大阪大学大学院生命機能研究科の研究グループがNature誌で発表した論文「Maternal iron deficiency causes male-to-female sex reversal in mouse embryos」は、ほ乳類における妊娠中の母親の鉄不足が赤ちゃん(胎児)の性別決定に影響を与える可能性を明らかにした研究報告だ。

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 生物の性別は通常、染色体によって決まり、XY染色体を持つとオス、XX染色体を持つとメスになる。オスになるためには、Y染色体上にある「Sry」という遺伝子が胎児期の特定の時期に働く必要がある。このSry遺伝子が正常に働くためには、細胞内で特定の化学反応が起こる必要があり、その反応には鉄が不可欠であることが今回の研究で明らかになった。

 研究チームは、マウスの胎児を詳しく調べた結果、性別が決まる時期の生殖腺では、鉄を細胞内に取り込む仕組みが活発に働いていることを発見した。そこで、この鉄の取り込みを妨げるとどうなるかを実験で確かめた。

 鉄を取り込まないように遺伝子操作したマウスや、鉄を除去する薬剤を与えたマウスでは、XY染色体を持っているにもかかわらず、精巣ではなく卵巣が形成される「性転換」が起きた。つまり、遺伝的には雄であるはずのマウスが、鉄不足により雌の特徴を持つようになったのだ。

 さらに重要な発見は、妊娠中の母マウスに鉄不足を引き起こす薬を投与したり、鉄分の少ない餌を長期間与えたりすると、お腹の中の赤ちゃんマウスの性決定に異常が生じたことだ。特に、遺伝的に性決定に関わる酵素の働きが弱いマウスでは、母親の鉄不足により雄の赤ちゃんが雌に性転換する確率が高まった。

 Source and Image Credits: Okashita, N., Maeda, R., Kuroki, S. et al. Maternal iron deficiency causes male-to-female sex reversal in mouse embryos. Nature(2025). https://doi.org/10.1038/s41586-025-09063-2

 ※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2