企業や自治体において不正を窓口に通報した人を守る公益通報者保護法が改正された。2026年内に施行される。

改正法は通報を理由として、1年以内に解雇または懲戒処分にした場合、関係者や法人に拘禁刑や罰金が科される。これまでは、このような“報復”行為に対する罰則がなかった。

また、このような罰則とは別に、改正法は、通報後「1年以内」の解雇または懲戒は公益通報を理由としてされたものと推定する規定を設けた。たとえば、通報者側が1年ごとに通報を繰り返せば、企業は解雇や懲戒ができなくなるということなのだろうか。

改正法が企業や労働者に及ぼす影響について、企業の労働問題に詳しい西川暢春弁護士に聞いた。

労働者への影響

——法改正をうけて労働者側にはどのような影響が考えられますか

労働者としては、公益通報制度の利用に一定の安心感が確保されるといえます。

現在の法律でも、公益通報を理由とする解雇は無効とされ、公益通報を理由とする懲戒は禁止されています。

ただし、これが訴訟になった場合、「解雇や懲戒が公益通報を理由として行われた」ことの立証責任は労働者側にあります。

解雇や懲戒に関する情報や証拠資料は事業者側にあることが多いため、労働者側には立証が必ずしも容易ではないという指摘がありました。

今回の改正によって、公益通報後1年以内の解雇または懲戒は公益通報を理由としてされたものと推定するという規定が設けられました。

行政機関や報道機関など外部への通報について、事業者がこれを知って解雇や懲戒をした場合は、事業者が通報を知った日から1年以内の懲戒または解雇が推定規定の対象となります。

このような事情により、労働者の立場からすれば公益通報制度利用について一定の安心感が確保されるとはいえます。

●降格や減給や配置転換は「推定規定の対象外」

ただし、実際に解雇や懲戒の無効を民事訴訟において労働者が主張する場合、上記のような推定規定があっても、訴訟が長期化して、労働者がその間不安定な立場に置かれるという問題は残ります。

また、上記の推定規定の対象となるのは、解雇と懲戒であって、公益通報後に人事上の措置としての降格や賃金の減額、配置転換などが行われても、上記の推定規定の対象外となることには注意が必要です(法3条2項参照)。

この点も、公益通報する労働者から見た場合は不安要素として残ることになります。

このように考えると、労働者から見た場合、公益通報制度利用についての不安が、今回の改正により大きく改善されたとまではいえないでしょう。

また、上記の推定規定が適用されるのは、法律上の要件を満たす公益通報を理由とする解雇や懲戒に限られることにも注意が必要です。

たとえば、公益通報者保護法が適用されるためには、通報内容が、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法律に規定する犯罪行為、過料対象行為、又は刑罰若しくは過料につながる行為である必要があります。

●刑法上の犯罪に該当しないような「パワハラやセクハラ」は対象外

通報窓口を設けている企業においても、実際の通報は、パワーハラスメントセクシュアルハラスメントの被害の訴えが多くを占めているケースもあります。それらについての通報は、暴行罪や不同意わいせつ罪をはじめとする刑法上の犯罪に該当するなど、通報対象となる法令違反行為に該当する場合を除き、今回の改正により設けられた推定規定の対象とはなりません。

たとえば、パワーハラスメントであっても暴行まではなく暴言にとどまる場合や、セクシュアルハラスメントであっても犯罪に該当しない程度の性的な発言にとどまる場合は、これを通報しても公益通報にはならず、上記の推定規定も適用されません。

●事業者への影響

——続いて法改正をうけて企業や自治体側にはどのような影響が考えられますか

事業者に対しては、今回の法改正が、公益通報から1年間は、通報者についての解雇や懲戒を事実上控えさせる効果をもたらす可能性があります。

今回の改正により、事業者は公益通報から1年以内の解雇や懲戒について、それが公益通報を理由としたものでないことについて立証責任を負うことになります。

正当な公益通報にもかかわらず解雇や懲戒をすることが強い非難に値することはいうまでもありませんが、通報者に業務命令への不服従や就業規則違反行為、ハラスメント行為があることもあります。このように本来解雇や懲戒をすべき場面でも、これにブレーキをかける効果を生じさせることが懸念されます。

推定規定の適用を恐れて必要な解雇や懲戒を行わないことは、企業秩序維持の観点から問題があり、周囲の従業員の不利益にもつながります。

●解雇や懲戒の無効確認訴訟の「実態」から予想できることは

推定規定を悪用し、1年おきに公益通報を行うことで解雇や懲戒を避けようとする労働者が出てくることも全く考えられないわけではありません。

事業者としては、推定規定が適用される1年間の間であっても、公益通報とは無関係な解雇や懲戒は適切に行う必要があります。

事業者側は、解雇や懲戒の前に問題行動に対して書面による指導を行ったり、解雇や懲戒の理由について十分な証拠を収集したりすることで、訴訟になった場面でも、公益通報を理由とする解雇や懲戒ではないことを立証できるように準備しておく必要があります。

一方で、別の観点からみると、現状、解雇や懲戒について労働者がその無効を主張する訴訟はたくさん起こされています。そのような訴訟では、結局、事業者が解雇や懲戒の理由について事実上立証しなければ事業者側が敗訴することが現状です。

その意味では、今回の改正による推定規定が施行されても、訴訟において大きな影響はないとも考えられます。

●通報者敵視ではなく、安心して利用できるようにすることが事業者にも利益になる

実は推定規定が事業者にとって利益をもたらす場面も出てくる可能性があるのです。

現在、欧米諸国では、公益通報者の立証責任を緩和したり、特別な救済措置をとったりする国が多くあります。

ガバナンスや人権尊重が強く求められるようになってきた国際的潮流からも、日本において、公益通報者保護の制度が整うことで、そうした国々の投資家からの投資や国際取引の機会の拡大が期待できるかもしれません。

海外から投資を受けたり、国際的なサプライチェーンに参加したりしている企業にとっては、日本において国際的潮流に沿った整備がされることが、長期的に見て利益をもたらす可能性も考えられます。

そもそも、公益通報制度は、事業者の法令遵守や組織の自浄作用の向上に寄与する事業者にとって利益になる制度です。

通報者を敵視するのではなく、安心して利用できる公益通報制度を整備することが事業者にとって長期的に利益になります。

一方で、事業者としては、今回の改正を踏まえて、濫用的な公益通報に対する対策にも取り組む必要があるといえます。

【取材協力弁護士】
西川 暢春(にしかわ・のぶはる)弁護士
労働問題に強い使用者側弁護士として、企業の労務管理の改善、労使紛争の円満解決に取り組む。問題社員対応の分野では、対応に悩む顧問先を訪問し、規律違反などの問題がある従業員と直接話し合いをし、裁判によらない解決を実践してきた。全国の企業経営者、人事担当者から相談を受け付ける。著書に『問題社員トラブル円満解決の実践的手法-訴訟発展リスクを9割減らせる退職勧奨の進め方』(令和3年)などがある。YouTubeメディア「咲くや企業法務TV」を毎週更新し、企業の労働問題・労務管理を中心に解説中。
事務所名:弁護士法人咲くやこの花法律事務所
事務所URL:https://kigyobengo.com/

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