
ピーター・ドラッカーは、「顧客は製品を買っていない。欲求の充足を買っている。彼らにとっての価値を買っている」(ピーター・ドラッカー『マネジメント』)と述べました。
つまり、厳しい言い方をすれば、価値を提供できていなければ、顧客とは言えないということです。ある顧客の売り上げや収益が落ちてきているという状況があれば、それは適正な価値が提供されていないということであり、逆に、順調に売り上げ、収益が伸びているのであれば、価値を提供できているということになります。
あなたは、顧客に対して、どのような価値を与えていますか?
顧客に価値を与えることができるのは、営業職や製造部門だけではありません。内勤であれ管理部門であれ、なんらかの価値を提供しているからこそ存在しています。
実は、自分自身がどのような価値を提供できているかということについて、意外なほど多くの人が理解できていません。
提供できていると思っていた価値は、実は顧客にとって価値ではなかったり、逆に自分では当たり前のことだと思っていたことが、大きな価値だったりします。
ですから、自分自身が顧客に対して現在どのような価値を与えていて、さらに伸ばさなければならない価値は何かを考えることがとても大事になります。
では、「顧客にとっての価値」とは具体的に何を指すのでしょうか。顧客が求める価値には多くの側面があり、それを多角的に捉える視点が必要です。顧客価値は次の4つの視点で考えることができます。
1.結果価値/プロセス価値
「結果価値」とは、購入した商品やサービスそのものがもたらす成果や効果のこと。顧客の立場から見れば、その商品を手に入れたことで自分は何を得られるのかという視点です。例えば、「証券会社の営業に言われたとおりに株を買ったら儲かった」は結果価値になります。
「プロセス価値」とは、商品を手に入れるまでの過程や購入後のアフターサービスなどを通じて生まれる価値です。例えば、購入までのスムーズな流れや、丁寧な説明、心地よい接客、購入後のフォローやアフターサービスなど、購入にまつわる体験や満足感がこれにあたります。プロセス価値は、結果価値と違って目には見えませんが、むしろ商品の魅力を高め、他社と差別化するための重要な要素になります。お客様は、この「見えない価値」を意外なほど敏感に感じ取っています。「結果として何が得られるのか」だけでなく、「どんな体験を通じてその結果にたどり着くのか」。この両方の視点で顧客価値を見直してみてください。
今、ビジネスはプロセス価値の時代に入ってきました。製造業は商品の品質が勝負なので、いまだに結果価値が多くを占めますが、サービス業はプロセス価値の比重が高くなっています。また、製造業はAIやロボティクスによって格段に収益率が上がりましたが、サービス業はほとんど収益率が変わっていません。セールステックの導入が進んでも、実際にそれによって顧客満足度が上がった、あるいは1人当たりの生産性が伸びて時価総額が倍になったという話はあまり聞きません。けっきょくサービス業は面倒なことを避けて通ることはできません。人の手はどうしても必要です。だからこそ、結果だけではなくプロセス価値を意識して作り出していく必要があります。
「BtoBでもプロセス価値は生み出せますか」とよく聞かれますが、もちろんつくることができます。BtoBもけっきょくは「人と人」の仕事です。複数の決裁者がいる場合でも、そこに関わる一人ひとりに「この会社にこのテーマを託してよかった」と思ってもらえるプロセス価値は、確実に存在します。それには、そのプロセスが同業他社にはないような体験であることが重要です。
一般的な営業は商品を見ていますが、成果を出す営業は、相手の外部環境を知り、その先にいる顧客の顧客まで視野に入れています。自分の商品をテーブルに並べるのか。それとも、顧客の未来や課題をテーブルに乗せるのか、BtoB営業の場合、この違いが営業としての成果を大きく分けます。
2.機能的価値/情緒的価値
「機能的価値」とは、商品やサービスが持つ性能や効果といった、客観的に評価できる価値のこと。
「情緒的価値」とは、顧客がそれを手に入れ利用することで得られる気分や感情を指します。大切なのは、商品やサービスの性能を一方的に押しつけるのではなく、顧客がどのような気持ちでその商品を選び、使いたいと思うのかという視点を持つことです。機能的価値だけでは伝わらない情緒的価値をどう表現し、どう届けるかを考えてください。
3.現実的価値/政治的価値/戦略的価値
「現実的価値」とは、その商品やサービスを顧客が好きか嫌いか、それを購入することで業務が楽になるか、相手の会社と付き合うと得か損か、といった実利です。
「政治的価値」とは、その購入によって顧客の社内での評価が上がるかどうか、ポジションを強化できるかどうかといった視点です。
「戦略的価値」とは、経営戦略上の成長や将来の競争優位性につながる価値を指します。
提案する相手によってどの価値が響くかが異なるため、誰に提案するのかを見極め、その人にとって意味のあるアプローチを選ばなければなりません。
相手が個人、あるいは法人でも現場担当者への提案であれば、「現実的価値」が最も重視されます。この場合に営業職に求められる資質は、誠実さ、マメさ、親切さ、良い人かどうかというパーソナリティ面です。コモディティ商品などのどこから買っても変わらない商品であれば、「この営業さんが好きだから」といった理由で選ばれることもあり、営業担当の人柄がポイントになります。
法人の管理職クラスへの提案では、「政治的価値」の視点が重要になります。求められる資質は、プロフェッショナルな能力、人脈です。この価値が高ければ、たとえ人柄が好かれていなかったとしても、「この人でなければプロジェクトを任せられない」「この提案なら任せたい」という判断が下されることになります。
経営者や経営幹部に対しては、「戦略的価値」の視点での提案が求められます。特にオーナー経営者のように個人と法人が重なる相手に対しては、パーソナリティとプロフェッショナルな能力の両方の資質が必要になります。経営に役立つ提案をすることはもちろん、提案する営業担当社自身が役に立つ人間であり、個人としても好感が持てなければ、提案する商品やサービスを購入してもらえません。
4.絶対的価値/相対的価値
「絶対的価値」とは、他では代替できない唯一の価値を言います。例えば、「お孫さんの声」や「お母さんの作ったカレー」など、比べることに意味がない特別な価値です。
「相対的価値」とは、他との違いによって評価される価値です。「並・上・特上」や「箱根か熱海か」のように、複数の選択肢を並べて比較した結果、他との違いによって決まる価値のことです。
自社の商品やサービスがどちらの価値を持っているかによって、提供の仕方や伝え方を変える必要があります。
顧客価値にはさまざまな側面があります。だからこそ、顧客にとって意味のある価値をどう届けるかを考えなければなりません。
「自分たちは、誰に、どのような価値を届けているのか」
この問いに向き合うことが、顧客との信頼関係を築き、選ばれるための原点となります。自社の商品やサービスについて、ここで紹介した顧客価値の4つの視点から改めて見直してみてください。

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