ハチは心をもっている――1匹が秘める驚異の知性、そして意識
『ハチは心をもっている――1匹が秘める驚異の知性、そして意識』(みすず書房)著者:ラース・チットカ

タコの精神生活: 知られざる心と生態
『タコの精神生活: 知られざる心と生態』(草思社)著者:デイヴィッド・シール

多様な生物の能力を知り、活かしたい

近年チンパンジーをはじめ魚も含め脊椎(せきつい)動物には心という言葉を用いるようになってきた。

ここではハチとタコという無脊椎動物の研究者が、心、知性、意識、という言葉で彼らの行動を語る。人間の脳につながる機能の根は、5億年より前から存在することを示すことになる。

ハチでは社会性や蜜集めの行動に注目する。色彩学習の速度はハチが一番、それに魚類、鳥類が続き、ヒトの幼児が一番遅かった。機械刺激の受容体をもつ触角で、電気刺激も味も感じるハチは、さまざまな面で人間より優れた反応をする。それぞれがそれぞれに獲得した感覚能で世界を見ているのであり、比べることには意味がない。

社会性が強調されてきたハチが、花の蜜にアクセスする動作の獲得にかかる時間などに個体差が見え、能力によって分業しているのも興味深い。狭い場所を通り抜ける時に体を斜めにするマルハナバチは、体の大きさを認識、つまり自己イメージをもっていると考えた著者は、ハチの意識という問いを立てる。

ハチとは逆に単体行動をとり、共食いをするとされてきたタコに、集団行動が見られた。オーストラリアで、互いが見える範囲で興味を示し合い、巣穴を奪おうとする新参者を、近くのタコが追い出すという観察もある。タコの社会性というテーマが生まれた。

研究室で飼育していたタコが、急に積極的になったのは、隣の水槽にいた大きなタコを海に戻し、代わりに小さなタコを入れた時である。タコは両眼視ができないが、対象の自分との距離や大きさを捉えることはできるのだ。色はわからないが、偏光を識別できるので、これまた人間とは異なる能力で世界に対応している。

皮膚には眼と同じ感覚性分子とさまざまな色素胞があり、それらの伸縮によって皮膚に模様をつくり、捕食者を見た時、異性に出会った時など、さまざまな場面で特定の模様になる。ある時、眠っているタコの腕先がピクピク動き、体の模様が波のように体全体を移動し始めた。この変化を追えば、夢を見ていることが分かるかもしれない。著者の夢である。

どちらも更なる研究が必要な段階ではあるが、興味深いのは、著者らの態度だ。「自分がハチになったつもりで、日常世界のどんな側面が自分にとって重要か、それはなぜなのかを考えてみるといい」、「私はタコがどのように生き、どのように世界を体験しているのか知りたかった」。科学は自然を外から見て客観的事実を語るものであり、対象に入り込むことは禁じられてきた。しかし相手を知るには相手になった気になるのが一番だ。小さな生きものをよく見つめ、そこから学ぶことで地球でのよい生き方を考える時代になったのだ。心、意識、知性などの解明はこれからだが、人間の能力で集めた大量のデータだけを振り回すより、多様な生きものの能力を知り、それを活かす方が、間違いなくより豊かで楽しい暮らしが生まれると思っている。

【書き手】
中村 桂子
1936年東京生れ。JT生命誌研究館館長。生命誌という新しい知を提唱。東京大学理学部、同大学院生物化学博士課程修了。

【初出メディア】
毎日新聞 2025年3月15日
多様な生物の能力を知り、活かしたい