
アストンマーティン史上もっともアヴァンギャルドなスタイル
業界最大手のひとつ、RMサザビーズ社が毎年5〜6月に欧州本社と北米本社を競合させるかたちで開催する「Shift Online」。オンライン開催ということもあり、秘匿性が保ちやすい一方、出品へのハードルを低く設定している。それらの理由から個性的なクルマたちが集まっています。今回は「North America(北米)」版Shift Onlineの出品ロットのなかから、アストンマーティン史上もっとも前衛的なモデル、アストンマーティン「ラゴンダ」をご紹介します。
世界を震撼させた前衛的な4ドアGTだが意外なる歴史を持つ
1906年創業のラゴンダは、英国でももっとも古いブランドのひとつである名門ながら、第二次大戦後の1947年にデーヴィッド・ブラウンによって買収される。じつはデーヴィッド・ブラウンは、その前年にアストンマーティンを手に入れていたため、ラゴンダとアストンとは姉妹ブランドとなる。
1940年代末から1950年代中盤にかけては、ベントレーの創業者のW.O.ベントレーがラゴンダ社に移籍。のちに設計した独自の6気筒DOHCエンジンを搭載する「2.6Litre/3 Litre」を生産。1961年にはアストンマーティン「DB4」をボディを延長して4ドア化した「ラピード」が登場。総計55台ながらシリーズ生産も行われた。
それからしばしの時を経て、1974年秋に同時代のアストンマーティン「AM-V8(旧名DBS)」をラピードと同じ手法でボディを延長した、その名もアストンマーティン ラゴンダがデビューするも、翌1975年までの間にわずか7台が生産されただけ。AM-V8の改造版では、新鮮味や商品力ともに不十分だったことがうかがえる。
その反省からだろうか、1976年10月のロンドン・ショーにて衝撃的なデビューを飾ったアストンマーティン「ラゴンダ シリーズ2(Sr.2)」は、DBS/AM-V8と同じウィリアム・タウンズの作ながら、まったく異なるテイストのボディとインテリアを与えられた。極めてアヴァンギャルドなクルマだった。
メーター類はすべて、当時最新鋭のLEDによるデジタル表示
新生ラゴンダSr.2は、同時代のメルセデス・ベンツ「450SE」やジャガー「XJ12」よりも上級。価格帯ではロールス・ロイス「シルヴァーシャドウ」よりもさらに高価な、4ドアのエキゾティックカーだった。ルックスはまったくの別ものながら、ホイールベースやトレッドなどの寸法はSr.1時代とまったく同じ。鋼板溶接式プラットフォーム上に細い鋼管の枠組みを構築し、アルミパネルのボディ表皮を張るという工法も従来どおりのものとなる。
また、内装は伝統の「コノリー」社製レザーハイドを多用するものの、ダッシュボードはSr.1やAM-V8サルーンのオーセンティックなものとは一線を画した未来指向。メーター類はすべて、当時最新鋭のLEDによるデジタル表示とされた。
パワーユニットはAM-V8と共通の5340ccとなる。この時代のアストンマーティン ラゴンダ社の通例にしたがって、スペックは未公表。トランスミッションは、クライスラーの「トルクフライト」3速ATのみが設定された。
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