
近年、薬物事犯で服役した受刑者の再犯率が約6割強に高止まりしている。これを受け司法機関では、従来の刑務所内での薬物再乱用防止プログラムの実施に加え、出所後の地域生活を支える新たな取り組みがはじまっている。
元受刑者は、出所後の保護観察期間中に前述のプログラムを受けられるほか、居住地で依存症治療を行っている医療機関や民間支援団体への紹介を受けることもできる。切れ目のないサポート体制により、薬物依存症からの回復を促進する狙いだ。
一方、その裏でサポートを十分に受けられず、自身の治療に専念できない人たちがいる。 国連の調査によると、日本を含めたアジア圏の薬物依存者のうち回復施設につながったのはわずか約5%。なかでも女性の利用率は1.9%と、調査対象となった先進国の中でもっとも低い割合だった。
なぜ女性薬物依存者は、回復支援を受けていないのか。当事者から寄せられたのは、「家族の面倒を見なくてはならないので利用できない」という声だった。
本稿は、2025年2月8日に開催されたイベント「女子依存症回復支援プログラムを考えるシンポジウム 『塀のなかと外はつながるのか?』-女子刑務所モデル事業を振り返る」より、塀の中で深刻化するジェンダー格差に焦点を当てレポートする。(文:遠山怜)
●依存症治療は「貯金できない」依存症治療において、定説となっているのは「治療効果は貯金できない」ということだ。大規模調査でも、回復にもっとも影響するのは治療プログラムの性質よりも、継続性であることが判明している。
つまり、仮に刑務所などの司法機関で集中的に治療プログラムを受けたとしても、効果は時間の経過とともに減弱する。また、服役中は、薬物から強制的に隔離され画一的に管理された、保護的な環境下で過ごすため、治療プログラムの効果が限定的になる。
日常生活と隔絶した場所では、「なぜ薬物を使ったのか」が十分省みられず、出所後の生活でどのように回復を目指していくのか、具体的な想像が及びにくくなる。そのため、服役中に学んだことを地域生活で活かせずに、再び薬物使用の罪で逮捕されるケースが後を絶たない。
こうした服役中の薬物依存症対策の限界を指摘するのは、NPO法人リカバリー代表の大嶋栄子氏。同法人は長年、女性薬物依存者の回復を支援し、2019年から2024年まで札幌女子刑務所にて、女性に特化した女子回復支援モデルプログラムを提供していた。
同事業では、対象となった女性薬物依存者に、女性特有の生きづらさとは何か、ジェンダーが自身の薬物使用にどう関係しているか、自身の生涯を振り返り、薬物を使わずに日々を過ごすための方法を模索する。
「刑務所内でのプログラムは有意義な取り組みだったと思いますが、服役中に彼女たちと一緒に考えた薬物使用を回避する対策が、出所後のトラブル続きの日常生活の中では、歯が立たなかったことが一番の課題です」
「彼女たちの日常生活は、暴力や貧困と隣り合わせです。近親者からの虐待やパートナーからのDV、多重債務の問題を抱え、本人も何らかの精神疾患を患っていることも少なくない。加えて、薬物依存の問題を抱える女性は、総じて人に相談することが苦手です。保護的な環境下で周囲に守ってもらった経験がなく、困りごとがあっても一人で何とかしようと頑張ってしまう。その結果、問題がどんどん重層化し手に負えなくなる」
「彼女たちは生活が行き詰まる中で、苦しい状態をなんとかしのぐために薬物を使っています。頻繁に襲ってくるフラッシュバックをやわらげたり、うつ状態の体でフルに働くために使われているのです」
近年の調査研究では、女性薬物依存者は被虐待経験者が多く、成人後も高確率で何らかの暴力被害に遭っていることがわかっている。また、薬物を使う理由としてもっとも多く挙げられたのは「不快な感情を和らげるため」であり、専門家は薬物がトラウマによる精神的苦痛を軽減する目的で使われていると指摘している。
●「女性は育児、家事」ケア役割がもたらす弊害女性の場合、女性であることが、暴力・搾取の対象となるリスク要因であり、被害体験が薬物使用と密接に絡み合っていることに加え、ジェンダー格差が回復支援へのアクセスにも立ち塞がる。当事者主体の回復を目指す団体、ハームリダクション東京で薬物依存症の支援を行う古藤吾郎氏はこう語る。
「国連の調査によると、アジア圏で薬物依存症である可能性の高い人のうち、回復施設で支援を受けているのはわずか約5%。ヨーロッパでは約26%、アメリカでは約10%の人が支援を受けていることに比べ、日本を含めたアジアでは治療を必要としている人が十分なサポートを得られていない。なかでも、女性でサポートを受けているのは約1.9%しかいません」
当事者は、けっして治療を希望していないわけではない。回復施設を利用できない理由として挙げられたのが「家族をケアする人がいない」という声だった。出所後、彼女たちの多くは仕事をする傍ら、子どもの育児や家事、家族の介護を担っていた。
日本では、女性における育児や家事、介護などのケア役割の負担が大きいことが長年問題 視されてきた。性別役割意識による格差は、女性薬物依存者にも重くのしかかる。本来、依存症へのケアを必要とする人が、逆にケアをする立場に回らざるを得なくなっている。
加えて、回復施設の開設時間は平日の日中に限られ、携帯電話の持ち込み禁止や外部への連絡制限など利用上の制約も多い。こうした回復支援の恩恵を存分に受けられるのは、時間にもお金にも余裕があり治療に専念できる人に限られ、女性薬物依存者の生活像とは重ならない。古藤氏は、サポート資源の利用率における格差をこう表現する。
「日本にも回復施設が徐々に増えてきましたが、社会に強く残り続けているジェンダー格差が女性の回復を妨げています。女性が治療に専念できるのは、収監中のごく限られた時間だけ。
本来、薬物依存からの回復には、仕事やお金、人付き合いなど自分を支える資源が豊富にある方が有利です。しかし、女性の場合はすべてを失い社会と隔絶した後にしか治療を受けられない。これはとても残酷なことではないでしょうか」
●「女性」で「薬物依存症」を抱えた「元受刑者」であるということ映画監督の坂上香氏は、日本で唯一、刑務所内で回復プログラムを行っている島根あさひ社会復帰促進センターに密着取材し、男性受刑者の回復の姿をカメラに収めたひとり。日本における刑務所と地域生活の断絶を肌に感じつつ、それでも男性と女性とでは回復への期待値が異なるという。
「男性であれば、出所後に自分で事業を起こしたり、店を持ったりといった将来計画を立てることもできる。でも女性は、そもそも職業の選択肢が少なく、昇進も見込めず低賃金で常にハラスメントの問題に晒されている」
「これが元受刑者となれば、なおさら。融資はまず降りないし、安定した仕事につくことも難しい。生活設計を立て将来に希望を持つことすら難しい。この状態で、どう回復を信じて頑張れるというのか」

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