
『ウォーターボーイズ』(01)や『スウィングガールズ』(04)などの矢口史靖監督が自らのオリジナル脚本を長澤まさみ主演で映画化し、第45回ポルト国際映画祭最優秀作品賞を受賞した注目のノンストップ・ドールミステリー『ドールハウス』(公開中)。5歳の娘・芽衣を事故で亡くした佳恵(長澤)は哀しみに暮れていたが、骨董市で買った芽衣によく似た人形を可愛がるうちに元気を取り戻す。だが、新たな娘・真衣が生まれると、佳恵も夫の忠彦(瀬戸康史)も人形に心を向けなくなっていく。やがて、5歳になった真衣が「アヤ」と名づけた人形と遊ぶようになると、家のなかで次々に奇妙な出来事が起こるように。不気味に思った佳恵が捨てても捨てても、人形はなぜか家に戻ってきて…。
【写真を見る】自身の“黒い”部分を出したという矢口監督と、まるで“人形”のように美しい長澤まさみを撮り下ろし!
そんな最恐“ドールミステリー”で悪夢に見舞われるヒロインの佳恵に扮した長澤まさみと、ゾクゾクが止まらない世界を作り上げた矢口史靖監督に、PRESS HORRORが直撃!決してネタバレできない仕掛けが満載な本作の裏側を明かしてくれた。
■「いままで出したことのない、意地悪な“黒矢口”の部分を全投入したかった」(矢口)
――『ドールハウス』は矢口監督のオリジナル脚本の映画化ですが、脚本開発での苦労はありましたか?
矢口「意外と苦労はなかったです。思いつくままどんどん書き進めていったらこの形になりましたから。あっ、苦労したことと言えば、当初は無名の新人・カタギリくんがこの脚本を書いたように見せかけていたことですね(笑)」
――何でそんなことを?
矢口「自分の名前を出したくなかったんです。ずっとコメディ映画ばかり作ってきたので、観客を恐怖させる本作との相性がよくないと言うか、僕の名前自体が企画の邪魔をするような気がしたんですね。だから、プロデューサーとのメールでも『脚本家志望のカタギリくんがこう言ってるんですよ』みたいな嘘をつき続けて…バレるまで、その嘘を通すのが大変でした(笑)」
――それくらい今回は、ご自身の中でも新境地だったわけですね。
矢口「そうですね。いままで出したことのない“黒矢口”の部分を全投入してぶつけてみようと思いました。もともと意地悪な性格だし、考え方もひねくれていて。今までいろいろな題材を扱ってきたけど、それ自体が心底好きと言うより、いいところと悪いところがある物に惹かれるんです。そこに、ちょっと皮肉を入れたり、笑いに変えたりしながら描いてきたんですが、今回はその意地悪部分だけを抽出して。そしたら、めちゃくちゃ怖い映画になりました(笑)」
――もともと怖いものはお好きだったんですか?
矢口「大好きです。本当に好きです。今作にも通じるのですが、鮮明に記憶に残っているのは、稲川淳二さんの怪談『生き人形』と、山岸凉子さんの漫画『わたしの人形は良い人形』ですね。学生時代に触れて、“人形もの”って怖い、だけど面白い、という印象がずっと残っていたんです」
――長澤さんは『WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常』(14)以来となる矢口監督からのオファーだったわけですが、この新境地の脚本を読んだ際にワクワクしたそうですね。
長澤「怖い作品はあまり好んで観るジャンルではないので、深堀りができてなかったんですけど、興味はあったんです。そんななかで今回のお話をいただいて、ホン(脚本)を読んだら、救いのない物語にどんどん引き込まれてしまって。その、どこにも逃げられない容赦のない感じが、逆にちょっと面白くなっちゃったんです。ホッとできるかな?と思っても全然ホッとできなくて、ホッとしようと思った事が間違ってたみたいな感覚になる。その意外性にワクワクしたし、こういう作品も面白いかもって思えたから、出演させていただきました。矢口監督がこれをどうやって作り上げるのかも気になっちゃいましたし」
――矢口監督がこういう脚本を書いたことに対しての驚きもありました?
長澤「いや…厳しい監督ではありましたから(笑)」
矢口「そんなことない、ない(笑)」
長澤「揺るがないものがご自身のなかにある監督というイメージが強かったので、今回は怖い現場になるのかな?と思っていたんですよ。でも、現場は『WOOD JOB!』の時と同じように淡々と進んでいって。求められるものはもちろん『WOOD JOB!』の時とは違いますけど、いつも同じ時間が流れている映画作りはやっぱりいいな~なんてことを思いながら、撮影を楽しんでいました」
■「爪を切ってあげるシーンで、人形の爪が本当に伸びていて…」(長澤)
――そもそも、矢口監督はなぜ本作の佳恵役を長澤さんに託そうと思われたのですか?
矢口「『WOOD JOB!』の時に、いろんな表情ができてスゴいという手応えがあったので、期待できると思ったんです。それに、ここまで直球の恐怖シーンがある映画にはあまり出られたことがないような気がしたので、“ズタボロにしたいな”という真っ黒な気持ちが芽生えてきて…(笑)。だから、キャスティングを開始する以前の、まだ誰も読んでない脚本を『長澤さんだけですよ』って感じで渡して読んでもらったんですけど、すぐに『やりたい』という返事が帰ってきましたね。そこから企画がどんどん動き出しました」
――矢口監督が今回の現場で長澤さんに特に求められたものは?
矢口「佳恵は、最初は本当に普通の健康的な若奥さんです。だけど、子どもを亡くした時に底辺まで堕ちてしまう。なのに、人形を買った途端に妙に明るくなって、その様子が旦那さんや映画を観ている人たちはちょっと怖かったりもする。そんなアップダウンの激しい役だけど、それが作り物ではなく、リアルに見えないとマズいので、そこをいちばん注意しながら演じてもらいました」
――人形の髪や爪を嬉しそうに切ってあげているシーンはちょっと不気味でした。
長澤「本当ですか?でも、爪を切ってあげるシーンは爪がある“ふり”でやると思っていたんですよ。そしたら…人形の爪が本当に伸びていたから驚きました(笑)」
矢口「リアルさや生々しさを求めたのは特に前半ですね。娘を亡くしてどん底状態だった佳恵は、人形を買って復活したように見えるけれど、その復活具合がちょっと不気味でなければいけない。しかも、2人目の子どもが生まれてからの彼女は、今度は人形を放ったらかしにして子育てに集中します。本当ならすごく微笑ましいシーンのはずなんだけど、観客はその時には人形に肩入れしているから、佳恵には幸せになってほしいと思うものの、人形のアヤちゃんが可哀想という気持ちになる。そんな状況を微妙なバランスで作り上げたかったので、それができる人にお願いしたというわけです」
長澤「あの一連の矢口さんの演出は面白かったですね。佳恵の心は定まっていないのに、観客には彼女の心が読める。佳恵自身の人間性や歴史、人間像で見えてくるその感じが面白いなと思いながら演じていました」
――こういう作品ならではの演出もあったと思います。矢口監督がこだわった観客をゾクゾクさせたり、怖がらせたりする演出について具体的な例を挙げながらいくつか教えていただけますか?
矢口「まずは(タイトル前までの)ファースト・シーンですね。矢口作品だからと、どうしても油断して観る方がいらっしゃると思うんです。だから、気が緩まないように、あそこで強めの先制パンチをガツンと決めて。この先どうなっちゃうんだろう?本当に油断しちゃいけないんだっていう気持ちになるようにしたんです」
――あの衝撃的なシーンの長澤さんはいかがでした?
矢口「あの叫んだ顔を見て、長澤さんにお願いしてよかったと思いました。ムンクの『叫び』という絵画のように、人が絶望した時の顔をとことんやってもらいたかったんですけど、あの長澤さんの表情は、まさに絶望を超えた、これ以上ない悲痛なものでしたから。カットをかけた瞬間に思わずサムズアップ(親指を立てるGOODのサイン)が出ちゃいました」
長澤「あれ、確か2回やりましたよね」
矢口「叫ぶところまでは1日で撮って、叫ぶカットだけ実は後から2回撮ったんです」
長澤「セットの関係でそうなったんですけど、あんなに叫んだのは実は初めてだったかもしれない」
矢口「あそこまで叫んでいる長澤さんはあまり見たことがないかも」
長澤「やってないですね。『岳-ガク-』という映画で、吹雪のなか叫ぶシーンがありましたけど、あの時は風を起こす扇風機の音がうるさすぎて、叫び声はアフレコでしたから」
矢口「今回は娘の死を目の当たりにしたお母さんの絶叫だし、あそこまで感情を爆発させるお芝居もたぶん初めてだったと思います」
長澤「だからすごく新鮮でした。しかも、いろいろなシーンを撮ってから、あのファースト・カットに戻れたので、それが気持ちを作る上での助けになりました」
■「こうすれば絶対に怖くなるのに、誰もやっていない見せ方をやりたかった」(矢口)
――ショッキングなシーンはほかにもいっぱいありましたが、こういう映画だからやりたかったみたいな演出や見せ方もあったのでは?
矢口「『かくれんぼしよ』っていうセリフから始まる、あの一連のシーンの細々したカット割りはすごくやりたくて。絵コンテもガッツリ描いて、時間をかけて撮ったシーンです」
――人影が後ろにいたり、前を横切ったり…。
矢口「そうそう。ベッドの上にいると思ったら…みたいなところ。合成やCGを使わなくても、こうすれば絶対に怖くなるのにいままで誰もやっていないよな、といった見せ方をたくさんやりたかったんです」
――少女の人形は何体使われたんですか?
矢口「人形は2体いらっしゃいました。真衣が抱きかかえたり、投げたり、落としたりするシーンの人形は柔らかい素材で作った軽めのもの。もうひとつは、クローズアップに耐えられる固くて重い人形。その2つをシーンごとに使い分けましたね」
――長澤さんは、こういう作品ならではのムチャな演出を受けたり、普段は使わない筋肉を使うようなことはなかったですか?
長澤「今回は芝居をする対象が人じゃなくて人形なので、撮影に入る前は『人形との芝居ってどんな感覚だろう?』って思ったりもしました。でも、人形のアヤちゃんは光の当たり方で笑っているように見えたり、苦しそうだったり、悲しそうだったり、表情のある子だったから、すごく引っ張ってもらった感覚があって。そこは普段のお芝居とあまり違いはなかったですね。ただ、アヤちゃんを操りながらお芝居をするところは、アヤちゃんが実在する空気感を一緒に作らなければいけなかったので、そこに気を配りながら演じました。それは瀬戸さんもたぶん同じです。3人が一緒にいる家族のシーンなどは、その空気感をなるべく作るような感覚でお互いにいたような気がしますから」
――矢口監督はこれまでも『雨女』(90)や『ひみつの花園』(97)、『WOOD JOB!』などで人形をギミック(演出の仕掛け)として使われていました。今作ではその人形が、ついに主役に昇格したわけですね。
矢口「言われて見ればそうですね。いままでは影の存在でしたけど、今回はど真ん中にいますから(笑)」
――田中哲司さんが演じられた呪禁師(じゅごんし)の神田が持ってきた、“人形を入れる箱”も禍々しい、妙に凝った作りになっていました。
矢口「あれは、こんな風にしたいという手描きのデザインを送って作ってもらった渾身の箱です。人間を入れて、周りからグサッグサッと刺す拷問用器具のイメージですけど、箱自体は僕の地元の神奈川県に実際にあんなのがあったんですよ。金網が張ってある、折鶴などで覆われた闇の中に観音様がポツンと立っているようなものでしたね。その重たい箱を隣の家の人が背負ってきて、家にある間はお水とご飯を毎日変えてあげる。それで、1週間後にうちの母が背負ってまた次の家に持っていくしきたりだったんですけど、幼少期の僕はその箱が怖かったんです。そのイメージでした」
――矢口監督が現場で長澤さんのお芝居を見てサムズアップをしたのは、先程のタイトル前の叫ぶところ以外にもあったようですね。
矢口「あと2つありました。1つは心療内科のグループセラピーで泣くところ。あと、もう1つは、佳恵が麺うち棒を使うくだりです」
長澤「あそこは、ちょっと嫌な気持ちになりましたね。でも、本気でやらないと面白くならないので、心を鬼にして思いっきりやりました」
――後半、特にラスト付近のお芝居も大変だったんじゃないですか?
長澤「いや、大変でしたね。CGを後から合成するところは実際の芝居だけではなく、動かずにじっとしていなければいけないリファレンス(参照素材)も撮らなければいけなかったから大変だったんですけど、子役の2人が本当に頑張ってくれて。あの一連は、スタッフと俳優が本当に一丸となって撮影を進めていた感じがあって。“いいシーンを撮るぞ!”という気合のもとに撮影が進んでいた気がするし、あの時の現場の空気感はとてもよかったです」
――ほかにも、監督のこだわりの演出を感じられたシーンはありますか?
長澤「元気のない佳恵が頬杖をついているシーンがあって…」
矢口「そこでは行動と心情の違和感を出すために手の動きを…いや、やっぱりネタバレしないほうがいいな。そこは、よ~く見てください」
長澤「最初の明るいシーンの佳恵を撮った時に監督がサバサバ感をすごく大切にしていたのも印象に残っています。彼女はそこからまったく別人のようになっていくので、それこそ自転車の漕ぎ方から仕草、『おかえり』って言う時の妙に明るい声のトーンまで、監督がその状況ごとに細かく色づけしてくださって。それが効果的に活きているなということを実感できたし、監督のひと言ひと言が腑に落ちました。人間は1つの性格で生きているわけじゃないですから。その場その場で違う自分や、本人も知らなかった自分が出てきたりする瞬間があると思うので、佳恵という人物の深みが増していく演出を受けながらお芝居をするのは楽しかったですね」
■長澤まさみと矢口史靖監督が“怖い”と思うものとは…?
――ちなみに、お2人が普段の生活で怖いと感じるのはどんなもの、どんな時ですか?
矢口「石をひっくり返した時に、そこに虫がいっぱいいたり、卵がびっしりついていたりしたら、すっごい怖いです」
長澤「(爆笑)」
矢口「庭木の剪定をしている時にカイガラムシがいっぱいついているのも本当にゾッとします」
長澤「ああ、確かに」
矢口「あと、あれですね。道端で子どもをすごい勢いで怒っている親御さんを見ると怖いなって思います。それ、叱っているんじゃなくて、怒ってますよね?っていう瞬間を時々見るんですよ。まあ、しょうがないんでしょうけどね」
長澤「でも、私も集合体は怖いですね」
矢口「合わせないでください!(笑)」
長澤「手を置いた時に、そこに虫がいなくてよかったって思うこともありますから」
矢口「中学生の頃に桜の木に登っていて、手をかけたら、そこに毛虫がびっしりとついていたこともありました。あれは怖かったですね」
長澤「うわ~…」
――最後に、これまでに観た映画のなかでいちばん怖かった作品も教えてください。
長澤「私はやっぱり『リング』かな…。小学校低学年の頃だったんですけど、覚えていますね。劇中の見ちゃいけないビデオのように、VHSが回ってきて観ましたから」
矢口「そういう観方をしたの?」
長澤「そうですよ」
矢口「最高だね~」
長澤「いちばんいい、お手本のような観方ですよね」
矢口「シチュエーションとしては最高ですよ」
長澤「それで、おばあちゃん家の襖の隙間から観ました」
矢口「1週間後、電話はかかってこなかった?」
長澤「こないですよ!(笑)」
矢口「僕は『エクソシスト』ですかね。公開時には映画館に行けなくて、テレビで放送された時に観たんですけど、怖くて死ぬかと思いました」
取材・文/イソガイマサト

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