
資生堂で「SHISEIDO MEN(シセイドウ・メン)」「オイデルミン」などの化粧品ブランドを手がけ、現在は「IPSA(イプサ)」のクリエイティブディレクターを務める工藤青石氏。あらゆる領域のクリエイティブに携わってきた工藤氏が考える、ブランドを形づくるデザインとは? 本稿では、『デザインをつくる イメージをつくる ブランドをつくる』(工藤青石著/宣伝会議)から、内容の一部を抜粋・再編集。デザインや制作ディレクションにおいて求められる考え方、ロジックについてひもとく。
リリースからおよそ30年経ったころに、「イプサ」のクリエイティブディレクションを任された工藤氏。長年続くコンセプトを捉え直し、行ったあるプロモーションとは?
コンセプトを可視化する
「イプサ」は非常にコンセプチュアルにできているブランドで、デビュー以来、確たる考え方をずっと継続しています。
生まれては消えていく、もしくは時代の中で方向性が変化していく化粧品ブランドが多い中で、40年近く変わらず基本のコンセプトを大切に守り続けている化粧品は稀有と言えるかもしれません。しかし、それが外から見るとよくわからないのが難点ではないかと私は感じていました。
「イプサ」はコンセプチュアルだったために、特に初期の頃は、一部の限られた人には受け入れられましたが広がらず、売り上げは伸びませんでした。そこで、コンセプトを謳うだけでは幅広い層に広がらないという社内の結論に至ったのでしょう。
新製品の特徴を打ち出すなど、それまでは行っていなかった、化粧品によくある一般的なアプローチが加えられていきました。そうしていくうちに、コンセプトは変わらず持ち続けていながら、外から見ると他の化粧品ブランドと変わらないような印象のブランドになっていってしまったのです。
資生堂にいた頃は、あくまで資生堂の価値観ですが、売り上げが100億円になれば一端のブランドだと言われていました。100億円を達成するのはなかなか難しいことで、一般的には大体10年ぐらいかけて目指す数字ではないかと思います。
「イプサ」は、私がディレクターを務めるようになった2016年時点では130億円でしたが、発売から30年近くかかっていることを考えると、成功と言えるのか微妙なところでした。ある程度の規模にはなったけれど、時間もかかった。さあ、これからどうするか? そんな状態でした。
私は初期の頃から「イプサ」を見てきて、素晴らしいコンセプトを持っていることも、それがうまく広がらなかったことも、そして傍から見るとそのコンセプトがよくわからなくなってしまっていることも知っていたので、ブランドを強化するにあたっては、コンセプトを目に見える形にしながら広げていくためには何をしたらいいのか、という観点で考えることから始めました。
35年継続するコンセプトを再認識する方法
――メタボライザー
「イプサ」の商品ラインの中で根幹となるのが「ME(メタボライザー)」というシリーズです。化粧水と乳液の機能を凝縮した化粧液で、イプサ独自の肌測定やカウンセリングにより、17種類(現在は16種類)の中から今の自分の肌状態に最適な1本が選べるというコンセプトでつくられています。
しかし私が「イプサ」全体のディレクションを手掛けるようになった2016年の時点では、そのコンセプトや、そもそも17種類あるということも、ユーザー以外の人にはほとんど認知されていませんでした。店頭に置かれたパンフレットには詳しく説明されていますが、手に取って見ない限りわかりません。
そこで私が提案したのは、店頭で「1/17」という数字を表記することです。商品に自信があるほど、つい中身や機能について語りたくなるものですが、化粧品の成分はどのブランドも大きな差はなく、どの成分がいいか悪いかなど、お客さまにはわかりません。
結局、特徴化できなくなり、お客さまの心にも響かないという結果に終わるのが落ちです。しかし17種類もある中から自分のために一番いいものを選べる化粧品ブランドは、他にありません。それならば、その最大の特徴を謳えばいい。無数にある化粧品の中でこの商品を特徴づける方法は逆にそれ以外にないと思いました。
早速、平野※のディレクションで商品が沢山並んだ写真を撮り、そこに「わたし基準で、選ぶ。」というコピーと「1/17」の数字を入れたビジュアルをつくり、各店舗のコルトンディスプレイに飾りました。広告など、それ以外のことは特に何もしませんでしたが、売り上げは順調に伸びていきました。
※コミュニケーションデザイン研究所所長/デザイナー/ビジョナリー 平野敬子
その後の調査でも、「沢山の種類の中から選べる」ということを認識してくれている人が増えていることがわかりました。ただ数字を表記しただけで、これだけ伝わる。コミュニケーションはこれぐらいシンプルでもいいのだと実感しました。
「ME」のボトルデザインも1996年から担当し、途中2回のリニューアルは離れていましたが8代目から再度担当し、現行モデルは9代目です。1987年に発売された時は、薬瓶から派生したクラシカルなデザインでした。
今のようなデザインになったのは、2017年に8代目をリニューアルデザインした時からです。一番の変化はディスペンサー型にしたこと。プッシュディスペンサーは、使う人にとっては便利でも、デザイン的には厄介な存在で、蓋を開けるとディスペンサーがついているという姿は美しいものではありません。
それを避けるため、不格好な部分はすべて内側に収め、外からは見えないようにしました。このディスペンサーは構造が非常に複雑で、金型をつくるだけで何千万もかかってしまうような代物ですが、その構造や機能を中に隠し、ディスペンサーでありながらすっきりとしたデザインに仕上げています。
ボトルは非常にシンプルなデザインですが、ワンポイントで凝ったのが蓋の設計です。上部だけ樹脂が二重形成になっているため、レンズのように光を集めて繊細な輝きを放ちます。その光は置いてある時も、使っている時も感じるので、シンプルだからこそそんな繊細なディテールが大事だと考えています。
2020年に9代目をつくる時は、製品分類の変更に伴い一部色を変えただけで、形は変えませんでした。前の8代目のモデルが自分なりに完成した形だと思っていたので、さわりようがなかったというのが正直なところです。
「イプサ」から新しい機能的なニーズがあれば、それは対応して取り入れるべきですが、特にそういうものもなかったので、形は変えないという結論に至りました。マスプロダクトの業界としては、変えたほうが新しく見えるという概念は通例的にあります。
しかし今は、新しければいいという時代ではありません。時代の流れとつくる側の意識のギャップは、お客さまから見てもわかるものです。今はむしろ変わらないことをいいと思える人のほうが、時代の流れを的確に感じ取っていると思うので、変わらない商品をつくることで現代的な価値観をお客さまにも伝えたいと考えました。
この9代目のローンチに際しては「最適なものを選べる」というメッセージを発展させて、ムービーやビジュアルにおいても表現しました。発売時、『WWD』のデパート売り上げランキング乳液クリーム部門の総合一位に「ME」が屹然と躍り出ました。35年で初めてのことでした。
「イプサ」の全商品の箱は、私が開発した「気包紙」という紙を使っています。蛍光染料を使わないニュートラルな白さと質感が特徴です。「ME」の箱は、この紙にエンボスでボトルの形を表現し、印刷はスミ1色でロゴと商品名のみというミニマルなデザインです。
化粧品の箱にはいろいろな考え方があり、同じ高級ブランドでも表現の方向性はさまざまに異なります。凝ったデザインにするのも一つの方法ですが、「ME」の商品特性や時代性を考えると、それは合わないと思いました。シンプルだけれども素材はしっかりしている。そういう観点でこの箱はつくりました。
「ME」におけるリプロモートの肝は、まず「1/17」を表示したこと。さらにプロダクトデザインとしての完成度と時代性を重要視したこと。そしてコミュニケーションにおいて、それらのイメージを広げていったこと、このポイントに集約されると思います。
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