21世紀になって間もなく、世の中を震撼させるニュースが列島をかけめぐった。それは、小学校教諭による、児童への悪質ないじめだった…。訴訟にまで発展した児童側と教師の実際にあった出来事を取り上げた、福田ますみによるルポルタージュ「でっちあげ 福岡『殺人教師』事件の真相」を、エンタテインメントの名手・三池崇史監督が実写化するという新境地に挑んだ意欲的な一編『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』が、6月27日(金)に公開を迎える。

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SNS上での根拠のない情報をもとに個人を攻撃する“つるし上げ”が問題となっている昨今、なにが真実なのかを疑う物語として世相に楔を打ち込む本作は、キャストも豪華にして実力派がズラリと顔をそろえた。ともに全編を通じて対峙する、教師・薮下誠一と児童の保護者・氷室律子に配されたのは綾野剛柴咲コウ。MOVIE WALKER PRESSでは2人のインタビューを2回にわたって掲載し、作品の本質に迫っていく。第1回は、初共演の印象や三池監督とのエピソードなど、撮影時の裏話をネタバレなしで語ってもらう。

時は2003年。小学校教諭の薮下誠一(綾野)は、担任するクラスの児童の保護者・氷室律子(柴咲)から告発される。律子の息子・拓翔(三浦綺羅)に対して、体罰を通り越したいじめを日常的に行っているとのことだった。この話を聞いた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)は実名報道踏み切り、センセーショナルな記事に仕立て上げる。記事が世に出るや、薮下は“殺人教師”と呼ばれ、マスコミの標的と化す。一方で世論は律子を擁護し、550人もの大弁護団が結成されて前代未聞の民事訴訟へと発展していく。誰もが律子の勝利を確信していたが、法廷に立った薮下は「すべて事実無根の“でっちあげ”です」と、完全否認するのだった。

■「共演者のみなさんとの総当たりトーナメントのよう」(綾野)

――お2人は意外にも本作が初共演でいらっしゃるんですよね。

綾野「(柴咲)コウさんとはずっとご一緒したいという想いがありましたので、念願叶いとてもうれしかったです」

柴咲「私は綾野さんの作品を観ていたので、そんなに『はじめまして』という感覚でもなくて(笑)」

綾野「実際、お芝居で対峙し、ダイニングテーブルを挟んで律子さんと向き合うシーンは、とてつもなかったです。どんな芝居をしても全部受けてくださるんです。それでいて、コウさんのお芝居は、ほぼノーモーションで繰りだすストレートのようで早くて見えない。気づいたら打たれているような感覚でした。ピストルのような初速で、セリフを発していらっしゃって。常に考え、感じていないと出てこないような速さだったので、とても揺さぶられました。薮下がどちらかというと言葉を発する前に考えるタイプなので」

柴咲「私自身もあんまり考えずに演じているところがありますし、直感で生きていたりもするんですけど(笑)、綾野さんは現場でスタッフの方々とコミュニケーションをとり、空気感を把握しながら、監督の要望にも応えながら、“よりよいものにしていこう”とされていて。その向上心の高さに『そうだよなあ、もう少し私も考えないといけないな』と申し訳なく思ったりもしましたね」

――綾野さんの言う“セリフの初速の早さ”は、律子として“信じて疑わない確固たるものがある”、という感覚を柴咲さんが持ち合わせていらっしゃったことに基づいているのでしょうか?

柴咲「そうです。彼女のなかでは『これが事実なんだから、当然のことですよね?』と信じて疑っていないし、そこに澱みがあったらおかしなことになってしまうじゃないですか。律子としては『自分に非?あるわけないでしょう』くらいに思っていた気がしますね」

――なるほど。では、作品に臨むにあたっては、お2人のなかにどのような想いがあったのでしょうか?

綾野「台本を読ませていただき、とてもワクワクしました。共演者のみなさんとの総当たりトーナメントと言いますか。お1人ずつ、ノーガードの打ち合いのような真剣勝負でぶつかり合える。それぞれ、どんな戦いになっていくのかと滾りました。

撮影は学校のシーンからでしたので、校長・段田役の光石(研)さんと教頭・都築役の大倉(孝二)さんとの対峙から始まり、あらゆる対戦を経て、最後に氷室律子役の柴咲さんにたどり着くという感覚でした。129分という尺の中で、これだけいろいろな感情を宿した方々とぶつかり合えるというのも、なかなか経験できることではありません。どれほどの胆力を要して鍛錬をしていかなければいけないんだろう、と考えるだけで気持ちが昂りました。なにより17年ぶりの三池組。役者を長くやっているとこういった、ご褒美のような再会、現場と作品に出合えるのだなと、改めて芝居を続けてきた意義を感じた瞬間でした」

柴咲「私は、台本を読んでシンプルに『おもしろい!これは三池さんと絶対に合う、やりたい!』と思いました。なにかを仕掛けていくような役柄に思われるかもしれませんが、序盤は律子の供述から始まるので、どちらかというと薮下先生が仕掛けてきているように見えるんですよね。なので、思いっきり受ける側に回ろうと思っていました。

それと、綾野さんが仰ったように撮影は校長先生たちとのシーンからだったので、私は律子として淡々と自分を信じてクレームを入れた、という感じでした。それはもう疑いもなく(笑)」

■「なにを考えているのかわからない人物像につながればいいなと思いました」(柴咲)

――そういったところも踏まえまして、薮下誠一と氷室律子の人物像をそれぞれどのように捉えていらっしゃったのでしょうか?

綾野「薮下に関しては“どう見せたいか”ではなく“どう見られるか”がポイントでしたので、どんなアプローチの方法も選択肢に入ってきます。だからこそ、現場で作られているシチュエーションとムードをしっかりキャッチアップしようと心掛けていました。今回はいわゆる“役づくり”よりも“作品づくり”の側にいくことによって、薮下という人物の造形が生まれてくる可能性が高いと判断し、作品の持っているエンジンをどう捉えるか、という感覚で立ち位置を探っていきました。

現場ではワンシーンあたり何パターンか撮っていただき、編集される段階で、三池さんが観客に届けたいカタチにしていただけるようなアプローチを採りました。今作は、原作者である福田ますみさんのルポルタージュをもとにしていますが、あくまで先生は多面的な現実の中にある一面に集中し書かれています。そういったところも丁寧に捉えていくという姿勢が大事だと思いました」

柴咲「私は律子を演じるにあたって、どうしても髪を伸ばしたかったんですよ。なので、一生懸命、なんとかあの(肩よりも下の)長さまで伸ばしました。しかも、ツヤツヤの髪がいいなと思っていたんですよね。原作で描かれている律子は不気味な感じと妖艶さのあるキャラクターなので、髪のツヤにそれが出ればいいな、と。なんとかクランクインに間に合ったという感じでしたね(笑)」

綾野「とても深い黒で、重力を感じさせる雰囲気がありました」

柴咲「そこに不気味さが出ればいいな、というのと、立ち居振る舞いなどはガチガチにしすぎても、人間っぽくなくなってしまうんじゃないかというところのせめぎ合いがなきにしもあらずでした。なので、そこに関しては三池さんのリアクションを見ながら整えていきました。どちらかというと“静”の人で、それがなにを考えているのかわからない人物像につながればいいなと思っていたんですよね」

――弁護士の湯上谷年雄を演じた小林薫さんもコメントで触れていましたが、律子は目力の強さが印象的でした。

柴咲「例えば、校長先生たちに(息子の拓翔が薮下からいじめを受けていると)訴えに行くシーンも、律子からしてみれば当然の主張だと思っていて。人って『それって当たり前じゃないですか?』って伝える時にはパチパチと瞬きしないし、その人なりの必死さと言いますか。『真摯に受け入れてもらわないと!わかっていただかないと!』みたいな感じになりますよね。そのつもりで訴えたら、必然的に目にも力が入ったという」

■「ただただ純粋に三池さんについていきたいと、感じていました」(綾野)

――律子という人物に対する解像度が上がりました。また、お2人とも久しぶりの三池組でしたが、改めて三池監督とのクリエーションに対して感じられたこともお聞かせください。

綾野「とてもチャーミングでありながら、シャイな方でもいらっしゃって。けっして多弁ではありませんが、すごく優しいんです。ただただ純粋に三池さんについていきたいと、感じていました。映画監督である前に人としてとても魅了されますし、出来上がった作品を観て、(撮影監督の)山本英夫さんとのタッグも含めて、いっそう思いました。

演出で主張せず、カメラの撮り方で答えを出さない。裁判所でのシーンも、基本的に一番中立的なポジションから撮られています。なるべく観る方々が感情を特定のキャラクターに移入しないようにあくまで客観的に撮られていて、素敵だなと思いました。うれしかったのは、アフレコの時に『おもしろい映画ができたよ』とおっしゃってくださったことです。そのひと言で、もう十分でした」

柴咲「私は三池さんからなぜか毎回、芝居に怖さを求められるんですけど、今回の現場で『カット〜!』って近寄ってきて、『こええ〜ッ、イッヒヒヒ!』って言ってもらえたのがうれしかったですね(笑)。『正解だったのかな』って思えたというか」

綾野「『ヤバいね!』って言っていましたよね、三池さん」

柴咲「『狂ってる』って。『いやいや、あなたが作っている映画ですよね?』って思いましたけど(笑)」

■「世相とも照らし合わせると、やはり考えさせられる映画になっていると感じます」(柴咲)

――薮下先生も“ヤバい人”に見える描写がありますが、そこはどのように演じられたのでしょうか?

綾野「特に“ヤバい人”に見せようといった意識はしていません。ダイニングテーブルを挟んで薮下と氷室さんが対峙するシーンは冒頭と中盤で2回あって、それぞれの主観から相手の主張を受けとめていくという構造になっていますが、視点によってセリフのトーンをガラッと変えてしまうと、観点の違いはわかりやすくなる反面、映画として伝わるべき部分が変わってしまう可能性もあります。ですので、声や仕草や表現に頼るのではなく、あくまでも言葉の扱い方の変化を心掛けました。人によって受けとめ方が異なるのは、とても自然で正常なことです。だからこそ生まれる僅かなズレや違和感の正体を映画作品として届けたいという想いです」

柴咲「私も序盤と中盤で演じ分けたわけじゃなくて、言ってしまえば台本に書かれた通りに芝居をした感じなんですよ。律子の世界観は薮下先生の視点でもブレなくて、少しだけ演技をしているかな、くらいのニュアンスじゃないですかね、彼女からしてみると。繰り返しになってしまいますけど、彼女の中では自分の解釈が間違っているとは1mmも思っていないんですよ。だから、薮下先生に対する態度や反応も変わらない。“薮下先生から息子が酷いことをされた、自分も酷いことを言われた”というのが、律子にとっての事実なんですよね。話すタイミングや態度も、客観から見ても主観から見ても、律子の中では変わっているとは思っていないので、『それに対して戸惑うのは相手の問題です』みたいな捉え方をしていたんじゃないかな、と。そんな風に思っているんです」

綾野「薮下としては、見事に振り回されました。保護者一同を前に謝るかどうか逡巡するシーンは、完全アウェイのグラウンドにいるような感覚でした。まるで知らない異国の場所のような。しかもその時の氷室律子さんは全身、母親なんです。2人でテーブルを挟んでいた時とは全く違っていて、恐怖をおぼえました」

――観ている側も振り回されますよね。だけど、「じゃあ、真実はどこなんだ?なにをもって真実なんだ?」と考えさせられるんです、『でっちあげ』という映画を観ていくにつれて…。

柴咲「世の中って、なにか人の興味を引くようなことが起こるとワーッと一斉にみんなで攻撃して、総スカンにして、また違う出来事が起こると、そっちへ話題を移しましょうみたいなところがあるじゃないですか。そういう世相とも照らし合わせると、やっぱり考えさせられる映画になっているんじゃないかな、と感じるんですよね。『なるほど、そうか。じゃあ、自分だったらどうするんだろう?』って、他人事ではないように捉えていただけるのではないかな、と。映画そのものを楽しんでもらうのが一番ですけど、この話からなにかを思ったり考えてもらえたりするのなら、それも素敵なことだなと思っています」

取材・文/平田真人

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』で初共演、綾野剛×柴咲コウにインタビュー!/撮影/湯浅亨 スタイリング(綾野剛)/佐々木悠介 ヘアメイク(綾野剛)/石邑 麻由 スタイリング(柴咲コウ)/柴田 圭 ヘアメイク(柴咲コウ)/SHIGE(AVGVST)