「年金が増える」と注目される「年金の繰下げ受給」。老後の不安を和らげてくれると、少しずつ選択する人が増えています。しかしメリットがある一方で、後悔を口にする人も後を絶たない現実もあります。

「年金42%増」の魅力…多くの人が検討する「繰下げ受給」

初めての年金の受け取りに心を躍らせていた、田中義男さん(仮名・70歳)。いわゆる年金の繰下げ受給を選択し、年金の受け取りを70歳からと決めていました。

選択のきっかけは、毎年、誕生月に送られてくる「ねんきん定期便」。毎年、「何か、送られてくるな」くらいの認識で、特に見ることなく、どこかになくしてしまっていたといいます。しかしある年、なんとなく圧着はがきをぺりぺりと開け、中身を確認。よく見方はわからなかったといいますが、はがきの裏に書いてあった言葉が目に入りました。

年金受給を遅らせた場合、年金額が増額します。

(例)

70歳を選択した場合、65歳と比較して42%増額

75歳を選択した場合、65歳と比較して84%増額(最大)

その下には、グラフまでつけて「年金の受取開始を遅くすると、これだけ年金が増えますよ」と分かりやすく説明してくれています。

「私の場合、65歳で受け取れる見込み額が15万円弱。それが5年待てば21万円となり、10年待てば27万円になる。単純にいい話だなと思いますよね」

総務省『家計調査 家計収支編』によると、高齢者の1ヵ月の支出は、単身者で月15万円、夫婦で月23万~25万円だといいます。月15万円だと、手取りで13万円ほど。年金だけで生活するとなると、少々足りないくらいです。「年金の繰下げを選択したら、年金だけでも十分生活できるかもしれない――ということですよね」。そのようなことを考え、65歳になっても年金の請求をしなかった田中さん。70歳になり、とうとう、年金の請求を決断したのです。

「42%増額。さらに70歳まで厚生年金に入っていたから、その分も少しはプラスになると思うんですよね」

こんなはずでは…年金増額も後悔が膨らむ「まさかの老後」

年金支給額は、繰下げの効果もあり月23万円ほどに。「これだけあれば、年金だけで十分。安心して暮らしていける」と歓喜した田中さん。「常に平均よりもちょっと下くらいをいく人生だったけど――最後がよければすべてよし。あとはのんびりと暮らすよ」といっていましたが、そのような生活は叶うことはないといいます。

田中さんの知人いわく、年金を受け取り始め、すぐに受けた健康診断で異常が見つかり、精密検査の結果、がんが発覚。しかも結構、進行してしまっていて、現在は治療のため入院中だといいます。

最悪の事態もありうるなか、「こんなことなら、真面目に働くんじゃなかった」「早く年金をもらって、バーッと遊べばよかった」と涙していたといいます。

本来、65歳で受給開始となる老齢年金。受取開始を66~75歳と繰り下げることで、1ヵ月あたり0.7%年金が増額となる繰下げ受給。実際に繰下げ受給を選択している人は2%にも満たない少数派ですが、そのメリットからじわりじわりと選択する人が増加。定年以降も働ける環境が整い、「給与があるうちは年金を受け取らなくても暮らしていける」という人も増えているのでしょう。

ただしメリットばかりがクローズアップされる繰下げ受給ですが、「やめておけばよかった」という声があるのも事実。厚生労働省によると、2024年の日本の健康寿命は、男性が72.57歳、女性が75.45歳。あくまでも平均値ですが、仮に70歳まで年金を繰り下げたとすると、病院いらずで生活を楽しめるのは、男性の場合2年半くらいしかないということになります。

ほかにも、年金のルール上、「加給年金がもらえなくなる」「在職老齢年金制度で減らされた額は増額されない」「遺族年金は増額されない」「税金や社会保険料が増える」など、後悔のポイントがあります。しっかりと制度やルールを理解したうえで、繰下げ受給を検討すべきでしょう。

年金受取額が増額となる年金の繰下げ受給は、経済的に老後の生活を安定させる効果があります。一方で、老後の生活設計は1人ひとり違うもの。年金の受け取りのタイミングは現在、60~75歳と柔軟に決めることができるので、それぞれのライフプランに合わせて検討することが重要です。

[参考資料]

日本年金機構『年金の繰下げ受給』

厚生労働省『健康寿命の令和4年値について』

(※写真はイメージです/PIXTA)