
かつては“総合商社の万年4位”と言われた伊藤忠商事。21世紀に入ってからの成長ぶりは目覚ましく、2021年には純利益、株価、時価総額において業界トップに立った。大学生の就職希望ランキングでも、男女ともに圧倒的な人気を誇る。伊藤忠で何が起こり、経営や組織はどう変化したのか。本稿では『伊藤忠 商人の心得』(野地秩嘉著/新潮新書)から内容の一部を抜粋・再編集。岡藤正広会長、石井敬太社長をはじめとするキーパーソンの言葉を通して、近江商人をルーツに持つ同社に脈々と受け継がれている商人のマインドを明らかにしていく。
岡藤会長を「Good Storyteller」と称した、投資の神様ウォーレン・バフェット。両者の会談を通じて見えた、日本の5大総合商社に対するバフェットの評価とは?
会社と個人をつなぐ期待と信頼の相互作用
伊藤忠の副社長CFOが鉢村剛だ。CFOとは Chief Financial Officer(最高財務責任者)のことで財務戦略を立てる人をいう。平たく言えば伊藤忠の金庫番である。
そんな彼は新卒で入ったのではない。キャリア入社、つまり中途採用で伊藤忠に入社している。
大学を出た後、都市銀行に入り、短期間で辞めた後、鉢村はアメリカへ渡った。小さな上場日本企業がアメリカに持っていた子会社に勤め、28歳から33歳までは社長をまかされていた。鉢村は経営者として全力で仕事をした。
しかし、彼はそこを辞めてしまう。会社に持っていた期待と信頼をなくしたからだ。日本に戻り、34歳の時、伊藤忠に入社した。ゼロからのスタートだった。
なぜ、伊藤忠に入ったかと言えば、「期待できる、信頼できる会社」と思ったからだ。
「私はもともと、前職の会社に期待と信頼を抱いていました。しかし、徐々にどこかおかしいと感じるようになってしまった。そのまま子会社の社長を続けていれば、今もその会社は存続していたかもしれない。しかし、鉢村剛個人の信用を毀損してしまうに違いないとも思ったのです。
アメリカのビジネス社会では会社の信用もさることながら、個人の信用が問われます。自分自身が扱っていた商品を信頼できなくなったら、やめるしかないと判断しました。
私は働く会社には期待と信頼を持たなくてはいけないと思いますし、会社もまた従業員に対して期待と信頼を持つべきです。お互いがそういった緊張の糸をつなぎながら働くべきです。相手に対して期待と信頼がなくなってしまったら、離れるしかありません。それで日本に戻ってきたのです」
鉢村はアメリカで働いていた時、その会社の本社や周りからは評価されていた。いつも褒められていた。しかし、鉢村は褒められたからと言って自分自身が成長したとは思えなかった。
伊藤忠に入ってから懸命に働いた。次第に重い役目を背負うようになっていった。会社や上司は鉢村を甘やかしたり、褒めそやしたりはしなかった。しかし、中途入社だからという差別は一切なかった。
「伊藤忠の人間は経営陣も従業員も投資家やお客様といった社外の方々に対して言ったこと、約束したことはきちんと守ります。当社がやっていることはその繰り返しです。繰り返しているうちに、商人にとってもっとも大切な信用と信頼という資産を増やすことができる」
他の総合商社であれば、鉢村は副社長にはなってはいないだろう。中途入社の彼が副社長でいることは伊藤忠がフェアな会社であること、誰に対しても機会を均等に与えていることを示している。
バフェット曰く「オカフジさんは Good Storyteller」
投資の神様と呼ばれるウォーレン・バフェットは自身が率いる投資会社バークシャー・ハサウェイを通じて2020年、日本の5大商社(三菱商事、伊藤忠商事、三井物産、住友商事、丸紅)に投資した。バフェットが90歳の時だった。
3年後の2023年、彼はプライベートジェットに乗って日本にやってきた。目的は自身が投資した会社の経営者と面談すること。彼は、これぞと見込んだ会社の代表と自ら胸襟を開いて語り合いたかったのだろう。
5大商社のうち、真っ先に面会したのが伊藤忠の岡藤と鉢村だった。鉢村がバフェットの後継者とされるグレッグ・アベル(バークシャー・ハサウェイ・エナジー会長)と緊密に連絡を取っていたため、日本訪問の事前相談を受け、真っ先の面談となったのである。
鉢村は言った。
「僕は伊藤忠のIR担当として、大株主であるバークシャー・ハサウェイのグレッグ・アベルとは日ごろからやり取りをしていました。来日した2023年、バフェットさんとグレッグ、岡藤と僕の4人で会いました。岡藤が伊藤忠の経営や働き方改革について説明するのを先方がにこにこ頷きながら聴いているといった様子でした。
バフェットさんは岡藤を見に来たんですよ。会社の業績についてはアニュアルレポートでわかっていたから、岡藤がどういう人間なのかを知りたかったのでしょう。
バフェットさん、お目にかかった時は92歳。おじいさんでしたけれど、目つきは鋭い人でした。岡藤と僕は伊藤忠のさまざまな話をしたのですが、バフェットさんは伊藤忠の業績についてはすべてを把握していました。
『アニュアルレポートをありがとう。いつも楽しく読んでいる』と言っていました。一般のアニュアルレポートって数字だけが載っている無味乾燥なそれですけれど、うちは経営者がしゃべるコーナーがあります。バフェットさんはそのコーナーが面白いと言って、『オカフジさんは Good Storyteller』とも言っていました。
経営に関して一貫したストーリーを持っていて、それを上手に表現することができる経営者ということでしょう。バフェットさんが評価する経営者は Good Storyteller なのでしょうね。そうそう、帰り際にこんなことも言ってました。
『オカフジさん、何かいい案件あれば直接、電話をください。すぐに判断しますよ』と。でも、まだ岡藤からバフェットさんに直接、電話したことはありません」
投資の神様、ウォーレン・バフェットは94歳という高齢になっても、事業欲、投資欲はまったく衰えていない。そして、彼が総合商社5社の株を大量に買ったことは、日本経済の評価につながる。5つの総合商社が投資している領域は資源エネルギーから自動車、繊維、日用品に至る日本の経済活動すべてにわたる。投資の神様は日本の経済活動を評価し、応援している。
そして、彼が買った後、総合商社の株価は上がっているからバークシャー・ハサウェイは儲けている。バフェットよし、5大総合商社よし、日本よしの三方よしの投資になっている。ウォーレン・バフェットはアメリカ人だけれど、近江商人の系譜に属する人とも言えるかもしれない。
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