50年近い投資歴があり、高齢になっても堅実に資産管理できていたのに、突然投資スタイルが変わり、損失が膨らんでしまった……。そんな、誰にも起きうる恐ろしいリスクが存在します。この記事では、魚住蓮太郎さん(仮名・82歳)の事例と共に「家族ぐるみで考える資産管理方法」について、FPの青山創星氏が詳しくお伝えします。

「投資の神様」と呼ばれた蓮太郎さんの輝かしい半生

魚住蓮太郎さん(仮名・82歳)は、47年間という長きにわたり個人投資家として活動してきました。元々は大手電機メーカーのサラリーマンでしたが、30代前半から投資を始め、堅実な積立投資と優良企業への長期投資を基本戦略として着実に資産を増やしてきました。

定年退職する頃には既に1億円を超える資産を持ち、その後も年金と併せて投資を継続。75歳になるころには約3億円の資産を築き上げていました。

家族のあいだでは「投資の神様」と呼ばれ、親戚や友人からも投資相談を受けるほどの存在だった蓮太郎さん。

「我々は株を買うとき、明日市場が閉鎖されて5年間再開しないとしても、安心して持っていられる企業を選ぶべきだ」というウォーレン・バフェット氏の言葉を座右の銘に、短期的な市場の動きに一喜一憂することなく、優良企業の株式を辛抱強く保有し続けることで資産を育てていました。彼の投資哲学は、まさにバフェット流の「時間を味方につける」長期投資そのものでした。

子どもたちには「私が死んだら、この資産はすべてお前たちのものだ。孫たちの教育費や将来に役立ててほしい」と常々話していました。

家族も驚愕の異変―堅実だった投資家が冒険的な投機へ

しかし、そんな蓮太郎さんに78歳を過ぎたころから、家族が気づかないうちに少しずつ変化が現れ始めていました。投資判断にも微妙な狂いが生じ始めていたのです。

そして、その変化が顕著になった事件が起こります。これまで優良企業の株式と債券を中心に保有していた蓮太郎さんが、突然「10倍になる」という新興企業の株を大量に購入し始めたのです。家族会議の席で蓮太郎さんは興奮気味に語りました。

「この会社は革新的な技術を持っている。すぐに株価が跳ね上がる」

しかし、その会社は実績もなく、怪しげな経営陣が率いる企業でした。それまでの蓮太郎さんなら絶対に手を出さないような投資先です。息子の圭一さん(仮名・55歳)が心配して「本当に大丈夫なの?」と尋ねると、蓮太郎さんは珍しく声を荒らげました。

「お前になにがわかる! 俺は何十年も投資をしてきたんだ!」

その後も蓮太郎さんの投資行動はますます奇妙になっていきました。SNSで知り合った「投資の専門家」を名乗る人物に5,000万円を送金したり、「確実に儲かる」という海外の不動産投資に大金を投じたりしました。家族が気づいたときには、銀行口座から数千万円が引き出されており、証券口座の残高も激減していました。

最も衝撃的だったのは、蓮太郎さんが突然仮想通貨に興味を持ち始めたことです。これまで家族に「仮想通貨だけには絶対に手を出すな」と口酸っぱく言い続けてきました。

「値動きが激しすぎて、一時的に大きく増えたとしても暴落すれば資産の大半を失うことになる。あれは投資ではなく投機だ」

と何度も諭していたのです。それが突然、「ビットコインは将来1,000万ドルになる」と信じ込み、資産の大部分を投入したのです。しかも、購入したのはビットコインの大暴騰時期。家族は自分の耳を疑いました。これまでの蓮太郎さんの投資哲学と真逆の行動だったからです。

結局、わずか1年半のあいだに、蓮太郎さんの3億円の資産は約9,000万円にまで減少していました。なにが蓮太郎さんをこんなに変えてしまったのでしょうか。

明らかになった悲しい真実―判断力の低下が投資の英知を奪っていた

蓮太郎さんの異変に気づいた家族は、彼を病院に連れて行きました。そして、さまざまな検査の結果、蓮太郎さんは認知症と診断されたのです。

医師からの説明で家族が知ったのは、認知症によって特に「判断力」と「問題解決能力」が低下していたということでした。これまで培ってきた投資の知識はある程度残っていても、新しい情報を適切に処理したり、投資判断の際に冷静にリスクを評価したりする能力が損なわれていたようです。

また、認知症の特徴として、自分の判断力が低下していることを自覚できないという点も大きな問題でした。そのため、家族がいくら心配して助言しても、「自分は正しい」と強く信じ込み、アドバイスを受け入れられなくなっていたようです。

圭一さんは振り返ります。

「父は常に『投資の基本は変わらない』と言っていました。それなのに、突然180度違う行動を取り始めたんです。もっと早く気づくべきサインだったと今は思います」

「もっと早く気づいていれば...」という後悔の念は、家族全員の胸に重くのしかかりました。蓮太郎さんが大切に育ててきた資産の多くが失われただけでなく、彼自身の自信と誇りも傷ついてしまったのです。

今すぐ始めましょう―家族の資産を守る6つの具体的行動

この困難な状況に直面した圭一さんたち家族は、友人から紹介されたファイナンシャルプランナーの永瀬財也さん(仮名)に相談することにしました。永瀬さんは、すぐに実行できる具体的なアドバイスを提供してくれました。

■明日からできる3つの無料対策

1.「月1回の家族投資会議」を始めましょう 永瀬さんが最初に提案したのは、月1回30分だけの家族投資会議でした。「お父さん、最近どんな投資をお考えですか?」と気軽に聞くだけでよいのです。重要なのは、投資行動の変化を早期発見することです。 ※認知症が軽度の場合や、まだ認知症になっていない家族向けの対策です。

2.「見守りサービス」に今すぐ申し込みましょう 多くの金融機関が無料で提供している見守りサービスは、口座に普段と異なる大きな出金があった場合に、あらかじめ登録しておいた家族に通知が届きます。 ※認知症が軽度の場合や、まだ認知症になっていない家族向けの対策です。

3.「地域包括支援センター」に相談しましょう 全国の市区町村に設置されている高齢者の総合相談窓口で、認知症に関する相談や成年後見制度の利用支援などを無料で行っています。「将来に備えて話を聞きたい」と気軽に電話してみましょう。

■より確実な3つの有料対策

1.「家族信託」で柔軟な財産管理を 本人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産管理を任せる契約です。専門家に依頼すると50~100万円程度の費用がかかりますが、認知症になる前に自分の意思で財産管理の方法を決められます。 ※蓮太郎さんの事例では該当しません。本人に判断能力があるうちに契約する必要があるためです。

2.「任意後見制度」で安心の法的保護を 本人が判断能力があるうちに、将来認知症になった場合の後見人を公正証書で指定しておく制度です。公証人手数料など数万円程度の費用で、自分の意思で信頼できる人を後見人に選べます。任意後見監督人や任意後見人への報酬は、月額数万円です。 ※蓮太郎さんの事例では該当しません。本人に判断能力があるうちに手続きする必要があるためです。

3.「成年(法定)後見制度」で法的な財産保護を 判断能力が著しく低下した方のために家庭裁判所が後見人を選任する制度で、本人の財産を法的に守ることができます。申立費用は数万円程度で、家庭裁判所に申し立てることで利用できます。成年後見人への報酬は月額数万円程度です。 ※蓮太郎さんの事例のように、すでに認知症を発症されている場合に最も適した制度です。

認知症に備えた投資ポートフォリオの見直し

永瀬さんは資産運用面でのアドバイスも提供しました。

「年齢を重ねるにつれて、投資ポートフォリオはシンプルにすることをお勧めします。複雑な投資商品や個別株よりも、インデックスファンドやETFなどの分かりやすい商品に集約することで、管理が容易になります」

また、「投資信託の積立設定」も有効です。これにより、認知症になって自分で投資判断ができなくなっても、あらかじめ設定した通りに資産形成が続けられます。

家族間のコミュニケーションが最大の予防策

「最も大切なのは、家族間の定期的なコミュニケーションです」と永瀬さんは強調しました。

「月に一度は家族で集まり、資産状況や投資方針について話し合う機会を持つことで、異変にいち早く気づくことができます。距離的な問題があればオンラインや電話でもよいでしょう。また、投資の記録を残す習慣も大切です」

圭一さんは永瀬さんのアドバイスを受け、早速行動に移しました。残された資産を守るために成年後見制度を利用し、投資ポートフォリオもシンプルなインデックス投資中心に組み直しました。また、地域包括支援センターに相談し、蓮太郎さんが利用できる介護サービスについても情報を得ることができました。

「父の資産の多くは失われましたが、この経験を通じて私たち家族は認知症について多くを学び、より強い絆で結ばれました」と圭一さんは話します。

「今は残された資産を守りながら、父と穏やかな時間を過ごすことに集中しています」

まとめ:大切な資産と家族の幸せを守るために今できること

蓮太郎さんの体験から学ぶ7つの教訓は、以下の通りです。

・投資行動の変化は認知症の重要なサインです―長年の投資哲学と異なる行動を始めたら要注意です

・月1回程度の家族投資会議で早期発見しましょう―気軽な会話が資産を守る第一歩です

・見守りサービスは今すぐ申し込みましょう―無料で大きな安心が得られます

・地域包括支援センターに相談しましょう―専門家のアドバイスが無料で受けられます

・まだ本人に判断能力があれば、家族信託で柔軟な財産管理を検討しましょう―50~100万円程度の投資で数千万円の資産を守れます

・年齢とともに投資をシンプル化しましょう―複雑な投資は判断力低下のリスクを高めます

定期的な認知機能チェックを習慣化しましょう―早期発見が最大の資産保護策です

蓮太郎さんの資産の多くは失われましたが、この経験を通じて家族の絆は深まりました。今は家族全員で協力しながら残された資産を守り、蓮太郎さんとともに穏やかな日々を過ごしています。

認知症は決して他人事ではありません。しかし適切な備えがあれば、大切な資産と家族の幸せを守ることができます。明日からでも遅くありません。今すぐ行動を起こしましょう。

ファイナンシャルプランナー 青山創星

(※写真はイメージです/PIXTA)