
結婚や子どもの出産を機に、「マイホーム」の購入を検討する人は多いでしょう。実際、総務省の調査によると、日本の持ち家率は約61%と、「持ち家」と「賃貸」の比率では持ち家派のほうが多いのが現状です。しかし、マイホーム購入を機に「思わぬトラブル」に見舞われるケースも少なくないようで……。FP Office株式会社の宮本誠之FPが事例をもとに、その具体的な問題と解決策について解説します。
義母の“善意”が度を超えて、「過干渉」に陥るケースは少なくない
――今回紹介するのは、夢のマイホームを手に入れたはずの41歳男性(以下、Aさん)が、義母によって“自宅恐怖症”に追い込まれた事例です。
この問題は決して他人事ではありません。共働き世帯が増えるなか、祖父母が“善意”から孫の育児に積極的に関わった結果、子世代の生活にまで踏み込む「過干渉」に陥るケースは多くみられます。
また、こうした問題は家庭内で起こることから表面化しにくく、当事者である夫婦や親子のあいだでしか把握されないというのが現状です。本人としては「親切心からの行動」であることが多く、夫婦や第三者が指摘することも簡単ではありません。
一方、義両親の訪問が頻繁になったり、滞在時間が長くなったりすると、子側は物理的にも精神的にも逃げ場がなくなってしまいます。
さらに、経済的な援助を受けている場合、その援助に対する“借り”を感じ、義両親の意見や行動に反論しにくくなるという側面もあります。
しかし、解決に至らないまま過干渉がエスカレートすると、夫婦関係の悪化だけでなく、深刻な状態を引き起こすこともあるようです……。
孫を溺愛…電車で20分のマイホームに頻繁に訪れる義母
41歳のAさんは、都内の中堅IT企業に勤める年収700万円のサラリーマンです。Aさんには3歳年下の妻Bさん(38歳)がおり、長男Cくんが生まれて2年が経ったころ、郊外に念願のマイホームを購入しました。
頭金1,000万円を入れて約5,500万円で購入した一戸建ては、家族3人で暮らすには十分な広さです。
そんなマイホームから電車で20分ほどの距離に、義母Dさん(69歳)が住む義実家があります。義母は初孫のCくんを溺愛しており、週に1度は夫婦のもとに顔を出し、子育てを手伝ったり、手料理を差し入れたりしていました。
共働きであるA夫婦にとって、義母の存在は心強いものでした。妻が体調を崩した際には、数日間泊まり込みで家事や育児をサポートしてくれたこともあります。AさんはそんなDさんに、当初は心から感謝していました。
しかし……。
徐々にエスカレートする義母の“善意”
Dさんの“善意”は次第にエスカレートしていきます。いつからか義母は夫婦の自宅へアポなしで訪れるようになり、玄関の鍵を開けて勝手に家に入ってくることもしばしば。Aさんが仕事から帰宅すると、義母がリビングでくつろいでいる、といった状況も珍しくなくなりました。
最初は「孫に会いたい気持ちが強いんだな」と大目に見ていたAさんですが、義母の言動は夫婦のプライベートを侵食していきます。
Aさんの書斎に勝手に入り、机の上の書類を片づけ、本棚の配置を変える。夫婦の寝室にまで足を踏み入れ、ベッドメイキングをしたり、クローゼットのなかを整理する……。Aさんが「ここは触らないでほしい」と伝えても、「あら、きれいにしてあげようと思っただけよ」と悪びれる様子はありません。逆に、「せっかくやってあげてるのに」と不満げな顔をされます。
食卓でも、義母はAさんの食生活に口出しをするようになりました。「もっと野菜を食べなさい」「そんなにビールばかり飲んで」など、まるで自分の子どもに接するようです。
また、Cくんの育児についても、夫婦の教育方針とは異なる意見を述べ、強引に自分のやり方を押しつけるようになりました。長男が泣き出すと我先に抱き上げ、「パパは下手ねぇ」とAさんを批判します。
妻に助けを求めるも一蹴…精神的に疲弊したAさんの末路
義母のこうした“暴走”に、Aさんは妻のBさんに助けを求めました。しかし、妻と義母は親友のように仲がいいことから、あまり問題には感じていない様子です。
「ママがCを見てくれるおかげであたしも働けるし、ちょっとくらい我慢してよ」
(たしかに家計は潤っているが、このままじゃ俺が壊れてしまう……)
常に義母の視線を感じ、プライベートな空間も時間も確保できない日々。Aさんは仕事から帰る道すがら「今日も義母がいるかもしれない」と吐き気を催すようになりました。
休日も「義母が突然訪問してくるかもしれない」という恐怖から、妻と子を連れて外出するようにしていましたが、それも単なる“応急処置”で、根本的な解決には至りません。
「あら、おかえりなさい。遅かったじゃない」
義母の声に、背筋が凍る日々。「夢のマイホーム」は購入してわずか1年で「悪夢の場所」へと変貌してしまいました。
トラブルの解決・予防に役立つ「家族ルール」
住宅ローンを考慮したライフプランの相談に訪れたAさんから上記の話を聞いたFPは、現状を打破するため「家族ルール」の策定を提案しました。
ファイナンシャルプランナーである筆者は、日々数多くの家庭の「お金の悩み」をお聞きします。そうしたなかで、Aさんのように話題が「家庭の悩み」に発展するケースは珍しくありません。
家族間の問題は、金銭的な問題だけでなく、精神的な健康や夫婦関係にも大きな影響をおよぼします。このような問題を未然に防ぎ、あるいは解決するために重要なのが、明確な「家族ルール」を作ることです。
家族ルールとは、家族間での行動規範や取り決めを明文化したもの。これは、家族の絆を壊すことなく個々が尊重され、安心して生活できる環境を築くために不可欠です。「家族ルール」をつくるうえで、重要なポイントは「4つ」あります。
1.夫婦間でしっかり話し合う
まず、もっとも重要なのは、夫婦間で現状に対する認識を共有し、どのように改善していきたいかを具体的に話し合うことです。ルールを作成する前に、感情的にならずお互いの気持ちを尊重しながら、冷静に事実を共有しましょう。
夫婦が一致団結して問題に取り組む姿勢がなによりも重要です。
2.ルールはなるべく「具体的」に
夫婦で問題点のすり合わせを行ったあとは、いよいよ「家族ルール」の作成に移ります。この際、漠然とした表現は避け、なるべく具体的な行動を設定することが大切です。たとえば、以下のような項目を検討するとよいでしょう。
・訪問に関するルール……「事前連絡なしの訪問は控える」「訪問は週に〇回まで、時間は〇時まで」など。
・プライベート空間に関するルール……「子ども部屋や夫婦の寝室、書斎など、特定の場所への立ち入りは控える」「個人の持ち物には触れない」など。
・子育てに関するルール……「最終的な育児方針は夫婦で決定する」「夫婦の意向に反する行動はしない」など。
・金銭に関するルール……経済的な援助を受けている場合、それが過干渉の引き金になっているのであれば「自立を目指すための具体的な計画を共有する」といったことも検討の余地があります。
3.伝える「タイミング」と「伝え方」も重要
「家族ルール」が作成できたら、当事者に共有しましょう。Aさんの場合、義母のDさんに伝えることになりますが、ルールを伝えるタイミングも非常に重要です。本人が感情的になっているときではなく、なるべく落ち着いた雰囲気のなかで、感謝の気持ちを伝えたうえで、現状困惑していることや改善したい点を丁寧に説明しましょう。
「いつも助けてくださってありがとうございます。ただ、私たちの生活リズムも安定してきたので、これからはもう少し自分たちでできることを増やしていきたいと考えています」といったように、相手の気持ちを傷つけないよう配慮しながら伝えることが大切です。
4.策定後も定期的に見直し、継続的なコミュニケーションをとる
また、ルールを設定したら終わりではありません。状況の変化に合わせて見直したり、運用状況について定期的に話し合ったりすることが重要です。
もしルールが守られない場合は、再度丁寧に伝え、理解を求める努力を続けましょう。
A家の「その後」
後日、Aさんは改めて妻に正直な思いを伝えました。すると、Bさんは「気づかなくてごめん」と謝罪。夫婦は協力してルールづくりに動きはじめます。
まず、夫婦は義母の行動で困っている点を具体的にリストアップし、どのようなルールが必要かを徹底的に話し合いました。
その後、妻のBさんが義母と直接話し合う機会を設けました。妻はFPの助言どおり感謝の気持ちを丁寧に述べたうえで、アポなし訪問やプライベート空間への立ち入りがAさんの精神的な負担になっていること、そして夫婦2人で子育てに取り組んでいきたいという気持ちを正直に告白。
義母は最初戸惑いを見せましたが、Bさんの真剣な表情と、Aさんが自宅で精神的に不安定になっているという事実を聞き、最終的には理解を示してくれたそうです。
A夫婦が取り決め、Dさんに共有した「家族ルール」は下記の3つです。
1.訪問は事前に電話で連絡すること
2.夫婦の寝室やAさんの書斎への立ち入りは控えること
3.子育ての方針については、夫婦の意見を尊重すること
もちろん、1度ですべてが解決したわけではありません。
しかし、ルールができて妻が味方になってくれたことにより、Aさんの状況は徐々に好転。夫婦は義母に対して毅然とした態度で接することができるようになり、義母も次第にルールを守るようになりました。
現在、Aさんは以前のような吐き気を感じることはなくなり、自宅でリラックスして過ごせる時間が増えました。週末には家族で家庭菜園を楽しんだり、家族で公園に行ったりと、穏やかな日常を取り戻しつつあります。
Aさんにとって自宅が再び「くつろぎの場所」に戻るのも、時間の問題です。
「ルール」の作成で、家族間のトラブルは未然に防げる
家族間の問題はなるべく放置せず、明確なルールづくりと、それを実行する勇気が、解決への糸口となります。Aさんのように家族間のトラブルでお困りの方は、幸せな家庭を築くために「家族ルール」の作成を検討してみてはいかがでしょうか。
宮本 誠之
FP Office株式会社

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