
アメリカにおける最高峰学府のひとつであるスタンフォード大学は、毎年AIの現状を多角的かつグローバルに俯瞰するレポート「AI Index Report」を発表している。2025年4月7日には、最新版となる『AI Index Report 2025』が公開された(※1)。
本稿は、同レポートのなかから経済、研究開発、責任あるAIと政策、そして世論という4つのトピックに焦点を当てて、世界におけるAIの現状とAIから見た日本の立ち位置を明らかにしていく。
■生成AIへの巨額投資が続くなか、日本の存在感は薄い
『AI Index Report 2025』の第4章「経済」では、AIをめぐる雇用や投資、企業の活用動向などがまとめられている(※2)。OpenAIをはじめとする非上場AIスタートアップに対する投資(プライベート投資)の世界総額は、2024年に約1,510億USドル(約21兆7,000億円)に達した。
世界のプライベート投資を振り返ると、2021年以降はコロナ禍の影響によって減少傾向にあったが、2024年は増加傾向に転じて、2023年比で44.5%増であった。
プライベート投資の対象をChatGPTをはじめとする「生成AI業界」に限定すると、2024年には約340億USドル(約4兆9,000億円)となり、これはプライベート投資全体の1/5を占めている。生成AIへの投資は、この技術が台頭した2023年以降、さらに増加傾向にある。
2024年のプライベート投資額を国別に集計すると、1位はアメリカの約1,090億USドル(約15兆6,000億円)であり、プライベート投資全体の約2/3を占め、2位以下に圧倒的な大差をつけている。2位は中国の約93億USドル、3位はイギリスの約45億USドルと続く。日本は15位の約9億3,000万USドルで、アメリカの投資額の1%にも満たない。
企業におけるAI活用に目を転じると、世界の組織において「少なくともひとつの業務でAIを活用している割合」は、2018年から2023年まで横ばい傾向にあった。しかし、2024年になって55%から78%に急増している。生成AIの活用率にいたっては2023年には33%だったが、2024年には71%となった。こうした結果から、組織のAI活用は生成AIがけん引していることがうかがえる。
2024年の「組織における生成AI活用率」を地域別に見ると、もっとも活用が進んでいるのがアメリカを含む北米の74%で、ヨーロッパと中国に加えて台湾などを含めた中華圏の73%と続く。日本を含むアジア太平洋地域は67%とやや活用が遅れている。
以上より、生成AIが世界経済に対する影響力を増しており、アメリカと中国がこうした影響の担い手であることがわかる。日本もこうした動向に同調しているものの、世界から見ると存在感に乏しいことも見えてくる。
■AI開発競争で激突する米中 “ある問題”の先送りが顕著に
『AI Index Report 2025』の第1章「研究開発」では、AIを論じた論文数や注目すべきAIの開発動向をまとめている(※3)。コンピュータサイエンスにおける世界のAI論文数は2013年から2023年まで増加傾向にあり、2023年には2013年の約2倍の24万本となっている。論じられる内容も、ハードウェアからソフトウェアまで多岐にわたっている。
AI論文の本数推移を地域シェア別に見ると、2021年以降は中国が1位となっている。2023年に限れば、中国のシェアが23.2%であるのに対して、同国のライバルであるアメリカは9.2%と大差をつけられている。
一方で、論文を評価する指標として「論文の引用数」に目を向けてみると少し異なる結果も見えてくる。影響力の大きい論文ほど、引用される回数が多いというわけである。2021年から2023年までの引用数が多いAI論文トップ100本を執筆された国別に集計すると、アメリカが1位となり、中国が2位となる。ちなみに、2023年にもっとも引用されたAI論文はGPT-4の技術レポートであった。
2024年におけるGPTシリーズのような「世界から注目されるAI」を開発国別に集計すると、大方の予想通り、アメリカが1位で40、2位が中国の15であった。もっとも、2024年は前年に比べて注目されるAIの開発数が減少傾向にある。減少した理由として、近年では生成AI開発の大規模化が進んだ結果、開発費が高騰していることが指摘できる。
2024年の注目すべきAIの開発数を組織別に集計すると、1位がGoogleとOpenAIの7であり、中国企業のAlibabaが続く。上位の多くはアメリカと中国の組織なのだが、フランスのAIスタートアップである「Mistral AI」もランクインしている。
近年のAI開発は大規模化した結果、その開発過程で多大な電力を消費する。そして、電力消費に伴う二酸化炭素排出量が増加の一途をたどっているのが問題視されている。2012年から2024年までの各年における代表的なAIの開発に伴って排出された二酸化炭素量をまとめたのが、以下のグラフである。このグラフを見ると、二酸化炭素量が増加しているのが直感的にわかるだろう。
こうしたなか、2025年になって話題となった『DeepSeek v3』の二酸化炭素排出量が非常に小さいことは注目に値する。なお、GeminiやClaudeといった近年の著名な生成AIがグラフに掲載されていないのは、これらのAIの詳細が非公開であり、二酸化炭素量を計算できないためである。
研究開発から見てもアメリカと中国が世界をけん引しており、日本の存在感は極めて薄い。両国のAI開発競争は現在も進行中だが、その一方でAI開発に伴う二酸化炭素量の増加といった問題が、言わば先送りされていることは忘れてはならない。
■AIの悪用事例が増加の一途をたどるなか、世界的に進むAI規制
第3章「責任あるAI」では、AI活用に伴う社会問題とその対処方法・事例をまとめている(※4)。AIの悪用を伴う事件は、2012年から2024年までに増加の一途をとどっており、2024年には233件であった。もっとも、この件数は大きく報じられた事件にもとづいており、実際に起こっているAI悪用事例の氷山の一角とみなすべきである。
AI悪用事例でもっとも深刻なものは、やはりディープフェイクポルノ画像である。たとえばアメリカ・テキサス州在住の15歳のエリストン・ベリー(Elliston Berry)さんは、同級生の男子生徒が作ったディープフェイクポルノ画像を拡散される被害にあった(※5)。この画像は、ベリーさんがInstagramに投稿した通常の画像を悪用して作られたものだった。この事件をきっかけに、ディープフェイクポルノ画像を取り締まる法案がアメリカ議会で審議されるようになったのだ。
第6章「政策とガバナンス」では、以上のようなAIの悪用に対する各国のAI規制の現状をまとめている(※6)。2016年から2024年までにおける成立したAI関連法を国別に集計すると、アメリカが27件、次いでポルトガルとロシアの20件と続く。日本は中国やドイツと同じ4件であり、AIが普及している割にはAI関連法の数が少ないことがわかる。
2016年から2024年において、各国の国会でAIが言及される回数を集計してグラフ化したのが、以下の画像である。1位はスペインの1200回、2位はイギリスの710件であった。日本もAI言及数が多い国のひとつであることがわかる。
以上をまとめると、AIの悪用事例が増加の一途をたどっている現状をふまえて、世界各国でAI規制が進められている。日本に関しては、国会での言及数が多いものの、制定されたAI関連法が少ないことから、AI規制に関して慎重に審議していることがわかる。
■世界的に広がるAIへの肯定的意識 日本はゆるぎないAIフレンドリー国に
第8章「世論」では、世界各国の国民を対象としたAIに関する意識調査をまとめている(※7)。32ヵ国に住む合計23,685人にアンケート調査を実施した結果をまとめたところによると、「AIを使った製品やサービスは、欠陥よりも利益のほうが大きい」といった、「AIを肯定的にとらえる質問」に対して「はい」と答える割合が55%となり、2022年から行っている同様の調査において最高の割合となった。この結果から、世界的にAIを肯定的にとらえる意識が広がっていると言える。
以上の意識調査を国別に集計したのが、以下のグラフである。技術的にAIをけん引するアメリカの国民は必ずしもAIを肯定的にとらえているわけではなく、むしろ同国のライバルのである中国のほうがAIに対して好意的である。
こうしたなかで注目すべきは、「AIを使った製品やサービスは私を神経質にする」という質問に対して「はい」と答えた日本国民の割合である。この質問は「はい」と答えた割合が低いほどAIに対して肯定的と解釈できるのだが、日本の割合は32ヵ国中最低の25%であった。こうした結果は3年ほど変わっていないので、日本は伝統的にAIに対してフレンドリーな国だとわかる。
仕事に対するAIの影響に関するアンケート調査も実施された。具体的には「AIは5年以内にあなたの仕事の仕方を変えるか」と、「AIは5年以内にあなたの仕事を代替するか」という質問を尋ねた。前者については「非常にそう思う」と「いくらかそう思う」の合計が60%だったの対して、後者は36%であった。この結果より、多くの国民がAIによって仕事の仕方は変わるものの、失業するとまでは思っていないことが判明した。
前述の「AIは5年以内にあなたの仕事の仕方を変えるか」という質問に対して肯定的に答えた回答者を世代別に集計したのが、以下のグラフである。若い世代ほどAIによる変化を強く感じており、ベビーブーマー世代(日本における“団塊の世代”)が49%なのに対して、Z世代は67%であった。
以上の意識調査より、AIによる変化を肯定的にとらえる意識が世界中で広がっており、若い世代ほどAIによる変化を受け入れていることがわかる。また、日本はAIにフレンドリーな国という立ち位置をゆるぎないものとしている。
本稿では、『AI Index Report 2025』を4つのトピックから要約した。こうした要約から浮かび上がるのは、世界におけるAIの普及は経済・技術の両面から進んでおり、日本はこれらの側面では存在感が薄いものの、“AIフレンドリー国”という特色を確固たるものにしていることだ。一方で、「AIの悪用事例」は世界的に増加の一途をたどっており、各国がこれらへの対策やAI規制を進めている、というAIの負の側面とその対処も明らかになった。
2025年も半ばにさしかかっているが、今年後半も引き続き最新生成AIに関する報道が世間を賑わせると同時に、生成AIの悪用や依存をめぐる事件がクローズアップされるかもしれない。
〈参考〉
(※1)Stanford University HAI:「AI Index 2025: State of AI in 10 Charts」:https://hai.stanford.edu/news/ai-index-2025-state-of-ai-in-10-charts
(※2)Stanford University HAI:「AI Index Report 2025 Chapter 4:Economy」:https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report/economy
(※3)Stanford University HAI:「AI Index Report 2025 Chapter 1:Research and Development」:https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report/research-and-development
(※4)Stanford University HAI:「AI Index Report 2025 Chapter 3:Responsible AI」:https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report/responsible-ai
(※5)THE WALL STREET JOURNAL:「‘I Felt Shameful and Fearful’: Teen Who Saw AI Fake Nudes of Herself Speaks Out」:https://www.wsj.com/politics/policy/teen-deepfake-ai-nudes-bill-ted-cruz-amy-klobuchar-3106eda0
(※6)Stanford University HAI:「AI Index Report 2025 Chapter 6:Policy and Governance」:https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report/policy-and-governance
(※7)Stanford University HAI:「AI Index Report 2025 Chapter 8:Public Opinion」:https://hai.stanford.edu/ai-index/2025-ai-index-report/public-opinion
(文=吉本幸記)

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