安倍晋三元首相が2022年7月に銃撃されて死亡した事件で、殺人や銃刀法違反の罪に問われている山上徹也被告人の裁判員裁判の初公判について、奈良地裁が10月下旬に開く案を示したと複数のメディアが報じました。

事件発生から3年近く経って、ようやく裁判開始の目処がたったかたちです。なぜこれほどまで時間がかかったのでしょうか。そして、裁判の争点はどこなのでしょうか。刑事事件にくわしい神尾尊礼弁護士に聞きました。

●「再逮捕再勾留」が複数回おこなわれた可能性

初公判まで時間がかかったのは、大きく分けて、起訴前の要因と起訴後の要因が考えられます。まず、起訴前の要因としては、大きく(1)再逮捕再勾留が続いた可能性(2)起訴前鑑定が長引いた可能性──の2点があります。

(1)再逮捕再勾留が続いた可能性

事件では、複数の罪名で起訴されていることから、再逮捕、再勾留が複数回されたと思われます。再逮捕、再勾留がおこなわれると、そのたびにおおむね20日間強は拘束期間が伸びます。

(2)起訴前鑑定が長引いた可能性

報道によれば、起訴前鑑定がおこなわれたとのことです。起訴前鑑定は通常2〜3カ月ですが、大きな事案や複雑な事案になると、鑑定期間が延長されます。まれに複数回、起訴前鑑定がおこなわれることもあります。

今回の事件では、複数回おこなわれたとの報道はなく、実際はわかりかねますが、背景がある事件なので、通常の期間では終わらず、延長された可能性は相当あると思います。

●検察側弁護側だけでなく、裁判所の都合も要因に

起訴後の要因は大きく分けて4点あります。

(ⅰ)証拠開示

起訴されたからといって、自動的に検察官の手持ち証拠をみることができるわけではありません。公判前整理手続の中では、検察官の手持ち証拠を開示するよう請求する手続きが用意されています。

かなり前から任意に開示する運用にはなっていますが、あくまで任意ですので、きちんと開示請求をする必要があります。今回の事件は、証拠も膨大でしょうから、証拠開示に不可避的に時間がかかったと思われます。

(ⅱ)追起訴

報道では、銃刀法や火薬類取締法で追起訴されたとのことです。一方で、公職選挙法は不起訴とのことで、検察庁として起訴・不起訴の判断に相当程度時間を要した可能性があります。

弁護人としては、追起訴のたびに証拠開示をすることになり、その分時間が伸びます。

また、弁護人の主張や立証の方針も、すべての追起訴が出揃わないと通常は立てられません。

このように、証拠の面、立証計画の面で「追起訴待ち」の状態になっていたと思われ、この分期間が伸びたと思われます。

)弁護人の主張の組立ての難しさ

今回の事件は、起訴前鑑定があるので、責任能力を争えるか検討した可能性があります。そのためには、協力医に意見を聴きに行くなどしたと思われます。そして、最終的には情状鑑定を請求しています。

つまり、弁護人としては、一度、責任能力を争うかどうか判断し、その主張を諦め、情状鑑定に切り替えたということが想定されます。このように、主張を練るのに相当時間を要したと思われます。

さらに、情状鑑定請求は50条鑑定とは異なり、責任能力を問題とするわけではないですが、公判前整理手続でおこなわれる検察官との攻防の激しさは変わりませんし(意見書を出し合うこともあり、往復に時間を要します)、さらに裁判所の判断にも時間がかかります。

報道によると、責任能力絡みではなく、銃刀法の「拳銃等」にあたるかも争点となっているようです。発射能力の問題だとすると、工学鑑定などを含め、専門家に意見を聴きに行く必要があった可能性もあります。

このように、弁護人として主張を組み立てるのに時間がかかる事件だった可能性があります。

さらに、被告人と意思疎通がとれていれば、主張も組み立てやすいですが、被告人のパーソナリティによっては、何度も接見に赴いて意向を確認する必要があったかもしれません。

(ⅳ)裁判所の都合

最後に、裁判所の都合です。裁判員裁判は連日開廷です。つまり、裁判所が連日空いていることが必要なわけです。他の事件との兼ね合いもあり、現在非常に先の予約を入れられることが増えています。半年先の予約となることもざらです。

特に今回の事件では、警備法廷(厳重な警備を実施している法廷)を確保し、場合によっては警備体制を調整する必要もあります。

警備法廷は、特殊な法廷で、裁判所によっては予約が取りづらいこともあります。このように、裁判所の都合でどうしても先にならざるを得なかったと思われます。

なお、裁判員裁判では公判期日が決まったら、6週間(実務上8週間)以上空けて裁判員候補者に知らせを送付しないといけません。ただ、近年では、期日の仮予約を活用するので8週間の縛りによって、公判が先になってしまうということはほとんどみられなくなったと思っています。

●主な争点は動機と経緯

報道によると、殺意や責任能力は争わないようです。銃刀法の「拳銃等」にあたるかどうかは争点のようですが、工学的な鑑定で結論は出るので、多くの時間が割かれることはないと思われます。

情状鑑定を求めたことから、犯行に至る経緯や動機の審理に時間が割かれると思います。殺人事件は、動機犯と呼ばれるほど、動機が量刑に大きなウェイトを占めますが、今回の事件では、特に動機や経緯に焦点が置かれると思います。

●初公判から判決まで2カ月以上「若干長い」

報道では10月下旬に初公判がおこなわれ、来年1月に判決が出る見込みとされています。この期間については「若干長い」と感じています。

争点のない裁判員裁判だと判決まで1週間後くらいが多く、争点のある事件でも1カ月ほどです。私が担当した重大でかつ争点が複数あった裁判でも2カ月くらいでした。

今回、責任能力や殺意が争点になっていないことからすると、公訴事実の立証にそれほど時間がかかることはないので、2カ月くらいとなると若干長くとっているとすら思えます。

【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。一般民事事件、刑事事件から家事事件、企業法務まで幅広く担当。企業法務は特に医療分野と教育分野に力を入れている。
事務所名:東京スタートアップ法律事務所
事務所URL:https://tokyo-startup-law.or.jp/

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