
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、『ジークアクス』)がいよいよ大詰めに入ったが、楽しみながらも困惑した気持ちで観ている。
本作はロボットアニメ『ガンダム』シリーズの最新作。難民の少女・ニャアンを助けたことをきっかけに、女子高生のマチュは、謎のモビルスーツ(巨大ロボット兵器)・ジークアクスに搭乗し、赤いガンダムに乗る少年・シュウジと共にクランバトル(2対2のモビルスーツによる賞金を賭けた非合法のバトル)に挑戦することになる。
『ガンダム』にはシリーズ第一作となる『機動戦士ガンダム』(以下、『ファーストガンダム』)から始まる宇宙世紀と呼ばれる架空の時代を舞台にしたシリーズがあるのだが、『ジークアクス』は『ファーストガンダム』で、敵国として描かれたジオン公国が勝利したifの宇宙世紀が舞台としている。
「果たしてこれはアニメ本編を楽しんでいると言えるのだろうか?」物語はマチュたち少年少女の成長譚と、その前日譚となる『ファーストガンダム』では敵役だったシャア・アズナブルが主役機のガンダムを奪ったことによって正史とは異なる結果となった一年戦争の経緯が描かれる。
ジオンが勝った宇宙世紀の政治状況の描写や『ファーストガンダム』に登場したモビルスーツや人物が正史とは違う形で登場するという仕掛けはとても面白い。
しかし、肝心のマチュたち3人の物語は手応えが薄く、作品の都合で動かされているようにしか見えない。むしろゼクノヴァと呼ばれる謎の爆発現象を起こして行方不明となったシャアを探すシャリア・ブル中佐のような大人のキャラクターの方が魅力的に描かれている。
つまり、中核となる少年少女の物語は不満だが、世界観を考察することは楽しいというのが『ジークアクス』の評価だ。
毎話放送が終わると筆者はすぐに、XやYouTubeに流れてくる考察やファンアートを追いかけるのだが、これが実に楽しい。ネットに溢れる視聴者のリアクションも含めて『ジークアクス』だと考えるならば本作は傑作だが、果たしてこれはアニメ本編を楽しんでいると言えるのだろうか? これが冒頭に書いた困惑の理由だ。
『ジークアクス』は『ガンダム』シリーズの制作会社サンライズと、『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、エヴァ)シリーズの監督として知られる庵野秀明が代表取締役を務めるスタジオカラーの共同製作となっている。
監督は庵野の右腕として『エヴァ』に関わってきた鶴巻和哉、脚本は榎戸洋司。「もしも『エヴァ』を作ったチームが『ガンダム』を作ったら?」という夢の企画だったため、放送前から注目されていた。
前日譚となるifの一年戦争パートには、庵野秀明が脚本として参加している。そのため、『シン・ゴジラ』、『シン・ウルトラマン』、『シン・仮面ライダー』といった庵野が制作に関わった「シン」の冠がつくリブート作品と印象がとても似ている。
今回の『ジークアクス』では『ファーストガンダム』の監督・富野由悠季が残しているトミノメモに書かれた話数が短縮された影響で本編に入り切らなかった設定やアイデアが劇中に散りばめられている。
他にも富野が書いたノベライズ小説の設定など、これまで発表されたガンダム関連のネタが随所に散りばめられており、情報量が異常に多いのが『ジークアクス』の特徴だ。
放送終了後にはXやYouTubeに無数の考察やファンアートが溢れかえる監督は鶴巻和哉なので、『ジークアクス』を庵野作品として語るつもりはないのだが、劇中に登場する膨大な固有名詞の文脈を視聴者が即座に解析して、放送終了後にはXやYouTubeに無数の考察やファンアートが溢れかえる状況は、テレビシリーズの『エヴァ』で起こった現象の最新形と言って間違えないだろう。
本作の情報量の多さといびつなストーリー展開は、1クール(3ヶ月)で12話弱しかないという尺の短さも大きいだろう。
昔の『ガンダム』シリーズは1年にわたって40~50話かけて放送されたため、少年少女の成長物語や物語の背後にある世界観を丁寧に描けたが、映像のクオリティにはバラつきがあった。
対して、近年のアニメは1クールが多く、その短さゆえに映像のクオリティを維持できるのだが、物語を語る余裕がないため、駆け足になりがちで、超展開に次ぐ超展開で視聴者を引っ張るようになっている。
こういったストーリーテリングは、2011年の『魔法少女まどか☆マギカ』から定着したもので、現在放送中の『前橋ウィッチーズ』や『アポカリプスホテル』にも影響が伺える1クールアニメならではの見せ方だ。
続きが気になるという意味ではとても面白い見せ方だが、もう少しキャラクターを丁寧に描いてほしいという気持ちは、昔からのアニメファンとしてはある。
元ネタの文脈に閉じすぎている息苦しさも『ジークアクス』も5話以降、物語が大きく飛躍して次の展開が読めない超展開の連続となっており、描写不足に感じる場面が多い。
それでも作品として成立しているのは登場するキャラクターの多くが『ファーストガンダム』に由来する存在なので、最小限の説明と描写でも、『ガンダム』ファンが文脈を読み取ってくれるという情報の圧縮が成立しているからだ。
つまり本作は、作り手がちりばめた『ガンダム』を元ネタとしている情報の文脈を受け手が瞬時に読み取り、続々と考察を生み出すという好循環によって成立している。
この閉じた円環の中で漂うことを楽しめるならば、『ジークアクス』は最高のアニメなのだが、あまりにも世界が閉じていることに息苦しさを感じることも多い。
しかし、この考察の円環がとても荒れたことがあった。
それは第6話に登場したニャアンの部屋にある本棚の様子が元・乃木坂46出身の西野七瀬がテレビ番組で見せた本棚とそっくりだったという情報が流れた時だ。
同時に、マチュという愛称が同じ元・乃木坂46の松村沙友理の愛称だから、マチュのモデルは松村で、ニャアンも西野七瀬がモデルではないか? という考察が溢れ、その後、続々と乃木坂ネタが散りばめられていることが明らかとなった。
これは鶴巻監督が乃木坂46のファンであることから、ある種の遊びとして入れられていたのではないかと推察されている。
他にも、世間を騒がした実在の人物をモデルにしたと思しきキャラクターが登場したことに対しても強い反発があり、その時の『ジークアクス』の考察界隈は異常な荒れ方をしていた。
パロディやオマージュを散りばめ、その元ネタの知識を共有して楽しむというオタク的作法は『エヴァ』以降のアニメでは消費の作法として定着しているが、『ガンダム』は許せるが、乃木坂は許せないと憤る発言を見て、考察には許される元ネタと許されない元ネタがあるのかと、興味深かった。
その後、乃木坂ネタの話題は沈静化しており、現在は『ジークアクス』の世界が『ファーストガンダム』の世界から分岐した並行世界の1つだということが最大のトピックとなっている。『ガンダム』としては大胆な仕掛けかもしれないが、近年のアニメやマーベル映画を観てきた立場からすると、凡庸な仕掛けで、予定調和に感じる。
それよりも乃木坂ネタのような本来、世界観と関係ない題材が『ガンダム』と衝突した時に起きた混乱にこそ、筆者は新たな表現の可能性を感じた。
思えば、テレビシリーズの『エヴァ』も、元ネタ探しや考察では終わらず、庵野秀明の私小説的な側面が強く出たことによって生まれた強いメッセージ性と現実との接触こそが、社会現象となった最後の決め手だった。
好きなアイドルへの愛でも何でも構わないのだが、鶴巻監督のパーソナリティがむき出しになることで物語が現実と接続され、予定調和を超えるゼクノヴァが起こることを期待している。
(成馬 零一)

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