/

カスハラ電話、傾聴すべき?都のマニュアルを専門家が苦言「孤独やストレスのはけ口になる必要なし」