
名古屋市内のホテルで男性が殺害された事件は、いわゆる美人局(つつもたせ)が殺人事件に発展したとみられるようだ。
報道によると、名古屋市中区栄のホテルで6月7日、会社員の男性の首を絞めて殺害し、腕時計などを奪ったとして、無職の男性(20)と女性(19)が強盗殺人の疑いで逮捕された。
その後、別の男性(23)が6月11日、恐喝の疑いで逮捕された。NHKなどによると、この男性が、美人局の手口で被害者から金品を脅し取るよう、ほかの2人に指示していた疑いがあるという。
そもそも美人局はどのような犯罪にあたり、関与した加害者たちはどのような罪に問われるのか。今後の捜査の焦点や法的責任について、元警視庁刑事の澤井康生弁護士に聞いた。
●美人局は「男女間のトラブル」を装って金品を交付させる──美人局はどのような犯罪に問われますか。
美人局は男女間のトラブルを装い、「職場や家族にばらされたくなければ金を出せ」とか「訴えられたくなければ金を出せ」などと言って、金品を交付させる行為です。
このような行為は、被害者を暴行または脅迫して、その犯行を抑圧しない程度に畏怖させて財物を交付させるものであり、恐喝罪が成立します(刑法249条・10年以下の拘禁刑)。
今回のケースでは、被害者が最終的に首を絞められて殺害されていることから、被害者に対してその犯行を抑圧するに足りる程度の暴行を加えて金品を奪取したとして、まず強盗罪が成立し(刑法236条・5年以上の有期拘禁刑)、さらに強盗罪の実行行為から被害者の殺害に至っていることから強盗殺人罪が成立します(刑法240条・死刑または無期拘禁刑)。
──今回の事件では男女3人が関与しているようです。
犯行現場で実際に強盗行為や、殺害行為をおこなった実行犯には、強盗殺人罪が成立します。この場合、殺意が認められれば強盗殺人罪、殺意が認められなければ強盗致死罪となります。
殺意の有無は暴行を加えた部位や凶器の有無、暴行の態様、回数などの客観的状況から判断することになります。
今回の事件では、身体の枢要部である首を絞めていることから、客観的状況から見て殺意が優に認定できると思われます。
●「共謀の範囲」が発生した結果に及ぶのか──指示役と実行役が分かれていたようです。
今回の事件はおそらく、指示役の首謀者と現場の実行犯の合わせて3人が共謀して、美人局による恐喝を実行したところ、現場において実行犯2人が恐喝罪を通り越して強盗殺人罪を犯してしまったパターンと思われます。
このような類型は刑法上「共謀の射程問題」と言われています。要するに、もともとの共犯者間に成立していた共謀の範囲(射程)が、実際に発生した結果に及ぶのか否かという問題になります。
実際に発生した結果が当初の共謀の範囲内といえれば、指示役にも実際に発生した犯罪(実行犯と同じ犯罪)が成立します。発生した結果が当初の共謀の範囲からオーバーしてしまうということであれば実際に発生した犯罪(実行犯と同じ犯罪)を成立させることはできません。
今回の事件はまだ事実関係が不明なので、今後の捜査の進展を待つ必要がありますが、仮に、当初の共謀が「最初は脅すだけだけど、それでも被害者が言うことを聞かなかった場合には犯行を抑圧して痛めつけてでも金品を取ってこい」という内容だったとしましょう。
この場合、共謀の内容が恐喝だけではなく強盗まで含むことから、当初の共謀の射程範囲内にあると評価できます。この場合、共謀の射程が強盗まで及ぶことから、指示役にも強盗罪が成立し、そこからさらに強盗殺人罪または強盗致死罪が成立します。
●3人ともに強盗殺人罪の共同正犯が成立する?──逆にそこまで至っていないケースもありえそうです。
当初の共謀が「あくまで純粋な美人局であり手荒な真似は一切するな」という内容だった場合には、共謀の内容に強盗までは含まれないこととなります。この場合、共謀の射程が強盗まで及ばないことから、指示役に強盗罪を成立させることはできません。
指示役は恐喝のつもりで、結果的に強盗罪の結果を発生させたことになりますが、恐喝罪と強盗罪の違いは先ほど述べたとおり、犯行を抑圧する程度の暴行・脅迫か否かですので、恐喝罪の限度では重なり合っているといえます。
したがって、共謀の射程が強盗まで及ばない場合であっても、指示役には当初の共謀と重なり合う限度で恐喝罪が成立します。
整理すると、当初の共謀の射程範囲が強盗まで及んでいれば、3人ともに強盗殺人罪の共同正犯が成立しますが、当初の共謀の射程範囲が強盗まで及んでいなければ、実行犯2人に強盗殺人罪の共同正犯、指示役には恐喝罪の共同正犯が成立することになります(殺人罪と傷害致死罪の共同正犯についての最高裁昭和54年4月13日決定など)。
いずれにせよ、当初の共謀の射程範囲が強盗まで及ぶか否かが、今後の捜査のポイントになります。3者間の共謀内容について、共犯者の供述や、メール、SNSなどのやり取りの記録、余罪の有無、その内容なども捜査することになると思われます。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官(2等陸佐、中佐相当官)の資格も有する。現在、早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中(刑事法専攻)。朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。毎月ラジオNIKKEIにもゲスト出演中。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/

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